随筆集Ⅰ 幻の蛇
凡そ、目撃情報がありながら、まだ正体が不明で、謎の生物は世界にもいろいろある。それらはなぜか爬虫類が多い。有名なのはネス湖の怪獣、「ネッシー」や北海道は屈斜路湖の「クッシー」などであろう。いずれも怪獣が実在する根拠は乏しそうだ。信憑性の高そうなのは、日本の北海道と沖縄をのぞく全土に噂話のある「つちのこ」であろう。釣りの愛好家で、文筆家の山本素石が「つちのこ」との出逢いを一冊の本として紹介している。
一時、テレビでも取り上げ報道されたらしい。本を読んでいて、目撃の様子がなかなか一般のひとには理解されないもどかしさを、わたしに共感させた。なぜならわたしにも似たような体験があるからである。
それはわたしが中学2年生の夏休みの頃だったと思う.
その頃の私は、いつ見ても飽きない大自然が1番の友達だった。
当時わたしは、北海道旭川市の近郊、上川盆地の片隅の山村に住んでいた。北海道の大自然、大雪山の麓に広がる山々は、四季折々の美しさを名画のように変えてわたしを育んでくれた。この土地は上川100万石と言われる稲作地帯で、山々に囲まれた盆地には、水田地帯が広がっていた。夏になるとよく自宅より西に2キロメートル位はなれた「古川」とよばれる川原へ釣りにいった。川は南北に流れて石狩川に合流していた。川幅は6,7メートル位で、両岸には雑草が生い茂り、「なら」や「はんの木」などの雑木がまばらに立っていた。
この川では、「うぐい」や「やちうぐい」がよく釣れた。
夏の暑い日ざしを木陰で避けながら、何時ものように釣り糸をたれ、ぼんやりと水面を眺めていた。
すると突然、釣竿に「かわせみ」が飛んできて止まった。間じかに見る「かわせみ」の羽の色は目の覚めるような美しいブルーで、われをわすれるほど美しかった。
しかしそれも一瞬で、水面すれすれに飛んで、彼方の雑草の影に消えた。
それからどのくらい時間がたったのであろうか?この日お目当ての魚は一匹も釣れず、そろそろ帰ろうかなと思っていたときのことである。左手の叢のなかから「がさがさ」とも「がらがら」とも聞こえるこれまでに一度も聞いたことのない不思議な音が聞こえてきた。
思わず好奇心に刈られ音のするほうへ雑草を掻き分けて進んでいった。と、突然わたしはびっくりして立ち止まり、我が目を疑った。川岸が崩れるのを防ぐ為に積み上げられた小石の上に7,80センチメートルくらいのへびがとぐろを巻いて、鎌首を持ち上げ、口から赤い舌をだしながら、こちらのようすを伺っているではないか。蛇のからだには、まだらな赤茶色の斑点があり、頭は大きく、三角形をしていた。
毒蛇の特徴である。その体は太く、短く、「ズンドウ」でしっぽの部分が急に細くなり、先端の10センチメートルくらいのところだけすこし太くなり、そこを持ち上げて左右に振って音を出しているのであった。
おもわず「ガラガラ蛇」だと叫んだ。
いや「ガラガラ蛇」は日本にはいない。北アメリカに住む毒蛇だ。自問自答しながら蛇を観察しつづけながら、この川をわたって隣の村から通学して来る通学生たちの間で噂になっている話を思い出した。
「ふるかわ」を渡る時は気をつけろ、あたまの三角な毒蛇がいるぞ、「ふるかわ」には「がらがらへび」がいるぞと言っているのを。
あの噂話は本当だった。よし捕まえてやれ。そう思って蛇を睨みながら、こぶしくらいの石を拾って、2,3メートルの距離から投げつけた。。わたしの動きを察知した蛇はすばやく積み上げられた石のあいだに潜って姿を消した。普通の「アオダイショウ」ならほとんどこうして石を投げて捕らえられるが、このへびは非常に逃げ足が早かった。
数年前に故郷を訪れる機会があった。あれから40年の歳月が過ぎていた。つりを楽しんだ「ふるかわ」のあたりは背丈を越える雑草が生い茂り、その間を細い道が彼方の山陰に消えていた。ダムの建設のため村は廃墟になっていた。
こどものころの思いでも、幻の蛇もすべてを飲み込んでいた。
2001,5,30




