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勝敗

 まど香から電話が来たのは、花火大会に着るはずだった浴衣を眺めてメソメソしていた時だった。もう何もかも手放したと思ったのに。それでもまど香からの電話を無視なんかできない。

 雪世はスマホを手にする。


「聞いて」


 出た途端、まど香の声が鋭く響く。


「ちょっと目が醒める話するから覚悟してね」


 そんな台詞に緊張が走った。  


「うん、何事なの?」


 雪世の言葉の後、まど香は一拍おいて、


「遊ばれていたみたいなの」


と、言った。


「何? どういうこと? 遊ばれたって誰に?」

「朝陽たちに、だよ」


 雪世は息を飲んだ。


「たち?」


 耳元で響くまど香の話に、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されていくーー



 まど香からの電話のあと、しばらくしてから朝陽から連絡が来た。


ーー仕事終わった?

ーー今から行っていいかな


 スマホの画面の中に横たわる文字を確認する。

 そういえば、朝陽に明日仕事が休みになったことを連絡していなかった。


ーー今、外にいる


 返信して、大きく息を吸いこみ、ホッと吐き出した。

 

ーー会社の近くのコンビニ

 

 その時ちょうどコンビニで今日の夕飯を買い込んでいた。お酒とおつまみのスティックキュウリと、お菓子もいくつか。


ーー朝陽はどこ?


ーー駅だよ。 


 朝陽の教えてくれた駅名は、花火大会会場の最寄り駅から二駅先、朝陽のアパート近くの駅だった。


ーー迎えに行くよ


 そう答えると、


ーーありがとう。

ーー待ってる。


 すぐ返信が来た。その速さが朝陽らしい。

 ドキドキが止まらなかった。全身が心臓になったみたいに。

 雪世は大きく深呼吸してからハンドルを握りしめ直し、呟く。


「いこう」



 朝陽は駅前にちゃんと立っていた。その姿を見て雪世はひとまず安堵する。


「急にごめん。ありがとう」


 そう言って何の疑いもなく助手席にいつも通り乗り込んだ。よく知っている香水の匂いに少し胸が痛む。


「急にどうしたの?」


 誤魔化すみたいに聞いてみる。


「雪世に会いたくなって」


 答えながら朝陽の手が太ももに伸びた。


「昨日はどうだった?」


 車内の話題も雰囲気も変えたくて切り出してみる。 


「お母さんの体調、どうだった?」

「ああ。ぎっくり腰だって。命に別条はないから、大丈夫。弟の結婚式があるのに困ったもんだよ。歳なのに動き回ったせいらしいよ」


 朝陽の声は少し上ずっていた。それでも横顔に疲れが見え隠れしている。


「そこで言われたんだ」


 太ももから手を離す。

 どうせ「彼女を連れてきて」とでも言われたのだろう。

 もったいぶってなかなか言い出さないけれど、雪世はわかっていた。


「彼女を連れてこいって」


 ほら、思ったとおりだ。

 まど香に断られた途端、何事もなかったようにこちらに乗り換える。何の後ろめたさもなく、自分のために乗り換える。

 雪世は保険なのだ。


「今度うちの実家に来ない? 雪世のことちゃんと紹介したいんだ」


 妙に高いテンションの朝陽が雪世の顔を覗き込んだ。雪世は何も答えない。

 どうせ雪世なら喜ぶと思っていたのだろう。

 反応がないことに朝陽がじれて何か言い出そうとした、その時。後部座席でブシュッ!と大きな音が上がった。


「ヒッ!」


 朝陽が変な悲鳴と一緒に振り返る。


「隠れるの大変だった」


 そこには炭酸飲料のペットボトルを開けたまど香が座っていた。


「朝陽。雪世には初恋の人の話をしないのね」


 後部座席でごくごくと炭酸飲料を飲むまど香をただ呆然と見つめることしかできない。何が起きているのかわからない。

 どうして、まど香と雪世が一緒にいるんだ?

 まど香は雪世を嫌っていたし、雪世からまど香の話なんて出たことなかった。


「聞いたよ」


 雪世が前を向いたまま、いつものトーンで言う。


「忘れられないっていうその人に焚き付けられて、とりあえずの彼女を実家に連れて行くことになったんでしょ?」


 朝陽は凍りついていた。


「わたくし、教えましたよ」


 まど香がけらけらと笑う。


「本命のまど香がだめだったから、保険で残していたわたしに話が回ってきた。そういうことでいいよね。でもね、それはちょっとないよね。浅井さんからのアドバイスを素直に受けようと思う」


「浅井さん?」


 朝陽が訝しげに顔を歪める。


「浅井さんも教えてくれたよ。昨年の花火大会に一緒に行ったって。でも二番手か三番手は嫌だからやめたって」


 ちょっと怖い先輩だと思っていたけれど、今はその潔さが好きだ。


「前までなら、わたしはそれでも別に良かったんだけどね」


 二番手も三番手もありだったけど、雪世は自分を大切にすることにした。


「ごめん、朝陽。でも楽しかった」


 朝陽のおかげで今の会社で仕事を続けることができたし、自分を成長させてくれた。

 清々しい雪世とは対照的に、朝陽は何も言えずに黙っている。


「ねえ、これで終わると思ってる?」


 まど香は前の座席に体を乗り出す。


「バチが当たるって言ったでしょ?」

「……何を」


 これ以上何を言うのだ。朝陽はまど香を睨んでいた。


「課長が教えてくれたよ。私たち賭けの対象にして遊んでいたこと」


 朝陽の顔がわかりやすく青ざめた。


「朝陽が誰を選ぶか。雪世か、わたしか、はたまた浅井さんか、その他か。賭けたね? 証拠もあるよ」


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