ビニール傘
タイミングの悪い雨が屋根の先からさぁあ、さぁあ、と降っているのが見える
タイミングが悪い、と言うのは丁度2,3日前に妹は傘を失くしてしまっていて、私は私の歳の離れた小さな妹が自分のお気に入りの傘がない事を思い出してまた愚図りだすんじゃないかと内心ひやひやしていたのだ
ー-あと4日先だったら問題なかったのに
あんまりにも妹がわめくもんだから父が次の日曜日に隣町のショッピングモールで妹の為に新しい傘を買いに行こうと言っていた
「だからそれまではビニールの傘で我慢してね」母は言った
公民館の玄関先にピンクの長靴を履いた妹の姿が見えた
妹はまだ開いていない傘を持ちながら屋根の下で雨雲を睨みつけていた
唇が不機嫌そうに結ばれていて、この間、幼稚園のいたずらっ子にクレヨンを隠された時とおんなじ顔をしていた
迎えに行った帰り道に「あの子、嫌い」とまるい顔を顰めて妹は言っていた
まるで、雨雲があのいたずらっ子と同じように自分の嫌がらせの為に雨を降らせているのだと言うような具合だ
私が追いついてその背中をうながすと、仕方ない、というように傘を開いた
妹の背丈にしてはちょっと大きなビニール傘
ーーあんまり湿気が凄いから新種の巨大キノコがぽんっと誕生してしまったみたい
失くしてしまった傘は大好きなアニメのキャラクターが印刷されていて彼女の大好きなピンク色の持ち手だったから、何の絵柄もない安っぽいそれが妹は気に入らないらしい
妹は黙り込んでしまって鏡みたいな地面を歩くぱちゃぱちゃという足音だけが隣からする
それでも歩きだしてくれたのでとりあえずほっとした
この歳の子供の機嫌というのは天気以上に変わりやすい
考えている事や思っている事がころころとそれは目まぐるしく変化してしまうのだから、頭の中がごちゃごちゃにならないものか不思議に思えてくる始末だ
単調な雨音も手伝ってそんな事をぼうとして考えていると突然、隣から「ねえ!見て!」と声が掛けられれた
そのはしゃいだ声に驚いてそちらを見れば妹は顔を綻ばせて傘のうちがわを指差した
「さくら、さくらがついてる!」
短い人差し指が指した先には薄桃色の切込みのはいった花弁が一枚、ビニール傘に貼りついている
妹は嬉しそうに闖入者を歓迎した
小さくて可愛らしいお客を見上げて目をきらきらと輝かせる
あんまり夢中になってその姿を見ているものだから私は片手を繋いで彼女が真っすぐ歩けるようにしなければならなかった
妹の心境の変化に半ば呆れて、それから心の内で「小さなプラネタリウムの中にいるみたい」とくすりと笑った
透明の球体越しに雫があちらこちらに散らばった透明の空でぽつんと艶やかな一片の明星に目を奪われたように妹はビニール傘のうちがわを覗いていた
また、長靴が水面を叩く音だけが聞こえる
小さな右手は白い持ち手をぎゅっと握っていた