第2話
列車はレールの上を走り続けていた。
目指すのは「中央駅」――つまり、チェリー家の領地である。
もう夜も更け、ちょうど食事の時間。
エメリーが食事を運んできた。
私とお父様は向かい合ってその料理を食べる。
お父様の顔には、どこか悲しげな表情が浮かんでいた。
「お父様、大丈夫よ。私、死んだりしないわ」
そう口にすると、お父様は少し言葉に詰まったが、
表情には少しだけ希望の色が差した。
「……そうだな」
「たしかに、治せないかもしれない。
でも、すべては運命次第。頼れるものがあるとすれば、娘の運命だけだ」
「そうよ。私はもう決めたの。“死なない”って」
お父様の顔が少し和らぎ、私たちは静かに食事を終えた。
列車のスピードを考えると、到着まではほぼ一晩かかるだろう。
私は寝台車で眠ることにした。
深夜――突如、鋭いブレーキ音が鳴り響いた。
あまりにも大きな音で、私は眠りから目を覚ました。
しばらくして、エメリーが私の客車へやって来た。
「お嬢様、少しトラブルが発生しました。
前方のレールが――跡形もなく崩壊していたそうです」
「それで、どうするの?」
「現在、近隣の駅と連絡を取っています。
まもなく、代替の列車が来るはずです」
「それまでの間に、お嬢様とご当主様のお荷物を新しい車両へ運んでおきますね」
そう言って、エメリーは荷物の整理に向かった。
私は手持ち無沙汰だったので、列車の各車両を見て回ることにした。
この列車は全6両編成。
外は暗いが、車内は「精霊石」からの灯りで明るい。
それは機関部から送られてくる光だった。
私は第4車両――自分が寝ていた車両から歩き始めた。
第4車両と第5車両は寝台車。
最後尾の第6車両は荷物用の車両。
第3車両は食堂車。
第2車両はお父様の執務室。
そして――第1車両が運転室である。
私は第1車両、つまり機関室の隣にまでたどり着いた。
その前方には、運転士が一人立っていた。
「……よし、あー、うん」
彼は誰かと話しているようだった。
私はちらりと機関部をのぞいた。
彼が話していた相手は――
緑色に光る、“精霊”だった。
運転士は、手振りや身振りを交えながら精霊と会話をしようとしていた。
だが、精霊の方はあまり理解していないようだった。
精霊は運転士の周囲をふわふわと飛び回っていた。
「ぴー、ぴっ、ぴぃ、ぴーぃ……」
まるで、かみ合っていない。
「……こーたーえー、かーいーしー……」
運転士がゆっくりと言葉を伸ばして発音した。
すると――
精霊が空中に光を描き、文字が浮かび上がった。
私はそれをあまり気にせず、自分の客車へと戻った。
――「駅の対応が遅いのは仕方ないさ」
……え? 今の声は? 運転士の声じゃなかった。
じゃあ、誰の声?
……まさか、精霊?
私は振り返った。
「ぴー、ぴ、ぴぃ……」
人間は精霊と言葉で会話できない。
だからこそ、身振り手振りやサインを使って意思疎通を図るしかない。
でも、さっきの私――
たしかに精霊の声を“言葉”として理解できた気がした。
夜も深い。きっと疲れていたせいだろう。
今、私に起きていることは――
回復の見込みがない病、そして運命に翻弄される日々。
私は何もできない。ただ、運命に身を任せるしかない。
私は再び自分の客車へと戻った。
それから数時間が過ぎ――空が白み始めたころ。
「お嬢様、新しい列車が到着しました」
私は新しい列車へと乗り換えた。
先ほどの列車は、前方のレールが完全に崩壊していたため、もう動かすことができなかった。
そのため、別の線路を使って進むしかない。
迎えに来た列車は、前のものほど豪華ではなかった。
車両は4両しかなかった。
すべての荷物を積み終えた後、列車は再び出発した。
「次の駅に一度寄るぞ。父が、破損したレールの件を確認しないといけないからな」