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1話 不死身の人間

 「お前さん……こんな噂を知ってるか?」


 夕刻。

 薄暗い酒場の店内で、偶然隣の席に座った男が話しかけてきた。見るからに肉体労働をしているであろう、煤けた服とゴツゴツとした手が印象的な男だ。


 「この街のどこかの裏路地に、誰が貼ったのかわからねぇ、不思議な求人募集があるってんだ。

 しかもよ、これまたその内容ってのも変わってるって話だぜ」

 

 男はビールが並々と注がれたグラスを、雑に煽り飲み干す。

 カーンっ、というグラスが叩きつけられる音が不穏な空気を漂わせた。


 「……どうだい、続きが気になるだろ?」


 男は、彼の反応がえらく気に入ったのか、ニマニマと酔った顔で笑みをつくる。

 

 「おーっと。ここから先は有料だぜ? 気になって仕方ねぇってんなら、一杯奢ってくれねぇかい?」


 酔っ払いの妄言。

 その一言で片付ける事もできたが、男の醸し出す雰囲気か、はたまた酒に当てられたのか……彼は机の上にお代を置いて、給仕さんにお代わりを頼んだ。

 

 「お待たせしましたーっ! ビール、二杯ですね」


 待ってましたと言わんばかりに、男はすぐにグラスを手に取る。グビグビと見事な飲みっぷりでグラスを空にしてから、男が続ける。

 

 「ぷっはー……。で、どこまで話したっけ?

 ……ああ、そうだ。どんな内容なのかって話だったな──」


 男は話し終えると、机に突っ伏して寝てしまった。

 

 「ありがとう、ございましたーっ!」


 彼は一人店を出て、あてもなく路地に足を進めた。



 この街に来たのは、つい二日ほど前のことだ。

 この辺では比較的大きな街で、炭鉱と鉱物を使った装飾品、そして街の中央に聳え立つギルドが有名な街……らしい。

 

 らしいと言うのも、彼はこの街について特に調べることなくやってきたのだ。

 強いて言えば、面白いパーティーがあるという噂を耳にして、興味本位で立ち寄った──そんなところだ。


 ──さて……どうしたものか……。


 目指すものの当てがない旅。彼の心中は、一抹の不安を抱えながらも路地を歩く足取りは一定だ。


 ──くっそ……。あの男、けっきょく全部話すまでに、四回もお代わりしやがって……!


 目的地がわからない事よりも、今の彼にとっては懐事情の方が不安要素が大きい。

 今日泊まる宿の代金すら危うい手持ちに、深いため息がこぼれる。


 ──ねぇ? 君、もしかして噂の求人募集の張り紙を探してたりしない?


 凛と澄んだ声が、彼の背後から聞こえた。

 その声に彼は振り返り、声の主を視界に収める。


 ルビーのように輝く赤い髪。髪の色と同じ透き通った瞳。

 その頭髪と瞳に反して、肌は新雪のようにきめ細かく白い。


 「ねぇ!? 聞いてる!?」


 まじまじと顔を見られて照れたのか、頬を赤らめながら女は再度問う。


 「あ、あぁ……。すまない……。えっと……」


 「私はリシェリ! 君の名前は?」


 「俺は、アッシュ。それで……張り紙について、リシェリは何か知っているのか?」


 リシェリはどこか嬉しそうに、くるりと軽やかなターンをして見せた。

 なんの意味があるのかはわからないが、とりあえず嬉しそうだということだけが、アッシュに伝わった。


 「はい、これ。君の探し物……。そして──私はその張り紙のパーティー……『UN・DEAD」のメンバーだよ」


 「おお、マジか……」


 突然湧いて出た出会い。アッシュは探していた求人を出しているメンバーの一人と出会うことに成功したものの、どんな採用試験が待ち望んでいるのかと、未知に対する不安は簡単には拭えない。


 そんなアッシュの心中をリシェリは見抜いたように、「採用条件はたったの一つ!」と話を続ける。 




 「不死身であること! 私たちが求めている素質はそれだけ。どう?──簡単でしょ?」




  簡単、という言葉にアッシュは引きつった笑いを返すしかなかった。


 「……いや、普通は無理だろ」


 リシェリは「あははっ」と軽く笑い、指先でアッシュの胸を軽く突いた。


 「じゃあアッシュはどうなの? 死なないの?」


 「そんなわけ──」


 と言いかけた時。

 街の風情を台無しにする、人々の狂乱の叫びが響き渡る。



 「──ありゃ? これは、ちょっと面倒だなぁ……」


 リシェリの目の色が変わり、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気が消え去った。

 

 「少し待っててね」


 そう言い残し、リシェリは大通りへ歩みを進めた。


 「ちょっ! 待てくれよ!」


 アッシュも遅れてリシェリの後を追い、大通りへと出た。

 大通りはすでに逃げ惑う人、逃げる際に転んだ女、泣き叫ぶ子供──そんな、無秩序な人の波でごった返していた。


 「おいおいおいおいっ──!?」



 アッシュの視線の先。人の波が逃げてきた方角には、大きな鉄塊を片手に持つ異形な生物の姿。


 「こんな街中に……なんで、魔獣が!?」


 「私たちを追ってきた……って訳じゃなさそうだね。

 まぁ、街の結界が緩んでたんでしょ。考えても仕方ないよ、倒せばいいだけだしさ」


 「倒すったって──って、おい!」


 アッシュの静止より早く、リシェリは大型の魔獣の前に躍り出た。


 筋骨隆々な人型の上半身に、黒い肌に牛の様な下半身。殺意の籠った血走った目に、大きな牛角。

 片手には竜車ほどの大きさの鉄塊を握りしめ、それをまるで小枝のように振り回す。


 「君、力には自信がありそうだ──」


 リシェリが牛魔の魔獣に話しかけた瞬間、到底人間の身体では耐えきれない速度と重さの乗った鉄塊が振り下ろされた。


 ──ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバいっ


 アッシュは確かに、牛魔の一撃がリシェリにぶつかる瞬間を見た。


 ──死んだよな!? 殺されたんだよな!? どうする、どうすればいい!? 次は俺か、どうする!?


 初めて目の前で、魔獣に人が襲われるのを見た。それだけで、彼の脳はパニックに陥り生存本能で思考が加速する。がしかし、身体は硬直して動かない。



 「ん……いったぁ……もうちょっと優しくしてよね……まったく、もう!!!」


 瓦礫と砂埃が晴れる。

 

 リシェリは無傷だった。

 ほんの少しだけ服が裂けてはいるものの、目立った外傷は見えない。


 そして彼女は肩を軽くすくめ、アッシュに小さなウィンクをする。


 「……ね? 私、不死身でしょ?」


 「ヴォォォオォォッ──!!!」


 牛魔が吠える。

 空気が振動し、鼓膜が破れそうになるほどの声量。

 そして、何度も何度も、鉄塊をリシェリに向けて振り回す。

 猛攻という言葉があるが、まさにそれだった。

 リシェリはその全てを避ける気などなく、しかも怯む気配すら感じさせない。


 「もう終わり? 気は済んだかな……じゃあ──」


 アッシュは、最後のひと言を聞き逃さなかった。


 「今度は私の番ね──『リフレクト』」


 気がつけば、すでに勝敗が決していた。

 牛魔の角は折れ曲がり、頭部はぐちゃぐちゃに。

 手足は不規則に折れ、屈強な肉体の所々に赤紫に腫れ上がったアザが浮かぶ。


 誰の目で見ても、牛魔は絶命していた。



 身体の硬直が解け、頬を伝う生暖かい液体に触れた。指先にベッタリとまとわりつく、小さな肉片と赤黒い血。


 「あっ! ごめーん、飛び散っちゃったみたいだね──私の一部」

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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