花火みたいな 1
今年もまた、花火の季節が来ていた。
雪世はシャンプーの泡が落ちていくのを待ちながら、瞼の裏に残った箱を思い出していた。
シャワーに入る前、朝陽のリュックがわざとらしく開いていて、指輪の箱っぽい四角いそれが見えていた。
胸騒ぎを抱え込んだままシャワーを終えて、部屋に戻る。
「ごめん。花火行けなくなった」
朝陽はスマホをテーブルに置いた。そばに置かれたリュックはもうしっかりと閉じていた。
今夜は仕事が終わった後、久しぶりに一緒に夕飯を食べた。そのまま二人でこの部屋に帰ってきた。明日は朝から一緒に過ごし、夜に花火大会へ行く予定だった。
(約束していたのに)
付き合って一年が過ぎた。七月末の土日に開催される花火大会は、去年も行けなかった。
だから、春から定休が変わり、花火大会の日に初めて一緒に休みを取れたことが嬉しくて、めずらしく雪世から誘ったのに。
「親の具合が良くなくて」
「うん」
雪世はベッドに腰掛け、テレビをつけた。
朝陽は隣りに座って身を寄せる。
「ごめん、雪世」
「怒ってないから」
「明後日には帰る」
唇で耳たぶをなぞる。
「うん」
頬を寄せ、雪世の体に触れる。こうやって誤魔化す朝陽に、ずっと流されてきた。
一年経つのに、二人の関係を周りに話してはいけない。
外では朝陽のことは樋口さんと呼ばやくてはいけない。
基本、デートは雪世の家。
SNSに二人でいるところは絶対にあげてはいけない。
雪世はそんな約束を真面目に守り続けている。
(やっぱりか)
一度は約束したデートをドタキャンするなんて、朝陽には簡単なことなのだろう。
「気にしないで」
雪世は優しく笑う。
あまりにも、いつものことだから。
翌日、朝早く朝陽は雪世の部屋を出ていった。
一人きりになった寂しい部屋に、電話がかかってきた。まだベッドに横になっていた。
(誰?)
重たい気持ちを引きずったままノロノロと画面を見た途端、雪世は飛び起きる。
(浅井さん!)
電話がかかってくることなんて今までなかった。電話番号を知っているのは仕事のためだけだ。
出ると、聞き慣れた仕事の先輩、浅井紗月の声が聞こえてくる。
「雪世?」
「はい、どうしたんですか?」
「今日、あいてる? 遅出でいいから入れるかな?」
突然の申し入れだった。
「なにか予定ある?」
予定は昨夜消えたところだ。
「いえ、ないです。何も」
受話器の向こうで小さくよかったと言う声がした。
「じゃあ、今日明日おねがいします」
「今日明日?!」
それは驚きだった。
「予定あるの?」
ない。朝陽にキャンセルされたから、全く無い。
「ないです。今日明日出ます」
耳に当てているはずなのに、遠くで浅井さんの大げさな「ありがとう」が聞こえた。
「大丈夫です。気にしないでください」
電話を切って、雪世は仰向けになる。
(今年も、か)
うまくいかない。
初めての二人で花火大会。
というより、外でデートがほとんど初めてだったのに。
きっと、最後だったのに。




