第10話 告白
「ちょっと場所を変えるか。ユウキに見せたいもんがある。」
そう彼らに案内されてたどり着いた先は、ゴミ捨て場から数分ほど歩いた、町の端、そしてこの洞窟の終点だった。
そこまで数十分。
道中は気まずくてつまらないものなんかではなく、案外お喋り好きだったアルスと、外から来たという人間に興味津々なアン達は、気さくに話しかけてくれてくれて、段々と互いに打ち解け始めていた。
そして話の中、かなり踏み込んだ俺の質問も、いいづらいだろうに、彼らはただ笑って答えてくれた。
彼らは【獣人】という種族である。
二人のように狐や熊のようなモチーフが違うものも、獣由来の身体的特徴と能力が使えればそう分類される。
そう、ただそれだけなのだ。
人間のように知能を持つし、心もある。
何一つヒトとしてみる命に変わりはない、と俺は彼らと関わったことで断言することができる。
しかし、この島では【獣人】は種族的に劣ったモノ、迫害の対象として忌避されるのが当然の存在である。
アルスはただ笑ってその事実を話した。
理解しがたいその言葉には、何の怒りもこもっていなかった。いや、それは【人間】である俺の前で隠してくれていたのだろうか。
しかし、俺はそれに“諦め”が含まれていたと感じたことは確かだった。
当たってほしくなかった最悪の予感。それが的中したことに動揺する俺を置いて彼はさらに続けた。
【獣人】はこの島の特色かつ主産業である、莫大な埋蔵量を誇る鉱山資源を強制的に採掘させられ続け、その利益を全て取られ、上の世界に住む人間の養分となる。それが彼らに許されたただ一つの、生き方。
【奴隷契約】という契りを、人間から交わされることで彼らの命令には逆らえず、抵抗はおろか、この島からの脱出もできない。さらにこの島には多くの種族が渡島可能な一方、獣人だけが禁止されており、同胞の助けも期待できない。
この島の地下には、今俺たちが立つ「捨てられた」町があり、【獣人】はここに強制的に収容されている。アルスとアン以外にも、三百を超える【獣人】が暮らしているのだとか。
人間はよっぽどのことがなければここにはこない。しかし、アルスとアン以外の地下に住む全ての獣人は、毎日休みなく島のさらに奥にある炭鉱で働かされているため、ここに戻ってくるのは十日間に一回の自由日のみ。
女子供も働かされる。労働に向かない者は上にいる人間に奴隷として飼われてもう二度と地下へは戻らない。
ではなぜアルスとアンはそれらを免除されここにいるかといえば、町に保管される鉱石の警備を仕事としてしているのだと彼は言った。
もし、守るべき鉱石に盗む意思を持ちながら、それに触れて仕舞えば全身が爆散する、という【奴隷契約】を条件として。
あっけらかんとアルスはそんな話をした。
何も、軽い話なんかではない、のに。
俺は信じることができなかった。いや、信じたくなかったのだろう。
上で見たあの人間たちの笑顔が、商店で売っていた鉱物全てが、誰かからの搾取で成り立っていた?
奴隷契約。自分たちだけの利益を追求して、人の苦しみも考えられない、それを罪とも思わない、挙げ句の果てに徹底的に縛り付けて使い潰す。
そんな人間たちが存在する事実が、俺は耐えられなかった。
「ついたぜ。この奥が『封印の間』だ。つっても何が封印されてるかわかんねぇんだけどな。」
地下の町の端の端、そこには扉もないが、ちょうどアルスの身長と同じぐらいの穴が空いており、その奥はよっぽど遠いのか、何も見えず、不思議とこの先へと誘うように俺の瞳を吸い込んでいた。
穴の上には、なにか文字のようなものが書かれているが、俺は言葉として認識できずただの記号にしか見えなかった。
封印の間、とでも書いてあるのか。
上の街でみた看板は読めた。この島の言語、というか『Another World』というゲーム的には日本語は通じるはずだが、もしかしたら獣人と人間で、言語文化の差があるのだろうか。
「この先に進めばいいの?アルス」
「あぁ、こんなかにユウキにみせてぇもんがあんだ。本当は俺も行きてぇが……、ちょっと狭い。だからアン、お前に任せる」
そういってアルスがアンの頭をポンと叩くと彼女は嬉しそうに笑う。
「うん!任せて!お父さん!」
「おう!気をつけて行ってこいよ。……それじゃあユウキ、アンを託したぜ。」
アルスからしたら然程変わりはないのか、アンにしたように俺の頭も優しく叩き、俺たちを送り出した。
頭を叩かれたのは随分久しぶりの経験で、予想外に驚いたが、彼の肉球がついた手で触れられたのは、すこし、気持ちよかった。
「……。うん、いってくるよ。」
アルスが大きな腕を振って見送っているのを背にして、二人で小さな洞窟を進んでいった。
◇
天井が低いだけで横幅は意外とある。
アンと並んでこの道を歩いている。
いい機会だ。
俺は島のことだけじゃなくて、ボロ布を着る彼女自身にもたくさん聞きたいことがある。
なにから話そうか、そう切り出し口を考えているとアンの方から話しかけてきた。
「ねえねえ!ユウキのいたとこってどんなところなの!?どんなものが食べれるの!?たのしいの!?」
彼女の目がとても光り輝いているように見え、俺の腕を掴んで、その自らの尻尾をぶんぶんと振っている。眩しい上目遣いに可愛らしさを感じて俺は微笑みながら答える。
「ふふっ、まってまって。一個ずつ答えるから。……そうだなぁ、俺のいたところは、……平和な場所だよ。食べ物も美味しいし、まぁ、楽しかった、かな」
かった。と過去形にしてしまったのは無意識だ。
「平和……!……どんなとこなのかなぁ。毎日お日様をみれるのかなぁ。毎日食べ物をたべれるのかなぁ。……誰かがいきなりいなくなったりしないのかな」
彼女の瞳に影が差したかのように見えた。
どこか俺は苦しくなって、つい顔を逸らしてしまった。
「……そうだね。病気以外で人が死ぬっていうのは珍しい世界だと思うよ。」
きっとアンも、俺と同じように誰か、親密な人をなくしたことがあるのだろう。
それでも、だからこそ、俺はこの子のことをもっと知りたい、そう思って尋ねた。
「アンのお父さん、アルスと、この町をどう思う?」
彼女の尻尾がピクっと反応する。
そしてそれが嬉しそうに左右に振れながら彼女は言った。
「どう、かー!うーん。両方ともすごく大好きだよ!お父さんもこの町も。お父さんはいっつもおおざっぱだけど、強くて、優しくて頼りになるんだ!町のみんなは、いつも炭鉱で働いてるけど、会うとみんな褒めてくれるの!「町の警備をありがとう」って。わたしからの方がずっとありがとうっていいたいのに!」
そう話すアンは、嬉しそうで、ひとつひとつ、いろんな温かい話を俺に聞かせてくれた。
「……でもね。たまに思うんだ。どうして、わたしたちは人間みたいになれないんだろう、って。どうしてお日様のもとで生活できないのかな、って」
「……っ。」
俺は「きっといつかみんなで暮らせる時が来るよ」なんて無責任なことしか頭に出てこなくて、だけどそれを俺が言うことはできなくて、結局、何も口が動かないままになってしまう。
「ねぇ、わたし、ユウキに会ったあの場所、上の世界にいた理由、話してなかったよね。……聞いて欲しいんだ」
上の世界にいた理由。確かに俺はそれを尋ねようとしていた。なぜ、迫害されるとわかっているのに、アンはあの広場にいたのか。
アンは急に走り出し、俺の前にその全身を見せるように立ち塞がる。
その身体には耳が、尻尾が、人間の持つ身体的特徴と少しだけ差異があった。
【白狐】といったっけ。
確かに変わった特徴はある。だけれどその他の部位は全く人間と変わらないものなのだ。
「──わたし、普通の獣人、ううん、【種族】として違う【希少種】っていうらしいの」
アンは自分の心臓に手を当てて、そう言った。
苦しそうな、声をしていた。
「【白狐】っていうのは【狐人】の【希少種】で、私の心臓には特殊な力があるんだって。私の、本当のお父さんとお母さんもその力を持ってたんだ。」
【希少種】。アンの本当の両親。
その話を聞きたくてか、無意識のうちに歩みを止めていた。
「特殊な力、っていうのは『豊穣』の力。この心臓を捧げればその土地は繁栄を約束される。……この島って、すごくたくさんの鉱物が取れるでしょ?あれは、私のお父さんとお母さんが、恵みを与えてくれたものなの。」
この島の潤沢な資源が、鉱物が、アンの両親のおかげ?
心臓を、命を捧げることがその恩恵の条件?
「……ちょっと、ちょっと待ってよ。それじゃあアンのお父さんとお母さんは」
アンは俺の目をまっすぐに見ては言わなかった。
「うん。この島の地下資源に心臓を捧げて死んじゃった。……人間の命令で。」
俺は、頭が何かに支配されてしまいそうだった。怒りか呆れか。ここまで、彼らは、自分勝手で、他者をモノとしか思っていないのか。
「私はまだ子供だからって見逃されて、ここに放り込まれたの。そこで私と出会って、ここまで育ててくれたのがアルスお父さん。もう十年は一緒にいるかな」
熊と狐。
俺は、この世界がどんなにファンタジーであっても血縁関係というものはきっと存在し、雑食生物と肉食生物が親子だという関係はあり得ないと、薄々気づいていた。
だが、何も、言わなかった。言えなかった。
その真実をこうして彼女の口から聞いたが、彼らの関係に対して俺が思うことは一つだった。
彼らは本物の家族と同じぐらい、『家族』なのだ。
「……わたしは、もうすぐ迎えがくる。」
それが良い意味ではないことは彼女の表情から否が応でも察することができた。
「昨日、わたしが生まれて15年が経ったんだ。白狐の心臓が恵みを与える力に覚醒するのは大人になってから、15才になってから。」
……それなら、もし、もし人間がアンの年齢を知っているとしたら。
「この町のみんなが、こんなにも一生懸命鉱山を掘っているのは【白狐】の心臓の、呪いのせい。……だから、わたしは、わるい人間に捕まる前に、死んでしまおうとおもって外の世界に行ったの。お父さんには食料調達に行くって、嘘をついて。」
そして、アンの瞳は俺の瞳と真っ直ぐに向かい合う。
「死んでしまえるならなんでもいい。殴られた時そう思って諦めてたんだ。……けど、ユウキが助けてくれた。そのとき、わたし、まだ生きたいと思った。あの町に戻りたいと思った。そしたら、足が勝手に動いてたの。」
彼女は、あの時、そんなことを考えていたのか。
「わたしに手を差し伸べてくれて、ありがとう。本当にありがとう、ユウキ!」
彼女の笑顔は、洞窟の中でも輝いて見えた。
「そっか。俺はアンの助けになれていたんだね。話をしてくれて嬉しいな。……何ができるかわかんないけど、俺は、君を必ず助ける。約束するよ。」
これはただの本心。
もはやこの世界がゲームだとかは頭に入っていなかった。
俺は彼女を一つの命として見ていた。
「……!ふふん!わかった!約束だよ、ユウキ!」
俺と彼女はそう言い合って互いの手を握った。
その手は獣人だからなのか、とても、温かった。
◇
「あっ!ここを曲がったらもうすぐ着くよ!私たちがユウキにみせたかったものに!」
あの告白から数分、いろんなアンの思い出話を聞いていると、どうやら終点はもうすぐらしい。
「確かに道が大きくなってるね。アンとアルスがみせたいものって、なんなの?」
疑問を口に出すと、アンは一層にこにことして俺の顔を見つめる。
「それはねー!……っと!ついたついた!ここが『封印の間』だよ!」
彼女が手を伸ばす先を見た。
洞窟はいつのまにか、天井も高くなっていた。
半球のような形のスペース。
広場の中央に何かものがある。
どこまでも飲み込むような漆黒の岩がただ一つ。
この部屋に見せたいものがある、といえばこれしかないというほどにその岩は存在感を放っていた。これは幻覚か、黒いオーラのようなものが可視化して表されるほどの。
『封印の間』という名前からある予感が芽生える。
「この黒い岩が俺に見せたいもの?……これが何かを封印しているの?」
だが予想外に彼女は首を横に振る。
「ううん。私も、みんなもそれが何なのかわからないし、『封印』って意味も分かってないんだ。それより私が見せたいのは〜〜、こっち!この石板!」
黒い岩に魅了されていた俺は、岩の近くに添えるように置かれていたある石板に気が付かなかった。
目当てはこれだと走り出したアンを追いかけて、その石板に近づいた。
何か文字が書かれているだろうことはわかった。
しかし、そこに書かれている文字も、この洞窟の上に書かれていた文字と同様、俺には読むことができなかった。
「これは神聖文字っていって、獣人にしか読めないんだって!他の種族には解読もできないらしいんだけど、どう?読める?」
なるほど、と脳内での疑問を彼女は知らないうちに答えてくれていた。
「ううん。さっぱり。それにはなんて書いてあるの?」
ここまで俺を連れてきた理由、それがそこに書いてあるのか。
「えっとね……、『世界に縛られるもの。自由を願うもの。ひとりの救世主、トラベラーが鎖を断つ。やがて、あるべき場所に戻り、あるべき姿を果たすだろう』。……ねえ、聞いたでしょ!これって、絶対ユウキのことだよね!ユウキは『救世主』、なんだよね!」
アンが俺の服を掴んで石板を指差し上機嫌にそう言う。
なるほど。それがここに連れてきた理由。
俺がここにきて、この町の【獣人】を救う、そんな予言。ゲーム的に言えば、それは用意されたクエストなのだろう。だが、俺は、彼らを自分が救えるかもしれないという内容に、どこか胸の高鳴りを覚えていた。
助けられるなら、俺はこの町を助ける。
その決意を言葉にした。
「きっと、俺のことだよ。……うん。任せて、絶対にみんなを救うから」
悠那は、この世界の【勇者】だった。
きっと、彼女も同じことをするだろう。
だから、これは俺が妹に誇れる自分でいために必要なことだ。
俺は、彼らを助けたい。
そう強く決意する。
ちなみにこの辺りの話は、投稿日から一年半ぐらい前に書いていました。懐かしい。




