第16話 再起動
『3』
『2』
『1』
『デスペナルティが解除されました。ログインが可能です。』
悠那のビデオを見てから十三時間以上が過ぎた。
ついに、再びあの世界に訪れることができる。
今俺がいるのはベッドの上。
手の届く範囲には、水と栄養食品。
長時間のダイブを想定した準備は完璧だ。
あれから俺は色々なことをした。
食料関係や家のことはもちろん、最低限の容姿を整えたり、祖父母への連絡もした。
二人からかなり心配されていた。
それもそうだろう。悠那が死んでから三日間以上その兄の俺と連絡が取れなかったというのだから。実際に俺に会いに行こうにも、祖父の体が悪いらしく、距離の問題もあり、そうすぐに会うことはできなかったという。
あの失意の中それほどの時間が経っていたとは思わなかったし、誰かを気にかける余裕がなかったのだが、さすがに心配をかけすぎてしまったと反省する。
その分、一時間以上会話できたし、今度祖父母の家の方まで行く約束もつけた。……まだ、俺には、俺を心配してくれる人がいる。
そのことを確認することができて、俺は気兼ねなく、デスペナルティが明ける時が来るまで準備を進めることができたのだ。
さぁ、やることは決まっている。
まずは、アルスだ。
アルスにあって、そして、アンを見殺しにしてしまったことを謝ろう。
許されるとは思わないが、それが、俺の償いの一つになる、そう信じて。
「───『Another World』。起動。」
そして、ベッドに沈み込んだ俺の体が、重力から解放されたような浮遊感で包み込まれる。
◇
目を開ける。
俺は、ヘルメットをかぶっていなかった。
手足がある。自由に動かせる。体を触ることで自分という存在を感じられる。
世界は黒かった。
ここは、きっとこの世界で初めに訪れた、火の玉がいる、チュートリアルの空間。
以前と違うのは、俺が、あの子に作ってもらった白髪のアバターであるということだ。
「……ねぇ、君はいないの?火の玉さん」
しばらく経っても、あの時のように、俺の目の前に突然火の玉が現れたりはしなかった。
不思議に思ってそう尋ねながら暗闇の中を歩き始めていた。
その返答は一切返ってくる様子はない。この真っ暗闇の寂しい空間には俺しか存在しないのではないかと不安になってきたその時、どこからか、光が一筋、入ってくるのが見えた。
あの世界に行ける扉があるのではないかと、そこを目指して歩き始める。
あの火の玉は、本当にチュートリアルのためだけの存在だったのか。そう思いはじめて、すこし悲しい気持ちになりながら、光を追っていた。
特に何もなく、俺は光が差し込む扉の前に辿り着いた。
これを押せば、あの世界へ、あの人間が支配する汚い街へ行くことができる。
アンの顔が、血が、あいつらの下衆な笑みなフラッシュバックする。
俺は、少し、手を前に出すのを、躊躇った。
「大丈夫ですよ。きっとユウキなら、乗り越えられる。世界を、救うことができる」
背後から声がした。
聞き覚えがあった。それは、あの火の玉の声だった。
振り返る。だが、そこで待ち受けていたのは、三十センチほどの浮遊する火の玉ではなかった。
ひとりの、女性。
俺はシルエットでそう判断した。
俺よりも少し高いぐらいの身長。
なぜか、彼女の存在自体がぼやけているように見えてしまって、はっきりみることができない。
「君は───。」
「ふふ。また会えますよ。あなたは、するべきことがあるのでしょう?さぁ、進みなさい。ユウキ。理想の世界を、願うのです。」
まるで扉の方から自分にやってきたように、抵抗する間もなく、光に全身が包まれる。
彼女の正体は。
そう考えながら、あっけなく、俺の意識は薄れていった。
◇
「………!」
光、音、匂い、風。
突如現れた、現実を告げる自らの五感によって、俺は再び目を覚ました。
海の匂いを含む塩風が、肌寒く感じる。
あの時よりも、風はずっと冷たく、そして激しく吹き荒れる。ビュービューと風が発するその声はどこか悲しそうにも聞こえた。
時刻は、夕方か。
オレンジ色に染まる空と、水平線の向こうで太陽のようなものが見えている。
ふと、この世界の太陽とは宇宙とは、どんな設定になっているのだろうと疑問に感じたが、それは、それよりもさらに大きな疑問によって掻き消された。
「誰も、いない……?」
ここは最初にリスポーンした広場と、全く同じ場所だ。
あの時は多くの人がいて、出店も立っていて、騒がしく、そして活気付いていた。
それが今はどうか。
ひとっこひとりも見当たらない。
街全体が寝静まるにはまだ早すぎる空の色をしているのに、聞こえる音は風が乱暴に吹くもののみ。
何かがおかしい。
これは異常なことであると言えよう。
この街に何か、例えば災害のようなものが起きて集団で避難した?それか疫病が発生して街に出れないだけ?
胸騒ぎがした。
誰かによくないことが起きているかもしれない、それが杞憂であることを強く望んでいた。
はっきりと言うが、それは別にこの街の人間のことではない。
アン、アルス、下の町に住む獣人達。
きっと、この異常は彼らに無関係ではない、俺の勘がそれを告げている。
足が無意識に動く。
それは海の方を向いていた。
あの場所へ。早く行かなければ。
きっとそこに、俺の罪を償えるなにかがある。
俺は、走り出した。
短すぎたのでもう一個追加。




