第2話「昼休みと、名前」
九月の空は、まだ夏の名残を抱えたままだった。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、
教室は一気にざわめき出す。
「よっしゃ、飯行こ」
刈安直哉が、机を軽く叩いて立ち上がった。
「今日、学食混んでそうじゃね?」
若竹翔真が、スマホを見ながら言う。
「でも、唐揚げ定食食べたい」
青藤七星は、ぼんやりしながら答えた。
「……それ、昨日も言ってなかった?」
「気のせい」
「絶対うそ」
三人はそんな他愛ないやり取りをしながら、学食へ向かっていた。
廊下は、生徒でいっぱいだ。
夏休み明け特有の、少し浮ついた空気。
青藤七星は、その中を歩きながら、
ふと、ある名前を思い出していた。
(……柳)
裏葉。
あの日の笑顔と、声と、言葉。
――かっこいい名前だよね。
胸の奥が、少しだけくすぐったくなる。
⸻
学食に着くと、なんとか席を確保できた。
三人はトレーを置き、向かい合って座る。
「でさー、あの新作アニメ見た?」
刈安直哉が箸を動かしながら言う。
「ああ、第一話から作画えぐくない?」
話に若竹翔真が食いつく。
「主題歌も良かった」
青藤七星も、少しだけ会話に混ざった。
しばらくは、いつものアニメ談義。
盛り上がって、笑って。
そんな中、若竹翔真がふと思い出したように言った。
「そういや七星、委員会どうだった?」
「図書委員だっけ?」
刈安直哉も興味なさそうに聞く。
「……まあ、普通」
青藤七星はそう答えかけて、少し間を置いた。
「……あー、でも」
「でも?」
「名前、褒められた」
二人の動きが止まる。
「は?」
「誰に?」
青藤七星は、少しだけ視線をそらした。
「……柳に」
「柳裏葉?」
若竹翔真がすぐに反応する。
「同じクラスの?」
「そう」
刈安直哉がニヤッと笑った。
「え、なにそれ。脈あり?」
「ちがう」
即答だった。
「ただ……かっこいいって」
青藤七星は、それ以上言わなかった。
でも、胸の奥が、じんわりあたたかい。
「へぇ〜」
若竹翔真が意味深にうなずいた。
「それ、けっこう効いてる顔してるぞ」
「……してない」
「してる」
二人は笑った。
青藤七星は、少しだけ照れくさくて、味噌汁を一口すすった。
⸻
一方、その頃。
学食の少し奥。
裏葉は、友達に囲まれて座っていた。
「ねえねえ、聞いてよ〜」
真朱瑠衣が、身振り手振りで話す。
「昨日さ、新作コスメ買ったんだけど、マジで神で!」
「また増えたの?」
花葉玲奈が、くすっと笑う。
「でも、瑠衣似合いそう」
二藍すみれが、のんびり言った。
「でしょ〜?」
「流星、それ食べすぎじゃね?」
紅鳶昴が、照柿流星の皿を指す。そこには、大盛りの唐揚げ定食と天津飯が並んでいる。
「成長期だから!」
照柿流星が胸を張る。
「いや、もう止まってるだろ」
「うるさい!」
みんなで笑う。
柳裏葉も、自然と笑顔になっていた。
こんな時間が、好きだ。
何気なくて、あたたかい。
「そういえばさ」
二藍すみれと花葉玲奈が、ふと思い出したように言う。
「裏葉、委員会どうだったの?」
「青藤くんもだよね?」
その名前に、柳裏葉は少しだけ瞬きをした。
「……うん」
「どう?」
真朱瑠衣がにやにやする。
「どうって……普通だよ?」
柳裏葉は、首をかしげる。
「ちょっと話したくらい」
本当に、それだけ。
――の、はずだった。
でも、なぜか。
あのときの笑顔が、ふっと浮かぶ。
(……喜んでくれてたよね)
それを思い出して、
胸の奥が、少しだけあたたかくなるのを、
柳裏葉はまだ、恋だとは思っていなかった。
⸻
学食を出るとき。
青藤七星は、ふと視線を向けた。
少し離れた席に、柳裏葉たちが見える。
笑っている。
楽しそうで、まぶしい。
(……いいな)
その瞬間。
自分が、彼女を目で追っていることに気づいてしまった。
「……やば」
小さくつぶやいて、前を向く。
まだ、この感情に名前はない。
……たぶん。
でも。
その芽は、確かに、
ゆっくりと育ち始めていた。




