第20話 旅立ち
「カルナ……?どこにいるの?」
魔法陣が怪しげに光った後、再びこの空間は俺一人しか存在しなくなった。
まるでいままでのものが全て嘘みたいに足元の魔法陣も、カルナの面影もすべて綺麗さっぱり消えている。
不安に感じて彼女を探しに辺りを見渡せば、聞き覚えのある、以前よりももっとクリアになった声が頭に響いた。
『安心しろ、ここにいる!……おぉ、ユウキの視界でモノが見えるのは随分と面白い体験だな!』
なにやら俺の体内で映画でも見るかのように大はしゃぎするカルナの声を聞いて、これから賑やかになりそうだと、そう笑った。
『うん?なんだか我のものではない、楽しい気持ちを感じるような気がする……。なるほど、思考の共有もできるが、感情も我にそのまま伝わるのだな!はっはっは!愉快だなこれは!』
俺が笑ったことに対して、釣られるように彼女は豪快に笑う。確かに彼女が言うように楽しい気持ちは共有され、まるで連鎖するように再び笑ってしまいそうになった。
「愉快だねこれは。……あれ、もうカルナは外に出たりすることはできないの?向こうの世界に帰った時はどこに?」
当たり前だが、流石にカルナごと現実世界までついてくることなど出来やしないだろう。けれどこの世界のアバターはログアウトと同時に消えるらしいので彼女の扱いに疑問が残る。
『いや、ユウキからそう長時間、遠くまで離れすぎない限りは仮の体だが外に出ることはできるだろう。よし、やってみるか、3、2……いちっ!』
カウントダウンの終了と共に俺の体から薄い白い膜のようなものが現れた。
そしてそれは体の一箇所に集中し、丸い形を成して、意思を持つかのように分離し、まるで粘土のように空中で人の形を形成し始めた。
3秒もかからないような、あっという間の時間に、目の前には黒いドレスの、先ほどとなんら変わらないカルナが現れる。
「よっ、と!ほら、具現化できた!……ちょっと我の体を触ってみろ。」
いきなり何を言い出すんだ、と思いながら「ほれほれ」と差し出されたその手を握ろうと彼女に接触を試みたが、掴むことができず、その手は空を切っていた。
「触れない……。実体がないみたいだ」
何度腕を掴もうとしても、指がとらえるのは匂いのしない空気だけ。
彼女が遊び半分でその手を思いっきり動かして俺の体を貫通させても、痛みも何も感じない。
「あぁその通りだ。全身を魔力と魂で作っているからな。だから触れもしないしもちろん殴る蹴るの攻撃もできないのだ。……だが、ほら、浮けるし壁もすり抜けられる!うーんおもしろい!」
彼女は空を自由に飛ぶことができていた。
はっはっは、と爛漫な笑顔でドレス姿で一回転していたり地面に埋まったり、縦横無尽に動く彼女が、少しおかしくてつい笑ってしまった。
「ユウキが向こうの世界に帰った時のことだが……、どうなるかわからん!だがなるようになるさ!心配はいらん!」
根拠も一切ないであろうが、自信満々のその姿は俺が余計なことを心配しすぎたということを気付かせた。
「確かにそうだね。……それじゃあ、カルナ、何から始めようか」
楽しそうにはしゃいでいたカルナが落ち着いて再び俺の前に立ってから、今後の方針を決めることを提案した。
「まずはこの島から出ることだな!それにユウキの【異能】の実験も行いたいし、我の力がどれだけ制限されているかも確認したい。やることが多いぞ!あぁなんてワクワクするんだ!500年の全てを取り戻そう!」
500年という途方もない時間に俺は、彼女の境遇を想像する。人生5回分以上は余裕であるその間、意識を持ったまま、カルナはずっと一人だったのだ。
俺は、彼女の力になりたい、彼女を幸せにしたい、とそう思った。
「それじゃあ洞窟を出てみようか。上の街には人が一人もいなかったんだ。アルス……獣人たちの戦いでいったい何が起きたのか知りたい」
まずは情報集めから。島を出るのにもきっと船が必要なはず。本当に島の中に誰も人がいなくなったのなら俺たちはここから出れないだろう。
「うむ、そうだな!探索探索!……っと実体を維持し続けるとやはりまだ魔力が持たんし疲れるな。我はまたユウキの中に戻ることにしよう。安心しろずっと会話できるから寂しくないぞ!」
ずっとこの調子で脳内で喋り続けられると俺が疲れてしまうと思ってしまうが、それと同時に、その疲れよりも楽しさの方が勝つだろうと、「あぁそうだね」と頷いた。
カルナは空中に浮き、そして再び人でない姿、白く光るモヤの塊に変わる。
そしてそれはまたひとりでに動き出し、俺の中に入り込む。
『さぁユウキ号、出発進行だ!』
映画気分というか、まるでアトラクション気分のカルナの声が聞こえる。
それに応えて、俺は苦笑しながら、その足を一歩踏み出した。
「はいはい。……それじゃあ、いってくるねアン、アルス」
『封印の間』を抜け俺は町の中に出た。
入り口からの景色は、幸せなもの、とは言えなかった。
家が全部焼け落ちて、死体が転がっていたから。
だがしかし、上空の、街全体を占める地下洞窟の天井には、溢れんばかりの美しい花たちがその戦場を浄化するかのように咲き誇っていて、俺は綺麗だと、そんなちぐはぐなことを思ってしまった。
カルナは何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
だがどうしてか、俺は自然と、その町に頭を下げていた。
謝罪と、別れと、そして感謝。
顔を上げて、新しい世界へと、その街に背を向けた。
その時、吹くはずのない町からの小さな風が、俺たちの頬を一つ撫でた。
その風に俺は確かな意志を感じた。
俺は振り返らず、その意志に押されるように、歩き出したんだ。
◇
『ふーむ、本当にだーれもいないな。まさにもぬけの殻だ。』
空はすでに真っ暗だった。
時刻は夜中。
俺たちは噴水が位置するはじまりの広場に来ていた。
「本当?家にもいないってことは、じゃあやっぱり市民はもう脱出したんだね。」
俺はずっと広場の外縁を周っていたけれど、カルナはそうではない。
カルナは俺から抜け出して、なんでもすり抜けられるその体で片っ端から家の中を覗いていた。
『あぁそのようだな。船ももう全て出払っている。……少し、まずいかもな。』
彼女は困ったトーンでそう言った。
「どうして?」
「ユウキがいない間、上の街ではなく下の町での反乱をずっと見ていたが、かなりの量の人間が死んだ。その中には色の違う鎧を着ているものもいた。恐らく出身の違う兵士だろう。全て傷を持つ緋色の【大熊】が倒したが……、きっと明日にでもすぐに援軍が来るだろう。別の島との共同出兵でな。』
確かに、そう考えられるのはおかしなことではないか。
だがしかし、それならば夜明けを待って、助けを呼べば島を出れるのではないか?
『おそらく、そんな簡単なことではないだろうな。』
……そういえば、思考を読めるんだった。
『獣人は良くも悪くも暴れすぎた。謀反を嫌う人間は、さらなる力を集めて再び強固な支配をかけようとする。もう住民の避難は完了したのだ。この島の価値は潤沢な鉱山資源。反乱者を完全に根絶やしにするために街全体を爆撃する無差別攻撃をしても別におかしくはない。……もうこの島には復讐する対象もいないというのに。』
あの純金で身を包んだ、憎き人間の顔が、頭に思い浮かぶ。
「確かに、そうだね。住民が本当に全員避難しているのなら、そこにいる俺はきっと怪しまれる。そうなったらかなり遠回りだ。……じゃあどうしようか。泳いで外に出れそう?」
泳ぐのはまぁ苦手ではないが、流石に海を泳ぎ切ったことはない。それに次の島や大陸までどれほどの距離があるかもわからないから、泳ぐのは最後の手段としておきたい。
『いやそもそも“泳ぐ”ことはできない。波も高いし荒れているが、それ以上に危険なものが魔物だ。海は水に特化した魔物の住処。ユウキが捕まったらきっと呼吸ができず体を動かせず、そして永遠に湧いてくる食糧として魔物に歓迎され、喰われ続けるだろう』
その映像を想像してゾッとする。
死なないが動けない。意識を保ったままずっと体を貪られるのは死ぬよりもトラウマに残りそうだ。
今の話だと、きっとイカダなんかを作れても気休めにもならないだろうな。どうしたものか。
『ふぅむ……。とりあえず我は二人ができることについての確認をしておきたいな。ユウキの【異能】がどの程度のものなのか。我が今使える権能はどこまでなのか。海を渡る手段が見つかればそれでいいし、見つからなくても我らが戦う術を考える時間に当てられる』
俺もそれに賛成だな。
あとにしておこうと思った【スキル】も結局見れていないし、異能についての実験も必要だ。
一番いいのは脱出もできて、かつ、カルナが言ったような報復のために地下の町を破壊するような行動を阻止する方法を見つけることだが……、悔しいがそれは高望みなのかもしれない。
「あぁ、カルナ、一度街の外に出てみよう」
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