第八十二話 眼帯の下の真実
ユーフェミアに触れてもいいか。
私の伺いに、ユージーンはあからさまに嫌そうな顔をした。その表情にセリフをつけるなら『お前ごときが?』だ。
(ちょっとは本音を隠す努力をしなさいよ……)
誰にも触れさせたくないほど姉を大切に思っているのか。それとも私のことを姉に触れさせたくないほど嫌悪しているのか。出来れば前者であってほしい。
迷い、というか嫌悪感を見せたユージーンだったけれど、結局一歩横にズレて私に道を開いてくれた。
「……お願いいたします」
不承不承、といった様子のユージーンを横目に、ベッドの脇に立つ。
枯れ枝のように痩せて乾いたユーフェミアの手に触れる。その瞬間、頭の中に電子音が鳴り響き、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
【状態:慢性中毒(???/???)】
やはり、一連の事件の毒と表示が同じだ。
毒の名前もレベルもわからない。症状が微妙に違うだけで、同じ毒ということなのか。
(でも……何だろう。何かが違う。そんな感じがするのよね)
毒スキルによる感覚なのか、それとも私自身の勘なのかはわからない。とにかく、一連の毒と全く同じではない気がする。
だが気がするだけではノア達に説明するのは難しい。決定的な何かが得られないと、ユージーンも納得しないだろう。
何にせよ、いまはユーフェミアの毒も吸収することができない。
私はユーフェミアからそっと手を離し、ユージーンに向かって静かに首を振った。
ユージーンは少し残念そうに目を伏せ、頭を下げる。
ノアが私の肩に手を置き、気に病むなというように笑いかけてくれた。私はそれになんとか笑みを返しながらも、役に立てない不甲斐なさに落ちこむ。
何が神子だ。もっと本気でスキルアップに取り組んでおくべきだった、と。
ユージーンは姉の手を取り、労わるように撫でていた。その姿に、私はひとつ強く決心するのだった。
ユーフェミアの部屋を後にした私たちは、そのまま公爵邸のエントランスから外に出た。聖女としての次の予定時刻が迫っていたセレナは、すぐにメレディス公爵家を発たなければならない。
私の家の馬車で来たので、もちろん帰りもうちの馬車だ。一緒に出発し、王宮まで送ることになっている。
ノアたちともここでお別れになるのだが、その前にノアがセレナに声をかけた。
「急いでいるところ済まない、セレナ嬢。聞きたいのだが、治癒院を慰問する際、ギルバートがともにしないことはあるか?」
「ギルバート様ですか? だいたいご一緒してくれますが……。ギルバート様がもし他にご予定があっても、文官の方が代わりについてくださいます」
「文官か……。では、治癒院で彼らが君から離れるような時はあるだろうか? つまり、君がひとりになる時だ」
真剣なノアの声に、セレナは戸惑った様子を見せた。
私の存在を気にしながらも、頬に手を当て一生懸命考える姿は、素直でまっすぐなヒロインそのものだ。
「ええと……ひとりというと語弊がありますけど、女性の患者さんたちがいる棟に入る時は、ギルバート様や文官の方にはご遠慮いただいてます」
「なるほど、女性の……」
毒で苦しんでいる、ノアの近衛騎士の治癒を頼みたいのだろう。
私が話しに加わる必要はないようなので、ノアがセレナと話している隙に、私はユージーンとヴィンセントの腕を取り、ノアたちから少し離れた。
ユージーンが訝しげに、もしくは嫌そうに「何でしょう?」と離れようとするのを、強引に引き寄せる。
「あなたたちに提案があります」
「提案? しかも、我々に……?」
ユージーンは嫌悪感丸出しでヴィンセントを見るが、ヴィンセントのほうはただ不思議そうに私のされるがままになっている。
「お姉様……ユーフェミア様を助けたいですね? ふたりとも、私に協力していただけませんか?」
ふたりの顔を交互に見つめて言う。
異母兄弟とはいえ、まったく似ていないと思っていたふたりだけれど、こうやって間近で見ると、目元や鼻筋が少し似ている気がした。
まあ、ふたりともタイプは違うがかなりの美形であるのは間違いないしな、と思っていると、ユージーンの整った顔がみるみる歪んでいった。
「誰がこの男と協力など」
「ユージーン様」
ユージーンは私の腕から抜け出し、上衣の乱れを整える。
「姉上を助けたい気持ちはもちろんあります。この世で一番強くそう願っているのは私でしょう」
「だったら協力できるでしょう?」
「いいえ。この男とだけは無理です。私はどうしてもこの男を信用できない」
眼鏡の奥の瞳が、ヴィンセントを射抜かんばかりに強く光る。
「ヴィンセント卿の瞳が赤いからですか」
「その通りです。私の母が魔族に殺されたのも、姉上が呪われたのも、すべてはこの男が原因であると、私はこれまで思い続けてきました。いまもそう思わずにはいられません」
長年の思いこみや恨みは、そう簡単に消え去るものではないらしい。
当然だろうと思うと同時に、普段嫌になるくらい冷静なくせに、なぜヴィンセントのこととなると理知的になれないのだろうと不思議になる。
「私は、ヴィンセント卿は魔族ではないと言ったはずです」
「神のお告げ、でしたか。オリヴィア様、申し訳ありませんが、私はそう信心深いたちではないのです」
皮肉気に笑うユージーンにため息をつく。そういう所は冷静なのにな、と。
私も盲目的に創造神を崇める人たちを理解できない。それはまあ、個人的な理由によるものなのだけれど。
「証拠がなければ信じられない、ということですね。わかりました。私も曖昧な表現で誤魔化すことはやめにします」
「誤魔化す……?」
「神のお告げ、と言ったのは嘘です」
私の告白に、ユージーンだけでなくヴィンセントも一瞬目を丸くした。
「神子が嘘をつくのですか」
「嘘というか、方便ですね。ヴィンセント卿は魔族ではない、と創造神が直接告げたわけではありません。ですが創造神によりもたらされた力で、私は相手の状態を知ることが出来るようになりました」
「なるほど……? 創造神に与えられた力で知った情報を、お告げと表現されたと。確かに方便ですね」
「ええ。それによると、ヴィンセント卿はありません。あり得ないのです。なぜなら――」
ヴィンセントの顔に触れ、彼の片目を覆う眼帯をそっと外した。
頭の中で電子音が響くと同時に、ステータスウィンドウが現れる。
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【ヴィンセント・ブレアム】
性別:男 年齢:18
状態:慢性中毒(???:毒Lv.???)
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「彼もまた、正体不明の毒に侵されているからです」
ヴィンセント、お前もか……!! と思った方は
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