第27話 別れと望まぬ再会
「……っ、どうしたの?」
俺は街へ向かう走る足を止めて、尋ねた。
尋ねられたのは、この森の中で出会った、服従者として目の役割を担っていたコウモリ。
まっすぐ走っている俺たちを、少し逸れた場所に誘導しようとしているのがわかったのだ。
「ついてきてほしいみたいだ」
『どうする?あまり時間はないぞ。従えた者ならば強制的に命令することができる』
もちろん、そんなことするはずもないのだが、やけにそのコウモリが焦っているように見えたのが気になるのだ。
「……いや、ついていってみよう。俺はこの子に助けてもらったんだ」
そうして、俺はコウモリの誘導に乗っかり、街の方から少し逸れて走り出す。
◇
彼が止まったのは、すぐのことだった。
目の前には、彼と出会った時のような洞窟が、大きな口を開けていた。
『洞窟。もしや、こやつの同族が見つかったのではないか?』
そう、か。そういえば、俺はこのコウモリの仲間を探すためにも森を探索していたのだった。
この子にとっては、俺のしようとしていることなど無関係で、家族と共に生きることが幸せなのだ。
「……そうだね、もう少し奥に行ってみよう」
俺は、非常に自分勝手だという感情を抱いていることを自覚していた。
情が湧いているのもあったし、この暗闇の中でも前に進める力はこの先とても役に立つと思っていたのだ。
そんなことを声に出さずに考えながら、洞窟の終点へと辿り着く。
一見これで終わりのようにも思えるが、俺の横で彼が鳴く。
「この奥に、いるの?」
俺は〈反響聴〉の力を借りて、洞窟に響き渡る音を、より鮮明に聞き取ろうとする。
確かにこの先、大きな岩に遮られている、空間の先に、いくらかの小さな声が聞こえる。
『あぁいるな。ユウキ、隙間に種を詰め込んで成長させてみろ。壊れるはずだ』
能力確認の時にカルナとともに考えたアンの異能の使い方。
俺の制約上、生物の体には働かないが、本来生物の生長というのは、雑草がコンクリートを突き破るように、力の向きを指定して成長させれば強力な破壊力を得る。
俺は彼らを助け出すために、それを行動に移す。
〈成長〉と唱えた瞬間、狙い通り生命の力を発揮し、ゆっくりとその岩は壊れはじめ、それに隔たれていた奥の方から、この子と同じ種族のコウモリたちが十匹ほど一斉に出てくる。
「クルっ、クルルっ!」
彼らは、閉じ込められていなかった同じ姿をする一匹のコウモリの周りを、嬉しそうに鳴きながら飛んでいた。
その中心にいるコウモリは、とっくに俺の肩から離れていて、こちらもまた嬉しそうに羽ばたいている。
『……よかったなぁ。同族と出会えて。』
「…………うん。……さぁ、行こうか。時間はもうない」
俺は背中を向いて、ステータスと念じ、ウィンドウを出現させる。
出した項目は〈無垢な子供の玩具箱〉のコネクト欄。
『ヒアリングバット』の項目をタップして、[契約を解除しますか?]という文章にYESと答える。
『本当に、よかったのか?』
「うん。あの子には、仲間がいる。……死の危険が待ち受けている先に勝手に連れて行かせるなんて、俺が許せないんだ」
俺は家族も、友人も失った。
平和に過ごせる人生があるならば、そう望みたいし、他者にもそうあってほしい。
だから辛いけれどここでこの子とはお別れだ。
『……そうか。……安心しろよ、ユウキには我がついている。どこまでもな』
「……ふふっ、ありがとう、カルナ。」
確かにその言葉に少し心が救われつつ、俺は洞窟の外を出た。
コウモリたちはまだ、再会の喜びを分かち合っているようで、俺たちがいなくなったことには気付いていないようだった。
もう〈反響聴〉のスキルは使えない。
目を瞑っていても歩けるわけではない。
しかし、その目は森の確かな形を認識できていた。
光が差し込まれていたから。
もう、太陽が東から顔を覗かせていた。
◇
「はぁっ、やっと、ついた……!あの幽霊は、どこにいったと思う……?」
約5時間ぶりに、街の入り口に俺は辿り着いた。
異能のおかげが、それほどの疲れは感じないが、ずっと走っているせいで暑さを感じ、それ故汗が現実と同じように流れるのだ。
立ち止まって深呼吸をしてそれを拭いつつ、この広大な土地の中、幽霊はどこに消えたのか、カルナに尋ねる
『順当に行けば、最も強かったあの獣人が眠る場所に自ずと引き寄せられているだろうな。あれに憑かれたら、ユウキじゃ手がつけられなくなるぞ。とりあえず向かったほうがいい』
頭の中で指示を出してくれる者がいるというのは、なんと便利で、こんなにも嬉しいのだろうか。
諦めをしたくなるこの不安の中、ずっと走っていられたのは、少なからずこの声のおかげでもあるのだ。
「あぁ、わかった、ありがとう!もう一度走るよ」
この光はもう、早朝と言っても良かった。
すこし肌寒くも、そして懐かしくも感じる塩気を含む海風を浴びながら、住宅が立ち並ぶ街の中を駆ける。
剣を、ランタンを買い取った露店の前も通りながら、俺は無意識のうちにどことなくその街の景色を眺めながら走っていた。
観光に来ていたらどんな感情を抱いていたのだろうか。
未だにこの街の住人が獣人たちに行った悪行は許してはいない。しかし、誰もいない街というのは、どこか寂しさを感じさせるのだ。
俺は初めてリスポーンをした噴水の広場を通る。
ここに来たのは三度目か。
あそこでアンが誰かに絡まれてるのを見たんだっけ。
そう振り返りながら走る。
海の向こうから登る太陽を見る。
それはとても綺麗だった。
なんの喧騒も、荒れ狂う災いも訪れず、俺は不思議と『平和』だ、なんて思っていた。
その瞬間、噴水が破裂する。
「───ッ!?」
俺は勢いがついた足の速度を急激に落として、その破裂した噴水を見る。
破裂、なのか。水が詰まって溢れ出したとかいう規模ではない、地面の下から強力な爆弾が着火されたような、そんな根本から抉れる、崩壊。
水飛沫と煙が噴水だったものを隠す。
俺はそれが明けるのを、離れたところからじっと見ていた。
数秒後、その先が露わになる。
噴水の残骸の瓦礫の上には、誰かが立っていた。
それは、日光を受け、鈍い紅色に輝いていた。
「ア、アル……ス……!?」
彼は、俺の言葉に答えることはせず、遠くをただ見ていた。
彼が生き返ったのではないことが、彼の腹部の酷い傷跡と、空っぽの右腕、そして虚な瞳が示していた。
彼の死が、もう確かなものであることを、俺はここで否応なく理解した。
「ぁ、アぁ、ア゛アぁ、」
それは命を持つものではない、死体の、声。
電池の切れたおもちゃのような。
正常な脳機能を失った患者のような。
それら全てを嘲笑しているような、その存在が。
俺の抑えていた何かを爆発させた。
「──お前だけは、絶対にッ、許さない!!」
二度目の戦いが、始まる。
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アツくなってきましたね。




