第26話 死体を操るモノ
「これ、どうしようか」
初戦闘の余韻を噛み締めつつも、俺は大樹に埋め込まれたまま動かない怪物を指差してカルナに尋ねた。
討伐は攻撃力の問題で出来ないし、そもそも殺す必要がないなら殺さなくてもいいと俺は思うのだ。
『そうだな……。触れて何かしら治してみたらどうだ?今回大活躍したこのコウモリのように仲間になるかもしれんぞ?』
カルナの言葉に、そういえば、と陽動と目の役割を担ってくれた最大の功労者のコウモリを呼び寄せて頭を撫でる。
仲間、もしそれが可能ならば何と心強いか。
ユナに会いに行く旅の近道になるかもしれない。
「あぁそうだね。とりあえず何かやってみよう。……どうしてこの子は、あんなにも暴れていたんだろうね」
怪物にゆっくりと近づきながら、そんな疑問を口にする。
その怪物は俺たち人間に限らず、空飛ぶ鳥を叩き落としたように、他の生物にも無差別に襲いかかっているように見えた。
刺激したのはこちらだが、そんな暴走と言っていいほどの行動をしていたのはなにか理由があったのだろうか。
『考えられる原因は色々あるが……、って、待て、待て止まれユウキ!』
もう木に埋まった怪物との距離は拳一つ分もなかった。触れる間一髪のところで、カルナがそれを止めたのだ。
「……?どうしたの?」
てっきりこの怪物が再び動き出したのかと、驚いて観察してみたが、特に何の変化もなく、今のところ無害のままだ。
『感じないのか?そうか、これは聴覚じゃ決して捉えられない……。魔力の問題で少しの間しか繋げられないが、我の感覚を共有しよう。目を開けて、カタパルトベアードの額を見ろ』
共有?目を開けろ?
森の中は暗闇だから何も見えないのではないか、そんなことを思いながらも指示に従って、久方ぶりの本物の目を使った。
暗いはずなのに、はっきりと、色付きで明るく外が見えていた。
そして、今まで対峙していた怪物の額から、黒い霧城の禍々しい何かが出ているのも、鮮明に。
「!?これは、なに……?」
本物の幽霊のようなその姿を目の当たりにして俺は固まってしまった。
やがてその幽霊は、怪物から完全に出て、浮遊する。
そいつに俺は見えていないのか、少しも目もくれずに、森のある方向へと進路を定め、走っても追いつけないほどのスピードで、全く風の吹かない中枝一つ揺らさずに、黒霧は消える。
そしてそれが体から全て飛び出した肉体、カタパルトベアードは抜け殻のように何も動かなくなる。元から命なんて持っていなかったように。
本当に、これは何なのだ。
そして突然視界が真っ暗に、いや、本来あるべき元の状態に戻る。
『今の我では力の共有はこれくらいが限界か。……あれは【レイス】という種族から派生する何かだ。あの個体こそ初めて見たが、死体を操ることが特徴の種族。あいつがこのカタパルトベアードを操っていたみたいだな』
再びコウモリに〈超音波〉を鳴らさせて、〈反響聴〉で周囲の情報を得る。
レイス……、やはり幽霊か。
カルナの視点、おそらく魔力探知とやらだろうか、ではあんなにはっきりと見えていたのに、この〈反響聴〉では何も感じ取れなかった。
つまり、あれは音という存在を透過する、カルナのような実体がない状態というやつなのか。
「一体なんのために……?何かに寄生なければ生きられない生物なのかな?……そういえば、さっき逃げたのも、心なしか、次の寄生先を探しているように見えた」
『気のせい、ではないだろうな。【レイス】にはそんな生き方をするのが多い。魔力を一人で維持するのが難しい種族ならば依代が必要だし、力がない種族は、強い生き物を乗っとれば生存競争に有利になれる。あのカタパルトベアードに取り憑いていたのもそれなら納得が……、……待て。あいつ、どの方角に逃げた?』
カルナのいつも飄々とした声のトーンが、急に変わった。
「えっと、確かあっちの奥の方だけど……」
俺はさっき猛スピードで走り去っていった幽霊が消えた森の先を指す。
『……もしかしたら、まずいかもな。あっちは街の方だ』
街?それが一体、どうしたのだろう。それに街にはもう誰も……。……幽霊、お化け、死者。
死んだ、者。
俺は、街を、町を思い出した。
「レイスって、死者ならば、なんでも取り憑けるの?」
嫌な予感がした。
『このカタパルトベアードは現に死んでいる。……おそらく、可能だ。どんな者でもな。」
可能、なのか。
カルナの話によれば、レイスとは、生きるために、より強くあるために、何かに取り憑く。
あの怪物よりも強いだろうモノ。
まだこの世界の力の序列関係は分からないが、俺を刺した人間たちでは、怪物に歯が立たないだろう。すなわち、もしそいつらが生きていたとしても取り憑くことはないと言える。
しかし、俺は、あの怪物よりも強いであろう、死体を知っている。
その人物は、三日のうちに街の全ての騎士を殺し、革命を成し遂げ、屍の上に立っていた、一匹の赤い熊。
──アルス。
『傷を持つ緋色の獣人の鬼神ぶりは、封印されながらずっと見ていた。きっと、あれは、我が生きていた時代の中でも両手の指で数えられるほどの猛者。』
アルスが乗っ取られる?
ふざけるなよ。
彼はもう眠ったんだ。
その眠りを妨げて、死後も、彼を『操り人形』として使い続けることは、たとえそれが誰かにとって生きるためである行動だとしても、許されるべきではない。
「……行こう。俺たちも、街へ。」
ならば俺は彼のためにもう一度報わなければならない。
この先の行動が『島を出る』という当初の目的から外れていると分かっていても。
『……ふっ、ユウキならそういうと思っていた。さぁ!走れ!タイムリミットは近い!』
あぁ今は何時だ?まだ太陽は出ていない。しかし月は真上を通り越して落ちかかっている。
人間の援軍はどこまで待ってくれるのか。
もし。もし、アルスの体が本当に乗っ取られて、俺が間に合わなくて、あとからやってきた人間たちを、彼の遺志に反して殺してしまったら。
彼の遺体が人間たちに弄ばれてしまったら。
俺の手で、終わらせるんだ。
これは俺がケリをつけなければいけないんだ。
初戦闘後の疲労は、異能の影響かとうに消えていた。
カルナの声に押されて、俺は一心不乱に進み出す。
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この話は短いですが仕方ない。また明日会いましょうごめんなさい。




