第22話 優しさの支配
俺たちは島から脱出するために、もしかしたらできるかもしれない、そんな仮説を四つほど立てた。
まずはプランA。
鳥の魔物を捕まえて、服従させて、そしてそれに掴んで空を飛んで脱出!
ちなみにこの理論は言うまでもないが穴だらけである。
そもそも夜に鳥が見つかるかもわからないし、人を持てるほどデカいのがいるかもわからないし、デカいのがいたらいたで俺は負ける未来しか見えないからだ。
それでもやってみよう精神は大事である、と人生の遥かな先輩である魔王さんがいうので、俺は彼女に先導され、夜の森の中をランタン一つで歩いていた。
ちなみにその魔王さん、カルナは魔物を探すために俺から分離して透明な幽霊のような状態になっている。
「……!しっ、見ろユウキ……!ホーンラビットがいるぞ!なんと懐かしい……!」
にんまりと、ワクワクしているのが伝わる笑みを浮かべるカルナの先には、草を食べているツノの生えたウサギのような動物がいた。
俺がそれを認識するのと同時に、その生物も俺も認識したようで、あっという間に森の奥へ消えてしまう。
まぁそれもそうだろう。夜中に光を持って歩く何かがいれば、動物は警戒するし、隠密なぞできるわけがない。
「あぁ!いってしまった……!ユウキ!光を消せ!目立つ!」
「そんな無茶な……。ほら、消したよ。本当に何も見えないんだけど、カルナは大丈夫なの?」
「いや、我も見えない」
「そんな馬鹿な」
光を消して初めてわかるが、夜の森はかなり不気味だ。お化けはこれといって苦手意識があるわけではないが、本物の森の恐怖があるのは話は別だ。熊や猪、それよりも強い動物がこの世界にはいるのだから。
「魔力の流れを探知すれば目を瞑っていても空間を把握できる……が、ユウキには無理だな」
「辛辣だけどまぁそうだね。でも朝を待つ時間はない。うーーん」
だが空間を把握して行動できるようになる……か。
それは光が要らずかなり便利そうだ。そういえばそのような能力を持つ動物が現実世界にもいなかったか?
自身の身体機能だけで、見る以外の外部からの空間的情報を得る方法……。
そんなことを記憶の片隅から俺は思い出そうとした。
「ッ!それだ!ユウキ!いるではないか……!よし決まりだ!洞窟に行こう!ここをまっすぐいったらあると我の勘が告げている!」
カルナは俺の思考から何かヒントを得たのだろうか、突然大声を出して指をピンと張って森の更に奥に行くことを提案する。
なにがなんだかわからないが、ひとまず彼女についていこう、俺はそれにただ従った。
カルナの適当道案内に従って、地面に気をつけて歩くことたったの数分。本当に洞窟の前に着くことができた。
「こっちこっち!」と彼女があっという間に中に入っていったので、俺は再びランタンをつけ、洞窟の中を探検しはじめる。
「これだ!このヒアリングバットをなんとかして捕まえろ!がんばれ!」
カルナはぴょんぴょんと、洞窟の天井にぶら下がる、何かを指差してそう言った。
それは、彼女が指名した名前の通り、バット、コウモリのような魔物だった。
「捕まえてって……、がんばってみる」
カルナのなんの具体性のない励みの言葉を受けながら、俺はその指示通り捕まえようと決心する。
そのコウモリまで、この空間の高さはわりと大きく五メートルほどだ。跳躍しても届かない距離にある。
一度思い切って跳んで手に届くか試してみたが、案の定届かず、驚いたそのコウモリは奥に逃げてしまった。
「あー。届かない、逃げられてしまった。……とそんな時に!?」
「……はいはい、『種』を使ってみるよ」
『種』。
それは紛れもない平原に群生していたただの植物、[カナツリ草]の種。
再び天井にぶら下がっているのを視認できたコウモリを前に、俺はその一粒の種を拳に握りしめる。
そしてその拳をコウモリに向け、握りしめる拳を、まるで進む方向の指示を与えるかのように、一箇所だけ開いた。
「〈成長〉っ!」
その言葉と共に、種は異常な変化を遂げ、根は自身の拳に巻きつき、茎が穴を開けた一箇所だけ顔を出した。
そして、さらに猛スピードでその茎が伸び始め、コウモリに接触するとその花を満開にして、ぐるぐるとそれを離さないかのように巻き始める。
コウモリはもちろん羽ばたき、抵抗しようともがいているように見えるが、それは叶わず地面にポトンと落ちる。
「おおおお!やはり攻撃はできないが、捕獲はできる!それに『種』の精度も完璧だ!やったなユウキ!」
今見せたものは、アンの異能を使い、植物の種を急成長させることで一種の武器として用いる、そんなアイディアの元に生まれたものだった。
この異能をつかって何か農業以外にできないか考えた時、自身のHPを用いて成長させるならば、ある程度まで俺の意思でその成長をコントロールできることがわかった。
これが実践初投入だったのだが、これはかなり使い勝手が良さそうだ。
「あぁとりあえず最低限は戦えそうでよかった。……で、このヒアリングバットとやらをどうするの?」
もう抵抗するのを諦めたのか、生きてはいるがピクピクとしか動かないコウモリをみてそう言った。
捕まえた側から言うのもおかしいとは思うが、なんだか、かわいそうだ。
「それに対して〈玩具箱〉を使う。この能力は生物の変形以外にも、触れることで生物が持つ先天性のスキル、言うなれば身体的特徴を、ひとつだけコピーして自身も使うことができるのだ。」
ここにきて新情報。
身体的特徴のコピー……、うまく想像はできないが魚だったら鱗が生えたりえら呼吸ができたりするのか?確かに、コウモリには現実世界にも、あの能力があった。
しかし、なぜそんな利便性が高そうな能力をいま話した?
「んぐっ、長い間使ってなかったから忘れてたとかじゃないぞ!ユウキの言葉で思い出したからとかでは決してない!……コホンっ!そのヒアリングバットは暗闇でも変わらず行動できる、音の反射を知覚する〈反響聴〉という能力を持っている。触れてみろ」
うん忘れてたんだな。
その能力名の通り、そのままエコロケーションという現実世界のコウモリが生きるために進化した力が、この世界でも繋がっている。
その事実に少し感動しながら、俺はカルナの言葉に促され、植物に絡まったままのコウモリの前に腰を下ろして、それを見つめる。
野生の動物に触れると色々危ないと言うが、そこはまぁファンタジー。それに死なないしな、と考えながらコウモリに触れて、そして能力名を呟く。
だが何も変化は起きやしなかった。
「……なにも起こらないね」
「あぁそういえば、これは動物を完全に屈服させ、支配下に置かなければ発動できなかったな」
「……俺攻撃できないんだけど」
「あ。」
あ。って……。
これは困った。力で屈服させて支配するとはかなり暴君の所業であり、選べと言われたらやりたくはないのだが、それをしないと〈反響聴〉は手に入らず夜目が利かない。そしてまた、思い切ってやってみようとしても結局俺には戦う力がなく何もできない。
「うーん。……まぁできないなら仕方ないか。この子、解放してもいい?可哀想だ。」
「……そうだな。ユウキが支配を望まないのなら我も別の方法を考えよう。」
人間の都合で勝手に捕まえてごめんな。迷惑かけたな、いっていいよ。と俺はそのコウモリに巻き付く植物を一本一本剥いで助け出していた。
しかし、もう羽ばたきはできるはずなのに、そのコウモリは一向に動き出そうとしない。
おかしいとおもって、俺はそのコウモリの身体をみた。
羽ではない、しかしそれに近い腹部から赤い色の血が出ている。
俺の制約は『一切の攻撃の禁止』。度重なる検証によって、もちろん剣での攻撃、そして物の投擲、種の成長による巻きつきまで、自身が関わっていることならすべての与ダメージが無効となることがわかった。
すなわち、このコウモリの腹部の傷は俺がつけた物ではなく、俺たちに見つかる前からあったものだとわかる。それに、その傷は負ってからそれほど時間は経っていない。
「……傷がかなり深そうだ。なにか、してやれることは」
俺がそう考えたのは、傷ついた小動物が哀れに思ったのではない。ただ、助けられるものがあったら助けてやりたいと、そう無意識に、無垢に動いただけだった。
「そうだ。俺の異能は、誰かの傷を肩代わりできたはずだ。頼む。俺のHPをこの子に分け与えるイメージで──」
そして俺の腕が暖かく光る。
コウモリの傷はみるみるうちに塞がっていった。血が止まっていった。
だがそれに比例するように、俺の右の脇腹から違和感、とてつもない激痛が襲う。
「……ッ……!大丈夫、俺が治すから」
「ユウキ!無茶をするなと……」
無茶なんて、してないさ。
コウモリの傷を肩代わりした俺は、一度だけ苦しむだけで、すぐに完治する。
あれだけ痛かった胸を締め付けるような鈍痛も、もう触っても何も違和感を感じない。
コウモリだろうと何だろうと、俺は、誰かの傷跡を治してあげられる、そのことがたまらなく嬉しかったのだ。
「……そうか。……ほら、見てみろ。ユウキのおかげだ。我にはこいつが、嬉しそうにしているように見える」
動けもできなかった重篤な傷は見る影もない。コウモリは手から飛び立ち、幸せそうに八の字を描いて空中を飛び回っていた。俺はその姿を見てほっと一安心すると共に、どこか嬉しい気持ちになった。
「ユウキは、優しいな。ユナと同じだ。」
「……そうか。嬉しいね。」
コウモリは羽ばたくのをやめて、そして俺の右肩に着地する。
「……?どうしたんだろうこの子。」
「もしや、懐いた……いや、これは支配が完了したのではないか?」
支配が完了?それは暴力で屈服させなければいけないのではなかったのか。
俺は疑問に思いながら、そのコウモリに簡単な命令、ぐるっと体の周りを一周して手に止まれ、と声に出して伝えてみる。
すると、コウモリは動き出し、命令通り、空間に余裕のある洞窟の中を、俺の体を中心に一周、そして差し出された俺の右手に着地する。
「本当だ、言葉が通じてる……!」
その姿にどこか愛着を感じて俺は頭を一撫でする。
「ステータスを見てみろ。支配できているかはそれで確認できるはずだ」
俺は再びウィンドウを開いて、【支配者】の項目を見る。その〈無垢な子供の玩具箱〉というスキルの下には、『服従者:ヒアリングバット Lv6』という項目が追加されていた。
「支配、できてるみたいだ。でもどうして?」
「……能力の、捉え方が変わったのかもな。我は“支配する”といえば、力しか思いつかなかった。だが、ユウキは他者を回復することによってその対象を支配したとそう認識して発動した。……かもしれないという域を出ないが、ユウキの優しさがプラスに働いたことは確かだ」
彼女は俺の右手に止まるコウモリを、悲しいとも、嬉しいともとれるような、そんな曖昧な慈愛の顔を浮かべて見つめていた。
「……そっか。じゃあ早速、その暗視の能力を貸してもらおうかな」
俺は再びそのコウモリにやさしく触れて、能力名を念じた。すると目の前にウィンドウが現れる。
〔コネクト対象:ヒアリングバット→〈反響聴〉〈超音波〉
残りコネクト数:1〕
コネクトとやらがなんなのかわからないが、きっとそれは支配下の動物とスキルを共有できる数なのだろう。
その推測を確かにするために、俺はそのウィンドウの〈反響聴〉という文字をタップした。
すると、〈反響聴〉でよろしいですか、との旨の文章が現れ、俺はそれにYESと答える。
そして、俺の体に変化が起きる。
「……ねぇカルナ、風の音、大きくなったよね」
「いや、変わってないし、そもそも聞こえん」
俺は自らのステータスを確認した。
その〈無垢な子供の玩具箱〉の下には、コネクト〈反響聴〉というスキルが表示されている。
風の音が聞こえる。洞窟のどこかの天井から地面に水が落ちる音が聞こえる。
この能力は間違いなく、俺の聴力を上げていた。
だが、まだ音が大きく聞こえただけだ。目を瞑っていても洞窟内の光景がまざまざと思い浮かぶわけではない。
すると、俺の右手に座るコウモリが、甲高い、そんな言葉では言い表せないような、脳に直接響くモスキート音を放つ。
その瞬間、あらゆる“音”が壁に反射していくのを感じた。反射する場所はなんども反射し、そして空気しか存在しない場所は音は通り過ぎていく。
俺は目を瞑っていた。
しかし、俺には景色が見えていた。
「これは……、すごい。カルナ、これなら俺も夜の森を探検できるよ!」
「ほう!成功したか!我には二人が何をしたかさっぱりで何も感ぜず少し寂しいがな!……あ。そうか、我がユウキの中に戻ればいいのか」
彼女はそんな自問自答をして、幽霊体を解除して俺の中に入り込む。
『おおおおお!すごい!魔力感知とはまた少し違った感覚でおもしろい!』
「楽しんでいただけてなにより。……ねぇ、カルナ、外を探検するのはもちろんなんだけど、少し気になるんだ」
再び脳の中で、はっはっはと笑う魔王が復活して、俺はその喜びを共有されながら、一つの疑問を呈した。
「この子、どうして怪我していたんだろう。腹部の傷は、何かに抉られたようだった」
いま俺は洞窟の中を隅から隅まで、目の機能を用いるよりも正確に把握できている。それなのに、同じ力を持つこのコウモリは俺如きに簡単に捕まったのは、怪我をしていて探知もろくにできない状態だったからである。
傷は深い。自然の摂理と言われればそこまでだが、俺はコウモリが受けたあの傷が、どこかひっかかるのだ。
『どうして……か。確かに疑問が多い。このヒアリングバットという魔物は集団で行動するのが主なはずだ。1匹が放つ〈超音波〉が、その反響を全体で共有できて労力を減らせるからな。だがみた……というか聞いたところ、ここにはこいつ1匹しかいない』
俺は目を開いて、まだ手に座るそのコウモリを見た。
お前仲間はどうしたんだー?そんな風に撫でると、コウモリは気持ちよさそうに自分から頭を手に擦り付けにいっていた。
「……まぁちょっと気がかりだけど、この子の力を借りて森を探検してみようか。いるであろう他のコウモリを探しながら、ね」
『あぁ!もたもたしていたらすぐに夜が明けてしまう!さぁ出発!ホーンラビットを求めて!』
「……鳥が目的じゃなかったっけ。」
高評価を促すコメント毎回書いていきます。うざいかもしれませんがやります。高評価、してね……




