帝国軍に占領された小さな村が、真っ赤な炎によって赤く染まる物語
バロル王国にひっそりとたたずむリーテの村。
この人口50人にも満たない小さな村が、今まさに滅亡の時を迎えようとしていた。
原因は国王の圧政にあった。
現国王は贅沢が大好きで、しょっちゅう豪華な宴を開き、大した意味もなく宮殿を新築させる。
政治に興味はなく、搾取だけはしっかり行う。
もちろん、逆らう者や意見する者はただちに処刑される。
“暴君の教科書”をしっかり読んで、その通りに行動しています、と言わんばかりの分かりやすいほどの暴君であった。
リーテの村も例外ではない。
国から何かを施されたことはないが、作物だけは必要以上に持っていかれる。
そんな日々が続き、とうとう彼らが食べるものはなくなってしまった。
もはや雑草ですら食べ尽くし、村人全員餓死を待つしかないという状況になった。
村の中心部にある広場。
やせこけた長老が、村人全員を集める。
少年少女、大人、年寄り、皆が虚ろな目をしている。
「みな分かっておるじゃろうが……この村は、終わりじゃ」
命を振り絞るようにして声を発する。
「しかし、この村はいい村じゃった……。みんな仲良く、楽しく、暮らしてきた……」
村人たちに首を動かす気力も残っていないが、心の中でうなずく。
「せめて、ここで一緒に死のう……。その亡骸を見て、誰かが『皆で死ぬなんていい村だな』とでも思えば……それがせめてもの救いになる」
リーテの村という村があった。
悪政によって村は滅んだが、村人全員、死ぬ時は同じ場所で死ぬことを選んだ。
後世にそれを伝えること――それが自分たちにとって慰めとなり、国王への復讐にもなる、そう考えたのだ。
「では皆の者、安らかに……」
眠ろうではないか。長老がそう言いかけた時、蹄の音が響いた。
「なんじゃ……?」
一騎ではない。何十、何百もの、騎兵がこの村に迫っている。
まもなく、その軍団はリーテの村にやってきた。
黒い鎧を身につけた軍団だった。
長い金髪を持つ眉目秀麗の若い将軍が、名乗りを上げる。
「我はガドゥル帝国将軍、メガロである!」
村人たちには反応する力も残っていない。
「ただいまよりこの村は、我が帝国軍が占領した!」
ガドゥル帝国は、バロル王国の隣に位置する巨大帝国である。
帝国皇帝は代々善政を敷き、軍事力、経済力ともに優れた紛れもない強国。名だたる芸術家や文化人をも多く輩出している。
しかし、そんな帝国の軍勢がなぜバロル王国にいるのか、こんなちっぽけな村を占領するのか、村人たちには見当もつかなかった。
もっとも、彼らにはそんなことを考える力も残されていなかったが。
メガロの隣にいる副官が告げる。
「この村人たち、おそらくかなりの長期間、何も口にしていないと思われます」
「うむ、想像以上の酷さだ……痛ましいことだ」
「食料は持ち込んでおります。すぐさま彼らに食事を――」
「いや、それはならぬ」
「え?」
「“リフィーディング症候群”を引き起こすおそれがある」
「リフィーディング症候群……?」
メガロが解説を始める。
「リフィーディング症候群とは、飢餓状態の者に急に食事を取らせるなど、栄養補給をさせると起こる様々な症状のことだ。体内の水分や電解質のバランスが崩れて、最悪の場合死に至る。つまり、飢えている者に急に食事をさせるのは危険だということだ」
「なるほど……ならばどうすれば……」
「軍医の指導の元、彼らに適切な栄養補給を施すのだ。そうすれば、一人も死者を出すことなく彼らを救うことができるはずだ」
「分かりました。ただちに手配いたしましょう」
かくして帝国の将軍メガロの指揮の元、村民たちへの栄養補給が始まった。
一口に飢餓状態といっても一人一人状況は違う。
一人ずつ丁寧に体調を診察し、それに合わせた栄養補給を行っていく。
栄養剤を溶かした水を飲ませたり、スープを飲ませたり……。
村人たちも感謝しながら、少しずつ食事を取っていく。
一週間、そして二週間が経ち、ようやくリーテの村の住民らは健康を取り戻した。
「うおおおおっ! ワシは元気じゃぞ~!」
元気よく叫ぶ長老に、帝国将軍メガロは朗らかに笑いかける。
「これは愉快なご老人だ」
「いやー、あんたらのおかげで救われたぞい。本当にありがとう!」
「いえいえ」
なぜ帝国軍がリーテの村にやってきたかの事情も分かってきた。
バロル王国の悪政を見かねたガドゥル帝国皇帝は、最初は「他国の政治に干渉するのは……」と尻込みしていたが、国民総飢餓状態といってもいいバロルの異常事態を知り、ついに軍の派遣を決断した。
バロル王国の救済に乗り出したのである。
リーテの村を救ったのもその一環であった。
ガドゥル帝国軍は各地で、バロルの民を救い、歓迎されているという。
村が活気を取り戻したところで、メガロがこんな提案をする。
「今宵は我が帝国の名産である“ガドゥルイモ”でパーティーをしようではないか!」
ガドゥルイモとは、拳骨ほどのサイズの黄金色の芋である。
非常に美味で、かつ栄養価も高い。
ガドゥル帝国では『ガドゥルイモあれば医者いらず』ということわざもあるほどである。
実際に、ガドゥルイモだけ食べて暮らしていた人間が、95歳まで病気もせずに生きたという記録も残っている。
「皮をむいて、棒に刺して焼くのだ。塩をかければさらに美味い」
食べ方を指南するメガロ。
大量の薪を用意して、村の広場で大きな焚き火をする。
皆で一斉にイモを焼き始める。
香ばしい匂いが村じゅうに広がる。
村人たちは焼けたイモに塩をかけ、食べ始める。
「はふっ、はふっ、おいひぃ!」
「うまい!」
「こんなに美味しい芋初めて!」
皆がガドゥルイモに舌鼓を打つ中、メガロは暗い顔をしている。
長老がイモを頬張りながら尋ねる。
「どうしたのじゃ?」
「いえ……バロルの民を救うためとはいえ、この国に攻め入ったことに胸を痛めておりまして」
「何を言う! あんたらが来なければ、ワシらはみんな死んでおった。胸を痛める必要などこれっぽっちもないわい。むしろ胸を張ってくれい!」
「そうおっしゃってもらえると救われます。おそらく帝国軍はすでに王城を包囲していることでしょう」
「いい気味じゃわい。さ、ワシらは芋パーティーを楽しもうぞ!」
長老によく焼けたイモを渡され、メガロもうなずく。
この夜、皆は大いに食べ、飲み、騒ぎ、歌い、踊った。
焚き火はいつまでも燃え続け、真っ赤な炎によって村は赤く染まった。
その後、メガロの言う通りガドゥル帝国軍は王都を占拠、国王は処刑された。
暴君の死を嘆く者は一人もいなかったという。
やがて、バロル王国は帝国の一領地として組み込まれ、ガドゥル帝国バロル地方となる。
領主は旧バロル王国でも数少ない心ある重臣だった者が任命された。
ガドゥル帝国としては領土を広げた格好となったが、バロルでの圧政があまりに過酷だったので、それを非難する声は殆どなかった。
バロル地方は帝国の指導の元、生まれ変わり、大きく発展を遂げることとなる。
一方、リーテの村でもガドゥルイモが作られるようになり、年に一度芋パーティーが開かれることとなった。
今なお元気な長老が、パーティーを取り仕切る。
「さあさみんな、今年も芋パーティーの始まりじゃ!」
真っ赤な焚き火が燃やされ、リーテの村は赤く染まり、香ばしい匂いに包まれるのであった。
おわり
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