前世の家族と現世の家族と
その日の夜、私は熱を出して寝込んでしまった。
寝ている間、私の娘と息子の夢を見た。
「ただいま、お母さーん。あ〜…今日も疲れたわ。バイトの先輩が今日は風邪引いて急遽休みになってさ!ホールが1人足りないから全然回んなくて…」
私はスマートフォンから目を離し、娘の方を見た。
「お疲れ様。だからこんなに遅かったの?ってか、この間も同じこと言ってなかった?」
「そうなの!同じ先輩!!やっぱりさ、その人嘘ついて休んでるのかな?」娘は疑っているようだ。
「ぶり返したのかもよ?嘘かどうかなんて、お母さん分からないけど、もしも本当に2回とも風邪だったらどうするの?疑うより信じてみたら?」
「信じるって言われても。この間は生理痛でその前は捻挫だし、休みすぎて皆に迷惑かけてるんだよ?」納得してはいないようだ。
「そういう不調が重なることってあるからね~。うーん、」と私が言うと横から
「そんなんで社会人やっていけるか〜?休みグセはまずいぞ?」と息子が茶々を入れてくる。
「あれ?お兄ちゃん帰ってきてたの?気づかなかった。」と存在にようやく気付いた娘が言った。
ちょっと悲しそうな息子。よしよし。撫でてやる。
撫でながら私は「体調が良くない時期って誰だってあるでしょ?」と私に反論する。
「あま~い!!母さんはこのドーナツよりも甘すぎるぞ?!」と息子は持っているドーナツにかぶりつき、目を細めた。
「いいか?社会人3年目の俺が言うんだ。間違いない。そいつは後に絶対痛い目に遭う!今の内に休み過ぎな癖を直させるんだ!それはその先輩のためにもなる。」
熱く語る息子を横に、私は息子がもう、子供ではなく大人なのだと少し淋しく思った。
そんな夢を見て、ふっと思い出す。自分が死んでいたことに。
「うんうん」と頷く娘。ソファに座りながら熱く社会とはなんぞやを語る息子がどんどん離れていく。離されていく。
そこで、あぁ…私は2人のお母さんだった。私はもう2人の親ではない。私は2人に触れることも話し掛ける事も一生出来ないのだと感じた。そんな悲しい夢を見た。
ゆっくりと目を覚ます。
両目からは涙が沢山流れた跡があった。
「ははは…。今の今まで私、2人の事を忘れてたんだな。4年も…、あーあ…最低な親。本当に最低。」
あんなに2人を置いて生まれ変わりたくないと願っていたのに。
私はこんなにも非情だったの?
「アナ!目が覚めたのね!心配してたのよ?貴女ずっとうなされながら目を覚まさないから。あぁっ、こんなに涙を出して…よっぽど怖い夢を見たのね。可哀想に」
この世界での私の『お母さん』が椅子から立ち上がり、私に駆け寄る。独り言でお母様も起きたみたいだ。
私を心配してみている。本が置いてあるから、夜も看病してくれたみたいだ。
「お母様、夜も私を看病してくれたの?ありがとう」
汗でベタついた顔をお母様は笑って触ってくれる。
「当たり前じゃない。可愛い私の娘の為なんだから。」
触ってくれる。話しかけてくれる。今生きている目の前の人は私の家族。
また私は涙を流してしまった。
「あらあら、もう夢から覚めたのにまた泣いて…
よっぽど怖い夢だったのね。」お母様は言った。
「はい。とっても怖かったです。そして悲しかった。…でも、どんな夢だったか忘れちゃいました。」
内容が内容なので、どんな夢なのか今は言えない。いつか言える日が来るのだろうか?
そんな事を思いながら私は、今の『お母さん』に抱っこをしてもらった。温かいぬくもり、人の体温。
それがとても心地よくて、そして前世の子ども達を抱きしめられない現実を実感して悲しくて…
この気持ちはなんだろう?この気持ちに名前はあるのだろうか?よく分からない。気持ちを抱えて、私はまた深い眠りへの旅だったのだった。
✜✜✜
解熱して数日が経った。
今の両親や兄に思いを移す。今の家族も前の家族も私の大切な家族。後悔しないように生きなきゃと。
ただ、そう思ってから自分が少し変わったみたいに思う。
リュウ様が私の所に来てから、私は4歳から40歳まで一気に年をとったみたいだ。本当に今の体の年齢に影響を受けていたみたい。
リュウ様と話した後から、私の周りで変化がちらほら見えていた。
いや…違うか。前からあったのに、私の視野の狭さから視えてなかったから…。
朝、爽やかな風が吹いている。小鳥の囀りもいつも通り。
「お嬢様!おはようございます!」笑顔のメイド達。
「さすがお嬢様!」笑い合い褒めてくれる人達。
この笑顔に偽りはなかった。でも…
なんでそんなに必死なのだろうか?
どうして、私の周りを幸せにしようと、明るいものにしようと必死なのだろう?
この前の熱で怖い夢を見たと皆が知ってるから?
いや…、前からこんな感じだった。それに私が気づかなかったんだ。
食堂に行く。
「おはようございます!お父様、お母様、お兄様!」
「おはよう!アナ!」駆け寄ってくるお兄様。優しいお兄様。
「おはよう、アナ。」挨拶をしてくれるお父様。変わらない朝。変わらない挨拶。
私はお母様を見る。微笑み、笑っているお母様。でも…
どうしてだろう。
どうしてだろう。前の家族と比べて、何かが違うと感じる。
あぁっ、そうだ。
温度だ。
なんだか距離を感じるんだ。
お母様とお父様。お母様とお兄様の距離がなんだか違うんだ。
これは…
突き止めないといけないかな?
貴族だから距離があるのかもしれない。
でも、なんだか、知らないといけない。
そんな勘みたいな『もの』が私に呼びかけているようだった。