第七十七話 想い合っていても
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大事な話がある。侯爵邸ではなく王太子宮に向かって構わないか。
真剣な顔をしたノアにそう言われ、一体どんな話だろうかと緊張しながら、王太子の執務室に来たのだけれど。
(まさかこんなことになるとは……)
部屋にふたりきりになるなり、なぜかソファーでノアの膝に乗せられてしまった。抵抗する暇さえなく、流れるように私on膝だった。
背中からぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、私は無になろうと試みる。
私は何も考えない。感じない。動かない。いまだけただのお人形になるのだ。
「はぁ……やっとオリヴィアを補給できた。もうここの所ずっと、オリヴィア不足で死にそうだったんだ」
「私は栄養素か何かですか」
あ。しまった。つい突っこんでしまった。ダメだ、無にもお人形にもなりきれなかった。
ノアは余計に私を抱きしめる力を強め、声をワントーン低くする。
「今回は君に文句を言う権利はないよ。殺害現場に君が突然現れたときの僕の気持ちがわかるか?」
「それは、ノア様も承知しているとばかり思っていたので……」
手紙で呼び出されるとか、迎えに来たのが知らない相手なら私だって警戒するが、今回迎えに来たのはノアの側近のユージーンだったのだ。責められる意味がわからない。
「さっきも言ったが、他の男に簡単について行くな。君は知らないうちに危険に飛びこんでいく習性があるからな」
「そんな、人を野生の獣のように……」
「しかも真っすぐ躊躇なく飛びこんでいく」
「躊躇はしています。……多分」
反射で動く時もあったかもしれないが、大体は考えている。
なぜなら私は、本来なら毒殺される予定の悪役令嬢。いつシナリオの強制力で死に至るかわからない存在なのだ。
人一倍警戒はしているつもりなのに、どうしてそれが伝わらないのだろう。
「ユージーンはまあ、僕の側近だったから仕方ないとはいえ、今後は気をつけてくれ。怪しいと思ったときは、神獣を寄越して確認を取ることもできるだろう?」
王太子殿下にかかると、神獣も伝書鳩扱いか。
その伝書鳩扱いされている神獣は、部屋の隅で腹を見せてだらしなくお昼寝中だ。
「あの通り、生憎うちの神獣は怠け者なので、そのとき動いてくれるかはわかりませんけれど」
「躾が足りないのでは? 僕が躾を引き受けようか」
(神獣を躾けるって……)
神を畏れぬ王太子殿下の発言に、さすがの私も頬が引きつる。
いや、私も創造神に対して畏れ敬う気持ちは一ミリもないけれど、さすがに国教の神の遣いをペット扱いするのは、次期国王としてどうなのだろう。
この部屋にいるのが私だけだから良かったものの、誰かに聞かれたら大問題だ。
「ええと……具体的にはどのような躾を?」
「そうだな。シロなら食事と電撃を利用するだけで可能だろう」
それは、飴と鞭という意味だろうか。
それとも食事を抜き、電撃を食らわせるという鞭と鞭の意味だろうか。
さすがに躾けられる神獣が可哀想なので、私は話を逸らすことにした。
「シロの躾より、私はユージーン公子を監視するべきかと思います」
「ユージーンを? なぜ」
私はノアの腕を軽く叩き、膝から降ろしてもらうことに成功した。
隣に腰かけ、真っすぐにノアの瞳を見つめる。
「公子の行動が怪しく見えるのです。聖女セレナ様にこっそり話しかけていたり、学園でもギルバート殿下と密会しているのをこの目で見ました」
「聖女にギルバートか……」
「メレディス公爵家は現在中立的立場と聞いておりますが、本当はまだ王妃の派閥にいるのでは? それに、王族派のブレアム公爵家のご子息である、ヴィンセント卿への態度も気になります」
それまで真摯に耳を傾けてくれていたノアの、目の色が変わった。
「またヴィンセントか。オリヴィア。君は最近ことあるごとにヴィンセントの名を口にしていることに気づいているのかな?」
「こ、ことあるごとだなんて。そんなには……」
していない。
多分。していないはず。
確かにヴィンセントのことは、主人公セレナの攻略対象者として気にはしている。
本来のルートに戻してあげられないかと常に考えている。いや、常にというほどではないけれど、時々。もしくは、たまに。
けれど婚約者であるノアの前でそういう態度は出していないはずだ。私は真剣に、セレナやヴィンセントやユージーン、それからこの乙女ゲームに酷似した世界のことについて心配しているのだ。
「まさか、本当に彼に気があるんじゃないだろうね?」
「いまはそんな話をしているんじゃありません!」
「そんな話? 僕にとって君の心については、何より大事な話だが」
ヴィンセントたちのことなどどうでもいい、とでも言いたげなノアの態度に、私はどんどん腹が立ってきた。
私が彼らのことを考えるのは、結局のところノアの為だ。ノアの安全を願うから、ユージーンのヴィンセントへの態度が気になる。いつシナリオに殺されるからわからない存在のノアだから、こんなに心配しているのに。
自分のことだけ見てほしいなんて言うくせに、私が本当に心を砕いても、それを必要ないかのように切り捨てるのはノアではないか。
「重要な話をしようとすると、そうやってすぐはぐらかすんですね!」
「はぐらかす? 君は本当にわかっていない」
呆れたように首を振るノア。
まるで幼い子どものような扱いに傷ついた。
「私は……確かに、何も知りません。今回の事件でも、政治的にもお役に立てることだって……」
私が俯くと、すかさずノアが私の手を強く握りしめてきた。
「そうじゃない。オリヴィア。君が本当にヴィンセントに気がある、なんてことになった日には、この国から公爵家がひとつ消えることになるだろう」
「そうやって脅して、意識を逸らせて、私を操るおつもりですか」
顔を上げ、真っすぐにノアを睨む。
けれど彼はまるで動じていない顔で見つめ返してくる。
「脅しじゃない。本気だよ、僕は」
ああ、この人には届かないんだ。
私はノアの手を振り払い、立ち上がった。
「申し訳ありませんが、お暇させていただきます」
「オリヴィア」
「私はシロに乗って帰ります。ヴィンセント卿にも、今日の護衛は終わりにして帰るようお伝えください」
私が呼ばなくても、寝ていたはずのシロは起き上がり、とててと近づいてくる。
ふわふわの頭を撫でて、私は執務室の大きな窓を開いた。
「待ってくれ、オリヴィア。怒ったの?」
怒ったの? だなんて、そんなこともわからないのかと悲しくなる。
そう、そうだ。私は悲しいのだ。
とても、傷ついたのだ。
シロに乗り、飛び立つ前に振り返る。
ノアは少し困ったような顔をしていた。その程度なのだな、と私は思わず笑ってしまった。
こんなにも伝わらないものなのだなと。
「……殿下は、もう少し真面目に取り合ってくださると思っていました。残念です」
「オリヴィア」
ノアの引き留める声がしたけれど、私はもう振り返ることなく、窓辺からシロとともに飛び立った。
神獣が便利なタクシーのようだ……と思ったそこのあなた!
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(オリヴィア乗せて逃げちゃうし、ノアの一番の敵は実はシロかもしれない)




