第15話 希望は託された
ふらつく足で、けれど絶対に落としたりしないように、大事に手紙とメモリを抱えて俺は自分の部屋まで戻った。
机の上には、錠のついた箱が置いてある。
俺はある鍵を財布の中から取り出して、それがその錠の穴の形と対応していて、差し込むとカチッと音が鳴るのを聞いてから、回し、ゆっくりとその箱を開ける。
中には、手紙とペンダント。
母と父の遺品。
そこに、この手紙を上に載せる。
いいようのない感情を覚えながら、俺は再びその箱を閉じて、鍵をつけた。
次に俺は、長らく使っていなかった、少し古めの大きな電子機器を机の引き出しの中から取り出した。
手紙ともうひとつ手渡された、そのメモリの内容を読み取るためのものだ。
父からのお下がりとして貰ったそれは埃かぶっていたけれど、電源はついて、メモリの端子にも問題なく繋がった。
その状態で、あるボタンを押した瞬間、その電子機器の画面上にたくさんの写真が現れ始める。
その写真たちは、ほぼ誰かが写っていた。
小さかったり、大きかったり、男の子だったり、女の子だったり。あるいは彼ら2人の写真だったり、4人で笑っていたり。
「……っ。……はは、こんなに残っていたんだ」
これは家族の写真だ。
家の中、学校の行事、旅行に行った時、すべての思い出がそこにはあった。
写真と一緒に全てが思い出せる。こんなことがあったなって、話ができる。
本当に、すべてが詰まってるや。
お父さん、お母さん、悠那、そして俺。
全員が同じ場所で生きていたという記憶は、俺の妄想じゃない。全部事実だったということが、このメモリが決定付けてくれた。
涙を流しながら、ゆっくりと、ひとつずつ見ていった。
長い時間が過ぎた。だんだん写真と写真の間の間隔が短くなっていって、登場する人物がひとり、ひとり減っていった。
これは、悠那の入学式。
春に父が死んで、この家には俺と悠那しかいなかった。入学式には祖父母も来てくれたけど、どこか思うところがあったのだろう。悠那が、中学校の前で泣いてしまったことを思い出す。
そうだ。これはその時の写真だ。
祖母が撮ってくれた。校舎前の俺と悠那の写真を。
俺はなんて言ったんだっけかな。
その写真には、泣いている悠那の顔なんてこれっぽっちも見えない。
それは俺が悠那に抱きつかれて、お互いに笑い合っている写真だ。
次の写真を見ることにした。
それからの写真は、すべて俺と悠那の2人の写真。中には、撮られていると思ってなかった間抜けな俺の写真だったり、悠那の自撮りに映り込まされる俺の写真などの仲良しな写真。
そして、次は、病院の中の写真。
病床の悠那と、その傍らに座る俺の写真。
それが300枚は超えている。
悠那の病気から一年。毎日撮られているとは知らなかった。でも、それに映る全てが笑顔だった。
嬉しかったけれど、まるで、それらの写真が、悠那がいつ死んでもいいように、ありったけの思い出を毎日作っていたようにも思えてしまって、苦しかった。
その長い、長い、短い写真たちは終わりを迎えた。
「……………」
何も言葉が出なかった。
思い出。これで、本当に、終わってしまった。
悠那の想い出をすべて見返した。読み終わったんだ。その続編が、あたらしい悠那との思い出が作られることはもうないんだ。
俺のこの気持ちを整理するには時間が必要で、ただぼーっとその写真たちを眺めていた。
ある時、まだこのメモリにはまだ続きのものが入っていることに気づいた。
それは動画だった。
もちろん写真の中にも、家族の思い出の動画は入っていた。
だがそれは、少し、違っていた。
再生ボタンを押す。
動き出すのは1人の人間。
背景に青い空と、鮮やかな緑の森が広がっていた。
その中心には黒い髪の女の子が立っている。
彼女の格好に違和感を覚えた。
カジュアルな洋服、というよりもどこか浮世離れしたマントや鉄の小手をつけている。
それに彼女の背中には、明らかに剣のようなものが携えられている。
だが、その彼女の顔は、見知ったものだったんだ。
「悠那……!?」
これは、おそらく、あの世界での悠那の姿と記録。現実と全く変わらぬその顔立ちで、その動画は言葉を載せ始める。
『あ、あー!聞こえるかな?……はい!えーっと、久しぶり?おはよう?こんにちは?まぁいっか!悠那だよ!元気?お兄ちゃん」
いつも聞いていた、あの天真爛漫な声が、懐かしく蘇る。
『きっとこれがお兄ちゃんに届いてるってことは、私は間に合わなかったんだね。……もう手紙も見たのかな?あの写真たちも』
あぁ、見たよ。何回も。
『本当に、楽しかったな。私の人生!それもこれもお兄ちゃんがいたからなんだよ!いろいろ伝えたいこともあるけど……、それはあの手紙に任せる!私のお兄ちゃんならこれで十分だもんね!』
閉じた箱を再び見つめて、それを一撫でする。
『うーん、やっぱりもうお兄ちゃんと会えなくなるなんてまだ想像もできないし、したくないな。……なんてね!私はいまこんな寂しい話をしたいわけじゃないの』
悠那は画面の中で歩き始める。
『きっとお兄ちゃんのことだから、私がいなくなっちゃったら、すぐに前を向けずに塞ぎ込んじゃうと思う。私は、たくさん私のことを考えてくれるお兄ちゃんが好き。だけど、私を忘れて、お兄ちゃんの人生を歩んでほしい、そんなこと思っちゃう』
そんな、そんなことできるはずが。
『なんて、無理だよね。だって、私ができないんだもん。お兄ちゃんが自分のことは忘れて生きてくれなんて私に言っても、絶対に私は覚え続けると思うなぁ』
悠那が歩くのをやめて、瞳が真っ直ぐ画面を通して俺を見つめる。
『だから、お兄ちゃんが私という過去を乗り越えて、次に進めるように、生き続けてくれるように』
笑顔でその言葉を言った。
『──最後にひとつ、私のお願いを聞いてほしいんだ。』
お願い。お兄ちゃんはなんだって叶えてやる。そして、それが悠那の望みなら、俺は生き続けてやる。
『そのお願いっていうのは、この世界のこと。私が今生きているもうひとつの世界。そろそろ、私たち以外にも一般の地球の人たちが入れるようになる。このVRが発売されたらきっとすぐにみんなに広まると思う。この世界は、本物だから』
本物。たしかに本物だった。アンとアルスの体温はいまだに俺の手に残っている。
『……でも、向こうからたくさんの人間がやってきて、……〈Another World〉というゲームのクリアを目指してしまったら』
悠那は言いにくそうに、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『この世界は壊れて、すべての記憶が失われてしまう。』
……壊れる、?あのゲームの中の、世界が?
『私は【勇者】だって、前に伝えたよね。冗談だって思えちゃうけど、ほんとなんだ。だからこそ、ゲームクリアの、真の意味が分かっちゃった』
あまりの突拍子のなさに俺は理解が追いつかないけれど、悠那の言っていることが嘘ではないことはわかる。
『お兄ちゃんへの、私の最後のお願いは、この世界の崩壊を止めてくれること。……わかってるの。それがお兄ちゃんに全く関係のないことが。お兄ちゃんの善意にただ甘えてお願いしてるだけってことが。でも、この世界で3年も過ごしてきて私は、新しくできた友達も、素敵な街も景色も、大切な思い出たちもすべてなくなってしまうことが、……耐えられないんだ。』
悠那は、三年だ。そこで何が起きたかは知らない。だから俺はそれを知るためにあのゲームを始めたんだ。
いくら悠那がそのお願いを、甘えたものだって、いきすぎて調子に乗ったものだって思っていても、俺はそれを何をしたって叶えてやる。
『でも、私はお兄ちゃんのことが、やっぱり一番大事。だから、この話を聞かなかったことにして、私のことを綺麗さっぱり忘れて、お兄ちゃんの新しい人生を歩み出しても私は何も責めないし、少し寂しいけど、そのことを嬉しくも思う』
俺の願いは君の幸せだから。
そんな道は選ばない。
『もし!お兄ちゃんがそれでも!私のわがままを叶えてくれるっていうなら!……《妖精の森》に来てほしいな』
悠那がそのいかにもファンタジーのような単語を言った瞬間、画面内で木々が大きく揺れるほどの突風が吹いた。
だが、悠那にもその風が来ているはずなのに、彼女の髪は微風に吹かれた程度の揺れで収まっている。
『もう!くすぐったいよーみんな!あとで遊んであげるから!……コホン!今撮影しているこの場所で、私の家でもあるのがその《妖精の森》。ランゴルチュア山脈っていうでっかい山々の真ん中にある森で、たどり着くのはすこし難しいけど、私のお兄ちゃんならきっとすぐに来れるはず!……そこに、私の全てを、『希望』を置いていく。だから、会いに来てあげてね、お兄ちゃん。』
その場所や地名を忘れないように俺はメモを残す。
ランゴルチュア山脈、俺がリスポーンしたのは島国だった。地球的な地理で考えれば、島国と大山脈はだいぶ距離があるな。まずは場所の特定、そしてあの島からの脱出。長い旅になりそうだ。
『これが私の最後のわがまま。まかせたよ!お兄ちゃん!……なんだか、もう話すことがなくなっちゃったな。だって、まだお兄ちゃんも、私も生きてるんだもん。別れの言葉なんていいたくないなぁ……。……でも、これでよかったのかな。きっとお兄ちゃんと面と向かってお別れの言葉を言っちゃったら、泣いて、何も話ができないと思うし、私は弱虫だから、お兄ちゃんのその後の人生をずっと縛り付けてしまうような言葉も言っちゃうと思う』
声がだんだんと、小さく、そして揺らぎ始めて、消えいってしまいそうだった。
悠那が、涙ぐんでいる。
『あーもう!悲しい話なんてしたいわけじゃないのに!もう私からのお別れの言葉は、あの手紙にすべて残した!だから、これで本当にお兄ちゃんとはバイバイ!』
悠那は溢れる涙を手で拭って、笑顔のままそう言った。
『私は妹として、家族として、世界でいっちばん不知火悠生という人間が大好きなひとりとして!お兄ちゃんの幸せを願います!それじゃあ、元気でね!』
本当に、眩しい笑顔だった。
その言葉を最後に、画面の光が消えて、部屋が暗くなった。
現実は何一つ変わらない。
でも、俺の心は以前よりも晴れやかだ。
進むべき道が照らされているように見えるんだ。
俺は席を立った。
映像を見ていたその電子機器の電源を切ることも忘れていた。
自室を出てすぐに、玄関に向かった。
あの世界へ再び行くんだ。
置きっぱだったヘルメットを手に取って俺は決意する。
躊躇なくそれを被り、「起動」そう呟いた。
だが、以前あの世界に訪れた時のような、浮遊するような感覚は、いつまでも現れることはなかった。
「……?」
疑問に思って目を開けると、視界に映るのはバイザー越しの薄暗い玄関の天井のみ。真っ黒な世界ではなかった。
やがて、その視界にある文字が現れる。
『デスペナルティ解除まで あと 13:21 』
そこで、ようやく俺はこのゲームの、プレイヤーの死の重さについて知った。
デスペナルティ。その文字と、どれだけ待ってもあの世界への転移が起きないことから、プレイヤーへの死の罰というのはおそらく、一定期間のログイン停止。
21という数字が20に変わった瞬間をみて確信に変わる。
どれくらい睡眠していたかはわからないし、今が何時なのかもわからないが、あの世界で死んでから十時間以上経っていることは別におかしくない。
つまり、俺の予想が正しければ、このゲームは死んでから二十四時間、遊ぶどころか、仮想世界への立ち入りさえもできない。ということになる。
……長いな。
現実世界では二十四時間の制限。あの世界では、三倍もの時間が早く進む。七十二時間、丸三日あの世界での干渉が禁止されるということ。
デスペナルティと呼ぶにはあまりにも重い。
俺が死んだ頃には、まだアルスは生きていた。
一刻も早くその生死を確認したかった。
だが、三日。助けられた命も助けられなくなる。ゲームだからと言って易々と死んでいいものではないな。
心が焦燥の念に駆られるが、それと同時に、そのデスペナルティが今の俺にはいい機会のようにも思えた。
アルスは絶対に生きている。それに、たとえ行ったとしても弱いだけの今の俺では何も力になれない。
だから今情報を集めるんだ。
何も知らないままあの世界に入った。それが災いを呼んだ。
きっと現実でもトラベラー間で作った攻略情報のようなものがあるはず。
それにやるべきこともまとめておく必要がある。
アルスとあの町に住む獣人を助けること、《妖精の森》に行って悠那が置いていったものを託されること、そして、あの世界を救うこと。
俺は、それらを紙に書き出すためにヘルメットを外して立ち上がった。
だがそれによって酷い立ちくらみが起こり、バランスを崩して壁に寄りかかってしまう。
……体調もだよな。
生きるんだ。何を背負っても生きていくって決めたんだ。
栄養失調で死ぬなんて、きっとみんなに笑われるし、それに怒られるだろう。
さっきお粥を食べたはずなのに、お腹も空いてきた。食料の買い溜めも必要だな。
家の掃除もしておこう。
みんなの家は俺が守らなきゃな。
あぁ、やるべきことがたくさんだ。
この物語は、ここからです。
これから二日に一話ずつ19:00に投稿していきます。
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