第3話「九月の終わりと、偶然の歌声」
九月も、もうすぐ終わる。
昼間はまだ暑いけれど、
夕方になると、少しだけ風が涼しくなってきた。
「うぇーい!!」
マイクを持った照柿流星が、全力で叫ぶ。
「ちょ、流星うるさいって!」
花葉玲奈が笑いながらツッコミを入れる。
「でも盛り上がってるじゃん」
紅鳶昴は余裕そうにソファに寄りかかっていた。
「次、誰いく?」
真朱瑠衣が、リモコンを操作する。
「すみれでしょ〜」
「え、私?」
二藍すみれが、少し困ったように笑う。
「じゃあ……頑張る」
流れ出したのは、少し昔のラブソング。
すみれのやさしい声が、部屋に広がる。
「いい感じ〜」
柳裏葉は、ジュースを飲みながら頷いた。
(楽しいな)
こうして友達と過ごす放課後は、
何よりも好きな時間だった。
⸻
「喉かわいた〜」
真朱瑠衣がぐでっとソファにもたれる。
「飲み物取ってこよっか」
柳裏葉は立ち上がった。
「一緒行こ〜」
二人は部屋を出て、廊下を歩く。
カラオケ店の廊下は、ネオンみたいな照明で少し眩しい。
「今日さ、流星ノリ良すぎじゃない?」
「ね。テンションおかしい」
くすくす笑いながら、ドリンクバーへ向かう。
そして――
「……あ」
角を曲がった先。
そこにいたのは、見覚えのある二人だった。
若竹翔真と、刈安直哉。
トレーを持って、ドリンクを注いでいるところ。
「え、若竹くん?」
柳裏葉が思わず声をかける。
若竹翔真が振り向いた。
「……あれ? 柳さん?」
「柳さんじゃん、真朱さんも」
直哉も気づいて笑う。
「偶然すぎ」
「二人も来てたんだ」
真朱瑠衣が目を丸くする。
「うん、七――」
若竹翔真は言いかけて、止まった。
「……いや、別の友達と」
柳裏葉は、その小さな間に気づかなかった。
「そうなんだ〜」
「そっちは?」
「クラスのみんなで!」
真朱瑠衣が元気よく答える。
「楽しそうだな」
刈安直哉が言う。
「そっちは盛り上がってる?」
「まあまあかな」
若竹翔真は苦笑した。
少しだけ、視線が泳ぐ。
(……七星の名前、出しそうになった)
そんなことを、柳裏葉たちは知る由もない。
⸻
ドリンクを注ぎ終えて、四人は少しだけ話した。
「柳さんって何歌うの?」
若竹翔真が聞く。
「え? まあ……いろいろ…かな」
「詳しく」
真朱瑠衣が笑う。
「裏葉、ラップ得意だよ〜」
「ちょ、言わないで!」
「絶対聞きたい」
刈安直哉がニヤニヤする。
「今度ね」
真朱瑠衣が即答した。
なんとなく、和やかな空気。
ほんの数分の会話。
でも。
この出会いが、
少しずつ、誰かの心を動かしていくことを、
このときの柳裏葉はまだ知らなかった。
⸻
部屋に戻る途中。
「ねえ裏葉」
真朱瑠衣が、ひそっと耳打ちする。
「さっきの二人、青藤くんの友達だよね?」
「……あ、そういえば」
「なんか、繋がってきたね〜」
「え?」
「運命?」
「何が?」
柳裏葉はまったく気にも止めず。
でも、胸の奥が、少しだけざわっとした。
理由は、まだわからないまま。
⸻
その頃。
別の部屋で。
「……でさ」
若竹翔真は、スマホを見ながら言った。
「さっき柳と真朱に会った」
「は?」
青藤七星が顔を上げる。
「ドリンクバーで」
「……マジで?」
「うん。めっちゃ楽しそうだった」
青藤七星は、少しだけ黙った。
胸の奥が、きゅっとする。
知らない場所で、
知らない笑顔を見せている。
(……当たり前なのに)
なぜか、落ち着かない。
その感情に、まだ名前はなかった。




