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後宮の真実

サブタイトル、変更しています。アレと思われましたら、すみません。

 リュウと名乗った女官長がしばらく私について勉強も教えてくれることになった。まずはワゾンの女官に着せてもらったティワン風衣装を脱ぎ、肌の手入れ、それから着替えと髪結をしてもらう。


「私には、ティワンの衣装は似合わないと思う」

「サンタラ姫様がまだこちらの衣装を召した御身(おんみ)のお姿を見慣れていないだけ、ということもございます。しかし、衣装部に言って、少し意匠を変えさせましょう。ほら、このように花を差すだけでも違いますよ」

「そう、か」


 ティワンの真っ赤な重ね着の着物は、私が持ってきたワゾンの伝統衣装に色合いが似ていた。髪の毛をワゾン風でもティワン風でもなくゆるく結んで、大きくも小さくもない花をいつもと違う位置に差すと、確かに違和感が和らいだように思えた。


「ワゾンでも、ティワンでもない」

「ええ。これはサンタラ姫様だけの装いになるでしょうか」

「私だけの……。リュウは勉学や作法だけでなく、化粧も得意なのだね。私が嫌いな、この唇も、リュウが紅を塗ってくれたら、あまり気にならなくなった」

「お褒めにあずかり光栄です。サンタラ姫様は御身の唇をお嫌いでございましたのね。しかし、このふっくらと肉厚で大きめの唇は、姫様の愛らしさを引き立てる素晴らしい素材でございますよ」

「嘘だ!」


 私が思わず声を上げると、リュウや女官たちが目を丸くし、手を止めて固まっていた。


「あ、その……思わぬことを、言われたものだから」


 しどろもどろに言い訳をした。リュウは優しい、私は彼女に謝りたいと思ったが、この立場では謝ってはいけないという気持ちがあり、喉まで出かかった押し留めた。


 ワゾンでの私は、姫ではあったがまだ子どもだった。親代わりの乳母やには、ありがとうもごめんなさいも、さんざん言わされて育った。女王(トア)や姉さまたちも同じくだ。


 リュウは、私の乳母やに似ていた。リュウはすぐに笑顔に戻ると、鏡越しに私に微笑んだ。


「姫様はまだ十六であらせられますよね。ですから、まだご存じないのです、女の盛りは今ではありません。もう少し、あと数年……いえ、十年たってようやく匂い立つような美女へとお育ち遊ばれるでしょう」

「……本当?」

「ええ、お約束いたします。」


 それは私には偽りには思えなかった。だが、楽観視もできなかった。それゆえに、うつむいた。他にどうすればいいかわからなかったから。


「そんな悲しい顔をされますな。王も姫様のことを愛らしく好ましいと思っておられますよ」

「でも、私は後宮の花の一つでしかないのではないのか。今は物珍しさから目をかけてくださっているだけ」

「後宮? いったい何のことでございますか?」


 リュウは驚きに上擦った声で私を見た。嘘をついているようには見えない。てっきり、通されたここが後宮なのだと思ったのだが、違ったのか。そもそも、後宮そのものがないような口ぶりではないか。


「リュウ、すまないが聞かせてほしい。ここのことを。ティワンには後宮があると、そしてその役割については王の妃や子どもを集める施設だと聞いてきた。だから私は、てっきり……」

「後宮については、姫様のご想像通りのものでございます」

「なら!」

「しかしながら、それも今は昔の物語にございます。後宮はすでに住むものもなく無人、我らが尊き王には、未だ一人の妃もおられません。……すべてを語るには少し長くなりますが、それでもよろしいでしょうか」


 私はホッとして、リュウの言葉に頷いた。付け焼き刃でティワンのことを学んできたものの、それが古い情報であれば学び直さなくてはならない。元々、ティワンについての講義は受けなくてはならなったのだから、これをちょうど良い機会と捉えよう。


 するとリュウは場所を移し、女官に言って茶を用意させた。風がそよと吹く、庭園の中の四阿で、リュウが朗々と語ったのは、クォム・セイ王の祖父の代の話だった。


「これはわたくしも聞いただけの話に過ぎません。ラン・セイ王の御世(みよ)は、それはそれは華やかだったそうでございます。貴族たちが男も女もこぞって飾り立て、民から集めた贅を尽くした暮らしぶり、後宮には女たちがあふれんばかりで、陛下の寵愛の軽重を競っておりましたと」


 私は黙って頷いた。それこそ、私が思い描いていたティワンの王朝の姿だったからだ。今もこの都は美しく、豪華で、しかし……どこか人気のない寂しさがある。


「王の妃たちは皆、出身の家の権威を笠に着て、低い位の家から出た妃たちに対してやりたい放題だったと。また逆に、王の妃たちの寵愛の軽重が表の政治にも影響したりと、華美な王朝の中身はこんがらがってしまった織り糸のようだったということでした」

「王はそれを諌めなかったのか?」

「ラン・セイ王がどうにかしたくとも、長年に渡り続いてきた悪習はなかなかしぶとく、こびりついて剥がれぬものであったのではないかと愚考します。そして、それが悲劇を引き犯したのでございます」

「いったい、何が起こったのだ」


 ゾワリ、と背を冷たいものが走った。刃も一息に通らぬ魔宮が、ほんの数十年後には影も形もなくなるとは、どんな凄惨な出来事が起こったのだろう、と。


「それは正妃になれなかった、ある妃の起こした事件でした。嫌がらせのつもりで正妃の食事に腐ったものを混ぜ、それが元で正妃の御子が流れ落ち、正妃もお亡くなりに」

「ああ、そんな……」

「もちろん正妃の死の原因となった妃は死を言い渡され、使用人たちも多くが時を同じくして処刑されました。しかし正妃の父だった将軍の怒りは収まらず、刑死した多くの娘たちの父兄を巻き込み、血で血を洗う長い内戦が幕を開けたのでございます」


 これについては聞いて知っていた。ラン・セイ王は自らの手で内戦を収めたのだ。そのために妃も兄弟も、さらには我が子も斬り捨てたということだ。まさか、ティワンの歴史の中で最悪と言われたあの悲劇が、後宮内での揉め事から起こっていたとは知らなかった。


「この一件で、ティワンの勢いはかなり衰えざるを得なかったのです。諸侯の中にはティワンからの独立を計った者もありましたが、ラン・セイ王はそれらすべてを平らげ、幼かった王子を継嗣として将軍たちに認めさせたのです。ただ、この乱で国には夫を失った女たちが多く生まれることになってしまったのです」

「……悲しいことだ。私の国は女王制だから、後宮のことはよくわからない。だが、王の妃と子を守るのに、悪い制度ではないと思った。だが結局は、悲劇を生んだのだな」

「その通りでございます。その後、一度は後宮を取り壊そうとされたラン・セイ王でしたが、内戦に加えサグ河の氾濫という災害もあり、行く宛のない母子を後宮に迎え入れることといたしました。続くセキ王が彼女たちの救済に尽力され、そのおかげで今はもう、誰もあの建物の中にはおりません」

「…………」


 リュウは遠くを見ながら、穏やかな微笑みを浮かべた。


「ティワンの在り方は変わりました。ラン・セイ王の後を継がれたセキ王は、生涯に渡り妃をお一人しか迎えられませんでした。クォム・セイ王もきっとそのおつもりでしょう」


 リュウの言葉にドキリとする。私の他に妃がいないことで、寵愛を得る競争からは逃れられた。だがそれは同時に、私の役割がいかに重くなるかという話にもなるのではないだろうか。胸の辺りがズンと重くなった気がした。

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