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人鳥温泉街の春夏秋冬

04:人鳥温泉街のカラオケ大会

作者: 高橋志歩
掲載日:2026/01/22

 3月のある日曜日。

 人鳥温泉街で一番大きくて由緒ある温泉旅館、雲雲温泉館くもくもおんせんかんの大宴会場で番頭の藤堂さんがせっせと畳に掃除機をかけていた。


 今日の18時からここで『第9回 あこがれカラオケ大会』が雲雲温泉館の主催で開催されるのだ。最近は集団温泉旅行が減ったので使用頻度が減ったけれど、温泉旅館に宴会場は必要だ、という社長の方針できちんと維持されている。

 掃除機をかけ終わった藤堂さんは、ふうと息をついた。これから座布団を移動させて、舞台の上も掃除しないといけない。忙しい忙しい。主催は雲雲温泉館でも、後援は人鳥温泉街なので気は抜けない。藤堂さんはまたせっせと働きだした。


「全宇宙征服連盟」地球日本担当のエーテル所長は、オープンテラスでコーヒーを飲みながら『第9回 あこがれカラオケ大会』の宣伝チラシを眺めていた。賑やかな紙面には数々の「温泉貸し切り券」や「和菓子詰合せセット」や「エステ無料券」や「イタリアンワイン無料」などの賞品が掲載され、「参加者全員にスチームライジング屋のマカロンを進呈!」とある。飛び込み参加も歓迎で、大会のラストは「人気マスコットペンギン大福のダンス」である。カラオケか、と思いながらエーテル所長は中央通りを眺めた。

 地球の日本に赴任して以来、様々な陰謀組織との会合や会食に出席してきたが、その場で地球要人が歌うカラオケは何度も目にしてきた。

 まあ歌はどこの星系でも好まれるし、エーテル所長の故郷でももちろん芸術としての歌はある。しかし歌とは専門の訓練を受けた歌手が歌うもので、一般人が歌うのは国歌ぐらいだ。

 地球に来て、秘密結社「暗黒女王様のしもべ」の接待で観劇した華麗なオペラは素晴らしかったが……カラオケねえ。


 エーテル所長が考え込んでいると、カフェの若い店員が声をかけてきた。

「所長、今夜のカラオケ大会の審査員ですよね。俺の姉貴も張り切ってますんで、よろしくお願いします」

「ん、ああそうか。まあ慣れない分野だが努力しよう。歌を聴くのは好きだしな」

 本当にこの人は真面目だなあ、と店員はひそかに感心した。

「ところで、なぜ『あこがれカラオケ大会』という名称なのかね? あこがれとは憧れている事だろう?」

「ああ、雲雲温泉館の経営者の雲井くもいさんて、若い頃に歌手を目指して修業してた事があったそうなんですよ。結局諦めて今じゃカラオケの熱烈愛好者で、あこがれと名付けたわけで。もう9回になるのかあ。カラオケ大会には、周囲が気を遣うだろうと参加せずに審査員を務めてますけどね」

「ふうむ、立派な心掛けだな」

 店員は頷いてから、少しだけ声を小さくした。

「あのー、それはそうと、所長の秘書さんたちも、カラオケ大会に参加するんですか?」

「いや? 参加はしないが見物には行くそうだ。私がきちんと審査員の役目を果たすか、見張る目的もあるらしい」

「あ、そうですか。観客ですね。なるほど。いや俺も姉貴の応援には行きますから、観客席に。うん」

 ごゆっくりと言いながら、ちょっとそわそわしながら去っていく店員の後姿を見て、さすがの所長も気が付いた。ははーん。だが秘書は3人いるが、誰が気になるのだろう?


 その日の18時から開催された『第9回 あこがれカラオケ大会』は大盛り上がりだった。

 開催の挨拶は雲雲温泉館の経営者雲井氏だったが、その後はエーテル所長と並んで熱心かつ楽しそうに参加者に声援を送っていた。上手い人、音痴、集団での参加と色々あって、気が付けばエーテル所長も楽しんでいた。


 憧れか。

 そういえば自分は子供の頃、画家に憧れていたなとエーテル所長は思い出した。

 いわゆるエリートの家筋で両親の期待も大きかったので、早くにそういう道は諦めたが……こういう風に楽しく気楽な気分で絵を描くのも、ありかもしれないな。

 一所懸命に第3秘書に話しかけているカフェの店員を眺め、舞台で見事なタップダンスを披露して大声援を浴びるペンギンの大福に拍手を送りながら、エーテル所長は地球の画材はどんな物があるのか調べてみようと考えていた。

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