私の選んだ場所
王と共に戻ってから、私は改めてティワンの政治について説明を受けた。あのひどい内乱の後、セイ王の祖父君、そして父君がティワンの政治を根本から変えたのだという。
王は初代王の血筋の一門から選出され、王妃はただ妻の役割だけを果たす。妃の出自は問わず、また子が生まれても必ず王になれるとは限らない。次代の王は当代の王の推薦と将たちの支持により決まるのだ。ティワンの動きは王だけでなく選ばれた十二人の将の総意であり、ワゾンとの共栄はもちろんワゾン自身の働きや姿勢がティワンにとって有益かどうかで決められるのだ。
「女王はすべて承知の上だったのでしょうか……」
「そちらの事情は詮索せぬが、おそらくはあえて伝えなかったのではないだろうか」
「どうして……」
私は頭を振った。女王の意思は女王にしかわからない。だが、それでもせめて先に教えておいてくれればと思わずにはいられなかった。
「さて、これで懸念はほとんどなくなったかと思う。未来のことはわからぬゆえ、不安までは取り除けまい。だが、我は生涯ずっとそなた一人を愛すると誓おう。これだけは信じてほしい。ああ、そなたの美しさに惚れてとかいうわけではない、それは最初だけだ。そなたと話していると心地よく、また側にいると心が安らぐゆえにな」
「ありがたいお言葉です。しかし……」
「なっ、何がいけない? 言ってくれ、直す!」
その慌てた様子も可愛らしとさえ思ってしまう。自分の気持ちを自覚してから、彼のどんな些細な部分も、すべて好きになっていく。私は首を左右に振って否定しながら口を開いた。
「そうではありません。未来はわからないのですから、私が死んだら、王には新しい人を探してほしいのです。……貴方の幸せが私の幸せです」
「ならば、長生きしてくれ……」
「はい。私の生命が尽きるまでは、貴方の側におります」
「たとえ明日死んでも」
「はい、たとえ明日死んでも」
死、なんて軽率に口にすべきではないのかもしれない。でも、この言葉がなければ、私はあの絶望から抜け出すことはできなかっただろう。私とセイは唇を重ね合わせ、心もまた重ねていった。
そして結婚式当日、ティワンの各地から来賓を迎え、アテアンの都で大きな式典が行われた。隠居された先王セキ様はもちろんのこと、ワゾンからも女王が大勢の男女を引き連れてやってきた。そこには私をここまで送って来てくれた宦官ソ・ゴの姿もある。形式的な挨拶の後、すこしだけ女王と向き合う時間があった。
「女王……」
「もう、そなたの女王ではない。……良い顔になったな、サンタラ」
「お母、さま……?」
「以前のように醜く背を丸めていないし、目つきもしゃんとしている。手放すのは惜しかったが、そなたにはここが合っているようだ」
あまりのことに自分の耳を疑った。あの女王が、私を褒めている? しかも私が側からいなくなったことを惜しいと?
「私を醜いと言ったのは、私の容姿が劣っていたからではなかったのですか」
「そのように言ったつもりだったが? いつも肩も背も、みっともなく丸まっていたではないか。顔つきもぼんやりとし、こちらから意見を聞かねば口も開かず。いや、祝の席であるのにこんなことを言うべきではなかったな」
女王がフッと笑った。このひとの、こんなに優しそうな顔を私は見たことがなかった。なぜなら、私はいつも下を向いていたから。見ようと思えばいくらでも、女王ではなく、母の顔をした彼女を見る機会はあっただろうに。対話の扉を閉ざしていたのは、母ではなく、私の方だったのではないだろうか。
「お母さま、私は……、この国で幸せになります」
「そうなることを願っている」
抱擁もない短いやりとりだったが、思いがけず女王の、いや、母の心に触れることができた。
「サンタラ」
「セイ……!」
セイに手を引かれ、私たちは王宮前の広場に設営された飾り壇へ向かった。そこには今、サグ河の両岸にある都から大勢の民が集まっている。彼らにも私たちの婚姻を祝福してもらうため、顔を見せ、セイが演説をするのだ。
熱狂する民に手を上げて応えるセイ。頼もしく彼を見ていると、歓声に紛れて怒声が鋭く響いた。
「弱王、死すべし!」
「!」
キラリと光ったのは矢尻だった。それは檀上の私たちへ向けられていた。なぜか、その矢が放たれて私の胸へ吸い込まれようとするのを、私の目はゆっくりと捉えていた。
なぜ、今なの……!
死にたくない……!!
ぎゅっと目を閉じるのと、軽やかな金属音が耳に届くのとはほとんど同時だった。私はこの死の間際にセイのことを思い描き、痛みに備えた。だが、それはやってこなかった。
「大事ないか、サンタラ」
「セイ……?」
私に手を差し伸べてきたセイは、いつの間にか剣を手にしていた。まさかこの一瞬で、私に向かって放たれた矢を切り落としたのだろうか? 答えはまさに足元に転がっていた。
「実に楽しい余興だな」
「わ、私には少し、刺激が強いようです……」
「ははは、そうか。だが心配するな、我がいる」
頼もしいことに私の夫君は楽しそうに笑っていた。賊はすぐに取り押さえられ、祝いの場はほどなくして元の空気に戻った。心臓が鼓動をゆっくり戻していく、ホッとすると共に力が抜け、私はセイの逞しい腕にすがった。
「本当に大丈夫か?」
「はい。ですが今少しだけ、このままで」
「うむ」
セイは安心させるように肩に触れる手に少しだけ力を込めると、すぐに離した。
思わぬところでティワンが一枚岩ではないということを身を持って思い知ることになったが、それはこれからセイが変えていくべきところなのだろう。私がそれを支えたい。
もう私は無力ではない、誰かの代わりでもなく、言いなりでもない。私は自分の幸せのために尽くそう。彼の隣で。




