第29話 相棒
もう空が眩しいくらいだった。
家畜が鳴いている声が聞こえた。
それは、朝を告げていた。
俺は未だ街の中を走り続けていた。
『くるぞ、二秒前!』
「あぁ、……ほっ、と!」
そういって俺は弾丸の如きパンチを紙一重で躱す。
とはいっても風圧で吹き飛ばされ、HPの減少までは免れないのだが。
戦闘が始まってから30分は経った。
その間ずっと逃げ回っていたおかげか、奴の攻撃パターンや行動の予測を立てやすくなり、最初のような無様なやられようは少なくなった。
姿が消えて、そして突然現れ腹パンするあれにもなんらかの規則性というか縛りがあるようで、どれだけ距離が離れていても、消えてからきっかり三秒後に現れるスキルのようなものらしく、わかってしまえばギリギリで避けられるようなものだった。
この世界は限りなく現実だ。
ゲームのようにハメ技なんて存在しないことはわかる。
だがしかし、まだ幽霊がその体が完全に定着しきっていないのか、たまに立ち止まったり、チグハグな行動を取ったりすることがある。
その度に俺は、あの体の中にアルスがまだ存在しているような、抗っているような気持ちになるのだ。
避けるのも楽しくなってきたところだが、ここで一つ残念な知らせがウィンドウに現れる。
「残りHP2500……!いつ勝負を決める!?」
『そう焦るな。大丈夫だ。これで最後のタネを蒔き終えた。盤面が整ったのだ。さぁ時はきた!広場へ向かえ!ここで全てを終わらせるぞ!』
カルナの作戦準備完了の声を機に、俺の足は一直線へ、最初にリスポーンした場所へ、アンと初めて会った場所へ、向かい始めた。
街の景色を見る。
どこもかしこも穴だらけ、倒壊している家も少なくない。
露店は荒れ、コンクリートのようなもので舗装されている地面も剥がれている。
これが、一人が暴れた後なのだ。
この街の騎士を皆殺しにした、獣人の英雄の力なのだ。
それでも、彼はこんなことを望んでいないことを俺は知っている。
人間に絶望していて、殺したいと思っていても、無垢な人間を全て破壊し尽くしてしまいたいなんて彼は思ってもいないだろう。
怒りに任せた復讐は虐げてきた人間と同じことを繰り返しているだけだから。
彼の獣人としてのプライドはそれを許さない。
だから、俺は彼のために、彼を止める。
広場に辿り着く。
想定を超えた暴力により、体力が減り、この作戦が上手くいくかはやってみなければわからない。
それでも、俺は彼とカルナを信じる。
「登ったよ!合図を!」
俺は瓦礫の積み重ねとなった、水を垂れ流す噴水の残骸の上に立った。
そこそこの高さはある。
いい景色だ。街全体が一望できる。
この広場を中心に営みが広がっている。
きっとここは地下のゴミ捨て場の真上に位置しているのだろう。
アルスとお別れをした憎しみと死者の怨念の詰まったあの山の、その正反対に位置する幸せと生者の願いが見れる山の頂上で、俺はこの獣人と人間という戦いに決着をつける。
「あいつが瞬間移動するスキルを使ってからだ!」
あぁと頷き、俺に向かってゆっくりと一歩一歩よろけながら歩く奴を見る。
走ることこそできないが、一瞬で距離を詰め、どんな攻撃をしても当たることは決してない。
次に奴が消えるその瞬間まで、俺は時間が何倍にも引き延ばされているような、焦燥と興奮が入り混じった不思議な感覚を味わっていた。
そして、奴が姿を隠す。
『三………二……………』
俺も彼女と一緒に心の中で秒数を数えていた。
これがゼロになった瞬間俺は真横に飛ぶ。そして、走りながら蒔いていたタネを使って、一瞬だけ奴の動きを止める。
それだけあれば俺は彼を助けられる。
その瞬間だった。
──島全体に、汽笛が大きく鳴り響く。
極限状態まで高められていた俺の集中が、遮られた。
「一……ッ!、構うな!避けろッ!!」
反応が、遅れる。
奴の攻撃を躱すには、走り続けることは効果的ではない。
どんなに早かったとしてもかならず奴は俺に追いつく。
だから、奴が現れるそのコンマ数秒の瞬間、必ず腹部を狙うその一撃を紙一重で逸らさなければ直撃する。それは一発およそ四千ダメージ。
俺の残りHPでは、耐えられない。
そして、俺は、最後のその一瞬、予想外の出来事に体が硬直してしまった。
これで、終わりなのか。
時が止まって見えた。
思考する時間が無限にあった。
後悔もした。彼との思い出が頭に巡った。
そして、奴の攻撃が、俺の体を確実に捉える。
けれど俺はその無限の時間の中で、一つも諦めはしなかった。
「───ッ゛!」
直撃。
HPが全損する。
街の外まで吹っ飛ぶはずの威力。
だが、俺は、まだこの世界にいた。
吹っ飛んでもいなかった。
俺の足は、地面に強く結びついていた。
植物の、根を張る強い力。
蒔いた種が、堪えなければならないというその想いが、この場所に留めさせた。
しかし、そこに立っているだけ。
HPはなくなったんだ。
システム的に、俺は動けない。
だけど。
ここで死ぬわけにはいかない。
〔〈浅き夢見し、酔い覚めず〉〕
【異能】が発現したあの時に聞こえた、無機質な声がした。
そして命は、再び花を咲かせる。
やることは、一つ。
「〈成長〉っ!」
俺はそう叫んで、ただ願う。
四方八方から、予め蒔いてきた種たちが、広場の上にいる人物に迷いなく向かって成長する。
種が一つなら逃げられるのであれば、何十個でも何百個でも、数で囲んで追い詰めればいい。
一瞬でもいい、そこに隙ができるのなら。
通常の成長スピードならば、数で包囲する前に気づかれて逃げられてしまう可能性もあった。
しかし、この時の異能は、普段より強く、早く、輝いていた。
まるで、その異能にも誰かの別の願いが込められているように。
植物が、奴の手を、足を、体を縛る。
捕まえたそのすぐそばから、引きちぎられていく。
だが確実にその時、奴はそれに気を取られていた。
足を固定していた植物の力を解く。
そして、動く。
手を伸ばす。
やっとの思いで触れた、彼のその体の部位は、心臓だった。
「眠れ、アルスッ!」
俺の手がとてつもない勢いで発光する。
目は逸らさない。
彼の体が本来の真紅の体毛に戻り始める。
傷が塞がり始める。
彼の体が、蘇る。
それを俺は美しいと思った。
「アァ゛……ァ!」
だが見惚れていたその時、奴は最後の抵抗を遺す。
接触していた手は体ごと薙ぎ払われ、瓦礫の上から勢いよく放り出されてしまう。
視界はもう一度、ひっくり返る。
体が重力に従って、固い地面にまさに落ちようとしている。
目は、閉じなかった。
朝日が、下に沈むのが見えた。
いや、俺が落ちているのだから、それは昇っているのだ。
「……。」
俺の戦いは、これで終わりか?
いいや、まだだ。
拳を握りしめる。
その時、俺のポケットに入っていた種がひとりでに成長する。
伸びた先はもう一度その瓦礫。
そう、まだ、落ちるには早いんだ。
「──よくやった!相棒!」
カルナが俺の体から飛び出した。
太陽が、彼女の体を貫通していた。
眩しいくらいに、美しい姿だった。
「【魔王】アグラの名を以て行使するッ!〈支配の絶対原則〉ッ!」
彼女がそう言葉を放って、俺を支える植物が崩れ落ちたその瞬間、この長い長い戦いが、終わったんだ。
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