第12話 下劣
「町、燃えちまったな。みんなにもあとで知らせるが……、今はこっから逃げるか。」
火によって崩れ落ちる民家を見ながらアルスはそう呟き、俺たちの前を歩きながら、港への出口へと向かっている。
ひとまずの危険からは逃れた。あの二人の人間も起き上がってくる様子はない。もうこれで安全だ。そう思って、とりあえず落ち着こうとした。
だが、俺たちの前に、また、誰かが立ち塞がる。
「待っていたぞ。【獣人】どもよ。」
その言葉を言ったのは、鎧を纏った騎士のような者たちとは違う、黄金の服とアクセサリーを身に纏う趣味の悪い、肥えた人間。
その周りには槍や剣などを持った三人の騎士が囲っている。
一目でわかる。あれはこの島の人間の中でも上位。貴族に近いモノだろう。きっと、この町を放火する命令を出したのは、彼だ。
「……なんだおめぇら。名乗れよ」
アルスが威圧しながら俺たちをそいつらの目から守るように立ち塞ぐ。
「そう焦るな『緋傷』。僕に用があるのは、【白狐】、その心臓だけなんだ」
彼はアルスの睨みに少しも臆していないかのように余裕綽々と答える。
「十年前、生かしておいた【白狐】の子供。成長するのをずっと待っていた。僕の島を発展させたのは十年前の心臓だったが……、もうすぐ恵みが尽きそうなのだ。だから補充するためにきた」
この人間は、本当に獣人をモノとしか思っていないのか。
「人間が情けをかけて助けてあげなければ、一度死んだ命のはずだろう?今恩返しをするべきじゃないか。なぁ、【白狐】。」
俺は怯えるアンの手を握り、そいつを怒りに任せ睨みつける。
アルスはひどく怒っているようだった。
「おい、お前黙って聞いてればそんなゴミみてぇなことしか言えねぇのか。殺すぞ。」
アルスは爪を剥き出しにして、殺意を隠そうとしない。それに反応する従者の三人は剣をそれぞれ抜き出した。
「騎士どもよ。そう焦らなくとも良い。」
彼は手の甲に刻まれた紋章を俺たちに見せつけた。
「──【奴隷】は主人を傷つけることができないからである」
一瞬、彼の手から赤いオーラのようなものが弾けるのが見えた。思わず瞑った目を開けたその時、衝撃の光景が目に入る。
アンとアルスが目の前の人間に対して跪いていたのだ。
その場に立っているのは、彼ら四人と、そして俺だけ。
「ッ!……まさかお前に権限が移ってるなんてな」「な、なにこれ……!」
なんだ、どうなっている。
彼らが自分の意思で服従を示す行為をしていないことは確か。もしや、あの紋章が彼らを縛り付けているのか。
「そうさ。僕が母上の奴隷契約を引き継いだ。だから国家機密の『三十年前の伝説の剣闘士を飼い慣らしていること』を知っている。……ここからの出口は一つしかない。あの町に放火した時点で【白狐】が僕の手に渡ることは確定していたんだ。……さぁ、騎士よ。捕まえろ。
この中で誰よりも強いアルスが、そんな屈辱的なことを言われたとしても跪いたまま動かない。
いや、体が震えている、殺意はおさまっていない。『動けない』のだ。
今この場で動けるのは自分だけ。
ならばすることは決まっている。
ここで、助けてもらった恩を返すんだ。
「──ッ!やめろ!二人に触れるな!」
アンに手を伸ばす一人の兵士を体で押し飛ばして、俺はそう叫んだ。
アルスのように人を吹っ飛ばすまではいかず、せいぜい蹌踉けさせることしかできなかったが、間に割って入るには十分だった。
彼らはもはや俺を視界に映る虫か何かだと思っていたのだろう。この行動で、はじめて『俺』という存在を認識する。
「ん?なんだ、人間がいるではないか。【獣人】に捕まったのか?かわいそうに。今助けてやろう。」
その目は、心の底から自分の吐いた妄言を信じていることを告げていた。憐れみの目だ。俺は、とうに呆れも怒りも限界を超えていた。
「ちがう!俺は彼らの友人だ!縛り付けるのをやめろ。……彼らは人間に自由に使われていいようなモノじゃない!!」
俺はそう言い切った。俺を殺そうとしたあの兵士みたいに、危険思想扱いして殺しにかかってくるかもしれない。だが俺はそれでも言葉を曲げることはできなかった。
彼らにそれが伝わってくれると信じて。
「っ、ユウキ……!」
アルスが動けないながらも、震えながら小さく呟く。
アルスのその姿を横目にして、俺はまっすぐ前を向いて、目の前の、肥えた人間をじっと見る。
彼は、俺の言葉に一体どう返答する。
「……ふむ。洗脳でもされたのか?やはり、かわいそうだ。人間は自由でなければならない。【白狐】の心臓を捧げた後で腕利きの神聖魔法使いを呼び寄せておいてやろう」
歯を、噛み締めることもできなかった。
呆然という感情すらも通り越すほどの、言葉に形容もできない、理解のし難さ。
俺はどれだけ彼らに悪意を持たれようとその悪意に抵抗しようと決意していた。
だがその言葉には悪意のかけらもなかった。
ただ、獣人が絶対的な悪で、人間は絶対的な善であり、俺が獣人に味方するのは操られているだけだと、そんな風にただ信じていた。
「……ッ……!」
本当に、こいつは、いったいどこまで俺たちをコケにしたら気が済むんだ。
人間は自由。そんなことを言えるのになぜ獣人を未だ奴隷なんかとして縛り付けているんだ。
人間と獣人に一体何の違いがある?獣人は怖くなどない。アンとアルスと話していてよくわかる。彼らを怖がり、迫害し、やがて嬉々として石を投げるようになる人間の方がよほど怖い。
初めて会った時、アルスが俺を襲おうとしたのも、それは人間の行動が積み重なってきたからだ。彼は、俺の倍以上の人生を生きて、ずっと追われる世界で息している。きっと人間のことを、ちっぽけな自分には想像もつかないほど憎んでいるだろう。
だが、それでもアルスは俺のことをダチだって、そう呼んでくれた。
トラベラーなんて来るかもわからないただの石碑の情報だけを信じてずっと耐え続けた彼らを知っている。
それは俺の心に確かに苦しみを刻んだ。
この島の【人間】という存在に絶望させた。
……あぁ。いや、悪なのは、【人間】だけじゃない。
彼らを縛り付けて、人間が行う残虐な行為を咎めない、その上さらに【奴隷契約】という、弱者が絶対的に逆らえないシステムを創り上げた、この世界そのものを、俺は、許せない。
なぁ、悠那。
こんな世界が、本当に悠那の大好きな世界なのか?
もちろん、全ての場所がこんな不平等な世界だとは思わない。きっと、この世界のどこかには、現実よりももっと綺麗で優しい、正しい世界があるのだろう。
だが、この場所は、心あるものが心あるものをモノとして扱うこの腐った島は、絶対に間違っている。
俺はなんでここに来たんだっけ。
そうか。そうだった。
悠那が愛した素敵な世界を求めて、ここに来たんだ。
それなら、俺が、そんな世界を作ればいい。作り直せばいい。
そのためなら、俺はなんだって戦える。
「──!ま、まて……!ユウキ……っ、お前が殺される必要はねぇんだ!アンは絶対に俺が何とかする!だからお前は……、」
アルスの静止の声はもはや聞こえない。
俺は無意識のうちに、ふざけた顔をして笑う、あいつを殴るために体が動き出していた。
五メートルもない。せめて一発だけでもその舐めた性根を叩き直してやりたい。
全速力で走る。ただ、戦う。
だが、俺がそこに辿り着くのは叶わなかった。
代わりに訪れたのは、反転した空中、そしてその次には縦に広がる土。俺は、そう景色が変わってから鈍い横っ腹の痛みを知覚して、ようやく自分が地面に倒れ伏していることがわかった。
顔を上げると俺が押し除けたあの兵士が、背中にかけていた長い槍を構えていた。
斬られたような痛みではなく、何かにぶつかって響く痛み。
そうか。俺はあいつに止められたのか。おそらくその槍の刃で斬られたわけではなく、柄の端で小突かれただけだろう。だがそれでも、俺の体は吹き飛んだ。きっとレベルの差だ。俺の全体重をかけたタックルで相手は体が蹌踉ける程度。もしその逆をやられていたら、なんて考えたくもない。
俺は弱い。悔しい。無力だ。そう感じずにはいられない。
「……。」
だが、それでも立ち上がる。
俺はまた、拳を握って走り出す。
「……やれやれ本当はこんなことはしたくはないが……、少し大人しくしててもらうぞ。〈服従〉。」
彼の黄金の指輪が眩く光ると同時に、俺の動きは一瞬にして止まる。
なんだこれは。自分の意思で体が動かない。一刻にでも早く走り出したいのに、二人を助けたいのに、足が止まるどころか、無意識に跪かされている。
まるでアンとアルスが今されているような奴隷契約のようだ。でもなぜ。俺の体はどうしてあいつに操作されている。
「ッ!なんで、なんで動けないんだ……!」
俺を見下ろす四人の人間。
その中で一人、一番偉い人間が不思議に光る指輪をつけている。動けなくなる時、あれが一瞬光ったのが見えた。
禍々しい赤を持つ紋章と違う。
あれは一体何なんだ。
そんなことを思った時、視界の中心に突然ホログラムが現れる。
『〈鑑定〉を使用しますか?YES/NO』
そういえばそんなスキルも持っていた。この状況の解決につながればなんでもいい。手足は動かせないが、きっとステータスの表示と同じように頭の中で「YES」と強く念じれば発動するはずだ。
その直後、無事にスキルが発動したのか、その黄金の指輪についての説明か、また新たなホログラムが現れる。
『[支配の指輪] 魔道具
自身よりレベルの低い者と目を合わせることで〈服従〉を使用できる。
支配時間と成功確率はレベルの差が大きいほど増えやすい。』
その説明は今の俺に対して、何も有用なことは載っていなかった。
どうやら〈服従〉というスキルによって俺は縛り付けられている。たがそれの解除法の一つでも教えてくれはしないのか。
何もできないのは、レベルがないから。助けられないのは、結局は俺の力不足だ。
「ほう、こんなにも早く発動するとは。なになに、名前は『ユウキ』、……レベル1だと?【転職】直後に卑しい獣人共に攫われてしまったのか。つくづく哀れだ。しばらくそこで待っていろ」
彼が俺の名前とステータスを知っているのは、きっと〈鑑定〉のような情報を暴くことができるそんなスキルがあるのだろう。
そのレベルを見て警戒するものでもないと思われたのか、近くにいて俺を押さえつける兵士の一人が離れていく。
そして彼らは俺への興味を完全に無くし、アンの方を向いた。
「手間を取らされてしまったな。さぁ、心臓を渡せ。【白狐】」
命令された兵士は、誰の邪魔もなく、ついに、アンの手を掴んだ。
強引に立たされるアンを、膝を地面につけたまま動けないアルスが、心臓を鷲掴みしているようなそんな凄まじい殺意の眼差しでそれを見ている。
「やめろ……!やめろッ!!」
それはアルスの声か、俺の声か。あるいはその両方か。
その声に彼らは何も反応しない。
彼らは捕まえたアンの、その両手を広げさせて二人がかりで固定し、逃げられないように壁に押し付けて心臓をその手で隠せないようにする。
アンは必死に抵抗する。泣いている。嫌だと叫んでいる。だがそれでも彼らは反応しない。まるで獣人の声は何も聞こえていないかのように。
「さぁ、[恵みの短剣]を」
もう一人の兵士が、懐から小さな、そして派手な装飾の短剣を取り出し、貴族の人間に渡す。
俺は理解した。彼らはアンをどこかに攫ってから心臓を奪うのではない。今、この場で、その短剣で、心臓を貫くつもりだ。
どこか俺は、アンは、心臓を捧げるための場所へ攫われて、命が尽きるその時までまだ猶予はあると思っていた。俺が死んでも、またリスポーンして助け出せると思っていた。
だが、アンは、本当に、今俺が動き出せなければ死んでしまう。
それなのに、それなのに、なぜ俺は動けないんだ。
「あぁ神よ!この僕はどれだけ幸せ者なんだ!母上から島という財産を引き継いで、さらに【白狐】という恵みまで与えてくれるとは!母上!僕が必ず、王位継承戦争に勝ち抜いて、この国の王になってみせる!」
俺たちの絶望をすべて吸い尽くしているかのように、彼の顔は幸せで満ちている。
誰かを蹴落として掴む幸せは、本物であるはずがない。なぜ、世界は彼を許している。
「さぁ、祈りを神に捧げよう!繁栄という恵みを、我が島に!」
短剣の鞘を抜く。
彼は、逃げることのできないアンに、追い詰めるように一歩ずつ近づく。
アルスの怒号が聞こえる。
誰も止まらない。
もう、二人の間に距離はなくなった。
アンの心臓に、短剣の先が、軽く突きつけられ、守るその衣服が破かれる。
もはや、誰も、間には入ってくれやしない。できないんだ。
静寂が訪れる。この一瞬が何倍にも引き延ばされているかのように感じる。
アンは、いつのまにか泣き止んでいた。
そして、最後に、俺たちに聞こえるように、小さく、だけど大きく、言葉を言った。
「──お父さん、ユウキ、ごめんね。」
ごめんね。
なぜ、謝るんだ。
お母さんも、悠那も、自分が死ぬと分かってから、ごめんね、そう俺に伝えた。
なんで、彼女たちが、謝らなければいけないんだ。
謝らなければいけないのは、これから死ぬ人間以外の全てであるはずなんだ。
病気が悪い。環境が悪い。人間が悪い。
そして、そんな理不尽を許容する、この世界が悪い。
俺は世界が嫌いだ。不条理だ。不平等だ。
永遠に続いてほしいと願った幸せも、ある日一瞬のうちに、形も残さずに、すべて取り上げてしまう。
それならいっそ、俺も殺してしまってくれよって思っても、世界は平等に命を守る。命を大切に使えと、死んだ彼らは君を生かしているんだと、そう人に刷り込ませる。
第二の世界。俺は、悠那が望んだ世界を望んだ。
だが、その世界は、現実よりも遥かに理不尽だった。
結局、世界というものは、変えられない運命によって誘われる無常の終末。
もし一つ、願いを叶えることができるなら、俺はこの世界の変わらない、絶えず変化し続ける、命という運命を、否定して、壊してやりたい。永遠の幸せをずっと抱き続けていたい。
そんな子供みたいで、馬鹿げて、卑屈な空想に縋ってしまうほど。
俺は、この世界が大嫌いなんだ。
〔【願い】を確認しました。異能:【不倶退転】を獲得。その能力に伴い、〈アバター〉を作り替えます〕
イザナミ。どんなモノなんでしょう。




