第九十七話 不穏な王宮
ノアが寄越した馬車に乗り王宮に向かうと、馬車停めの前ではノアが騎士を引き連れ待っていた。
五日ぶりに会うノアは多少やつれて見えたが、無事だったことに私は心底ほっとした。駆け寄ると、長い腕にしっかりと抱きとめられる。
「心配しておりました、ノア様」
「オリヴィア……会いたかった」
「私もです……」
ああ、ノアの匂いだ。
抱きしめ合い、互いの存在に安心した後、私はついでとばかりにノアのステータスを確認した。
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【ノア・アーサー・イグバーン】
性別:男 年齢:16
状態:疲労・睡眠不足 職業:イグバーン王国王太子・オリヴィアの婚約者・オリヴィア業火担同担拒否
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「良かった。疲労と睡眠不足の状態ですが、毒は盛られていませんね」
笑顔で私が言うと、なぜか微妙な顔で返される。
「……オリヴィア。久しぶりにあったのだから、もう少しこう、雰囲気を大事にしてほしいというか」
「雰囲気よりも健康が大事です」
「うん。君らしいし、私を心配してのことだとはわかっているんだけどね。わかってはいるんだが……僕は欲張りなんだろうか」
「欲があるのは健康な証拠ですね、ノア様!」
「わかった。わかったからちょっとその可愛いお口を閉じてみようか」
なぜ、と私が唇を尖らせた時、ノアの背後から豪快な笑い声が響いてきた。
「わははは! 相変わらず、おふたりは仲睦まじいようで何よりですな!」
「ブレアム公爵」
まるで熊のような大きな影がずいっと前に出てくる。
頬に大きな傷があり、私の父より少し年嵩の男。騎士服にマントを身に着け、勲章をいくつも胸に飾った彼は、私を見下ろしニッと白い歯を見せた。
「神子オリヴィア様に拝謁いたします。本日はこのデーヴィッド・ブレアムが王太子殿下とオリヴィア様をお守りするので、どうぞご安心くだされ」
デーヴィッド・ブレアム。数々の武勲を打ち立ててきた公爵家の現当主。
王国騎士団総団長と第一騎士団長を兼任している彼は、私の護衛騎士ヴィンセントの養父でもある。
「総団長の公爵様にお守りいただけるなんて、光栄です。どうぞよろしくお願いいたしますね」
「もちろんでございます! 息子とともに、命に代えても!」
黙って控えていたヴィンセントの背中をバシンと叩き、ブレアム公爵が豪快に笑う。
寡黙なヴィンセントとは対照的な公爵。義理の親子であるふたりの姿に、似てはいないけれど、ある意味相性の良い関係なのかもしれないと思う私だ。
その証拠に、ヴィンセントは黙ったままだけれど、何となく気恥ずかし気というか、照れたような顔をしている……ような気がする。基本無表情なので、非常にわかりにくいが。
「公爵。大げさだ。オリヴィアが不安になるだろう」
「やや、確かに! 殿下の仰る通りですな」
無骨な家系で申しわけない、とまた豪快に頭を下げる公爵に、私はくすりと笑った。
「いいえ、大丈夫です。公爵様といると、それだけでほっとしますから」
私の言葉に公爵は照れたように笑い、ノアはその横でギラリと目を光らせていた。
ブレアム公爵と第一騎士団の騎士数名、ヴィンセント卿、それから王太子近衛騎士数名に護衛されながら王宮の廊下を進む。
近衛騎士はほとんど王妃側についたと聞いていたけれど、ノアの専属騎士たちはそうではなかったようでほっとした。
忠誠を誓った騎士たちに裏切られては、さすがにノアもショックを受けずにはいられなかっただろうから。
王宮の中は想像していたよりも静かだった。
ただ、すれ違う貴族たちの中に、ノアを見て挨拶をするどころかそそくさと逃げていく者がいたり、メイドや侍従たちがよそよそしかったりと、ノアの置かれた環境の厳しさを感じた。
王妃派の人間は思っていたよりも多いのかもしれない。
ノアの背中を見つめながら、私の中で不安が膨らんでいった。
王の寝所に向かうと、複数の近衛騎士たちが物々しい雰囲気で扉の脇に立っていた。
ノアが現れても敬礼をするどころか、入ろうとした所を左右から槍を交差させるようにして塞いできた。
「貴様ら、何の真似だ!」
ブレアム公爵が前に出て近衛騎士たちを咎めたが、彼らは微動だにしない。
「王太子殿下に対しそうのような不敬、許されるものではない!」
静かな廊下に、公爵の声が響き渡る。
身体の大きさに見合った声量だったが、近衛騎士たちは平然としている。
「私は王太子殿下ではなく、国王陛下に忠誠を誓った騎士です」
「私は王妃様に」
端的に答える近衛騎士たちに、公爵が唸るような低い声を出す。
「それがどうした。お前たちが誰に忠誠を誓っていようと、陛下の実子である王太子殿下が陛下にお会いすることを拒む権利はお前たちにはない」
「陛下たちの安全をお守りする為です」
「何だと? 殿下がおふたりに危害を加えるとでも? 世迷言を……!」
とうとう剣の柄に手をやった公爵に、他の騎士たちも後に続く。
けれど近衛騎士はやはり封鎖を解くことなく、淡々と言った。
「我々は近衛騎士。いくら騎士団総団長の公爵様でも我々を動かす権限はありません」
「お前たち、正気か?」
「殿下が陛下に危害を加えるなどありえない!」
ノアの近衛騎士たちが、同僚の言動を責め立てるが、それでも扉の番人たちは槍を下ろそうとはしなかった。
少しの動揺も見せない。徹底している。
ちらりとノアを窺うと、彼は厳しい顔をして黙って近衛騎士たちを見据えていた。
「王妃様から、陛下の寝所には何人たりとも入れてはならないと命を受けている」
「王太子殿下。ここをお通りになられるのなら、王妃様のご了承を得ていただきたい」
どうやら国王の近衛騎士は、完全に王妃派に取りこまれたらしい。
ブレアム公爵や騎士たちが青筋を立てて剣を抜こうとする。そしてノアは――。
「お前たちの言い分は、よくわかった」
公爵を下がらせ、ノアが一歩前に出る。
近衛騎士たちからわずかに安堵したような空気が出た瞬間、ノアが指をパチンと鳴らす。
すると青白い電撃が指先に走ると同時に、精霊ユニコーンが召喚された。
「お前たちは命をかけて立派に職務を全うしたと、お前たちの主に報告しておいてやろう」
バチバチと青白い電撃を全身に走らせながら、にこりとノアが笑った時。
近衛騎士たちの背後の扉がゆっくりと開かれた。
「何をしている」
咎めるような声と共に中から顔を出したのは、この国のもう一人の王子だった。
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