第六十八話 聖女ならざる者
シロの消えた宙を見上げ、ぶるぶる震えながら怒りを我慢していると、遠慮がちにノアが声をかけてきた。
「オリヴィア? どうかしたのかい」
「い、いえ。何でもありません。はっきりしなかったので、もう一度やってみます」
もしかしたら、ただのバグかもしれないし。そう期待して再挑戦したが、結果は変わらず。電子音が鳴り、画面を確認するたび肩を落とした。
「ダメです……毒に侵されているのは間違いないのですが、毒の正体がわかりません」
落ちこみながら正直に話すと、ノアにそっと肩を抱かれる。
優しさが逆につらい。ユージーンは責めてくれるかと思ったが、知的参謀キャラは冷静だった。
「神子様。毒の判別に必要な条件などはあるのでしょうか」
ユージーンの問いかけに、私は力なく首を振る。
「私にも……よく、わからないのです。今までは毒の名前は触れるだけですぐに判明していました」
「触れずとも、傍にあるだけで毒を見分けたこともあったね」
ノアに言われ、昔を思い出しくすりと笑った。
「ありましたね。紅茶に入っていた毒、とか」
「まさかそれを飲むとは思わなかったな」
「私は毒では死にませんから」
私とノアのやり取りを聞いていたユージーンは、少し考える素振りを見せたあと再び問いかけてきた。
「では、神子様がエドガーと同じ毒を摂取した場合はどうなるのでしょう?」
「……何だって?」
ノアの表情ががらりと変わるのがわかった。
怒りと冷たさを凝縮したような、鋭い空気がユージーンに向かって放たれる。
「ユージーン。君は今、自分が何を言ったのかわかっているか?」
「ただの確認です。神子様に毒は効かないのでしょう? 摂取すれば、手で触れる以上のことがわかるのではないかと」
ノアの威圧にも、未来の宰相候補は引かない。
業火坦の怒りを買っても尚冷静でいられる彼に、思わず拍手を送りたくなった。
「言っていいことと悪いことがあるぞ、ユージーン・メレディス。確かにオリヴィアは毒では死なない、創造神からの加護を頂いている。だがまったく効かないわけではない。これまで何度も苦しんだり、倒れたりしてきたんだ」
「それは存じ上げず……失礼いたしました」
「二度と軽はずみなことは口にするな。次はないぞ、ユージーン」
「御意。神子様、申し訳ございません」
「い、いえ。私は大丈夫です」
むしろ私は感心してしまった。
さすが未来の宰相候補。私にはまったく思いつかなかった方法だ。
確かに、毒を摂取すればシステムも解析できるかもしれない。保証はまったくないが、可能性はある。
また解毒に失敗して仮死状態に入る可能性も高いが、その場合は例の場所でまた創造神と会うことになるだろう。そこでデミウルから直接毒の正体を聞き出すほうが、確実な気がしてきた。
とは言え、さすがにその方法はノアが許さないだろう。
政務に関しては冷静なノアだが、私が関わると途端に暴走し始める業火担なのだ。
めげずにその後もエドガーの腕に触れたが、結局毒の表示は【???】から変化することはなかった。
(せっかくノアが私を頼ってくれたのに、まったくの役立たずで終わっちゃったわ……)
苦しむエドガーに何もしてやれないまま、私たちは病室を後にした。
神子などと呼ばれてはいても所詮、私は悪役令嬢なのだ……と、静かな廊下で己の無力感に打ちひしがれる。
「ノア様。お役に立てず、申し訳ありません」
「気に病まないでくれ、オリヴィア。神子が万能だなんて思ってはいないよ。別の手を考えるさ」
落ちこみたいのは騎士を失いかけているノアの方だろうに、逆に慰められてしまった。
自分が情けない。なんとか力になれないものだろうか。
「毒の正体がわかればスキル……治療ができるのですが」
「医者も全く同じことを言っていたよ。症状が見たことのないもので、解毒の見当もつかないと。色々試してはいるようだけどね……」
ここに来た時以上に暗い気持ちになりながら、私たちは治癒院のエントランスに向かった。
合流したセレナたちと一緒に治癒院の外へ出る。
結局解毒は叶わなかったが、聖女の光魔法で毒の進行を遅らせられることが判明したらしい。
さすが光の女神と契約した主人公。本人も役に立てたと満足そうだった。
「王太子殿下。少しよろしいでしょうか」
それまでずっと黙って控えていたヴィンセントが、ノアに声をかけ私たちから距離をとった。
ふたりで話す様子を見ながら、エドガーのことはどうするのだろうかと、右腕を失う危機に瀕している騎士を思い浮かべる。
(連続失踪、連続不審死、正体不明の強力な毒……【救国の聖女】にこんなイベントあったかしら)
私というイレギュラーな存在のせいで、ゲームとは違う流れになったのか。
それとも私が本来のゲームシナリオを忘れてしまっているのか。忘れてしまっているだけなら、思い出せれば役に立てるのに。やはり役立たずだ。
セレナに頼めば毒の進行を遅らせられるが、その為にはエドガーのことを話さなければならない。
セレナは秘密を守るだろうが、ギルバートはどうだろう。悪人ではないはずだが、そうは言っても立場的には王妃の実子である第二王子である。知られるのはやはりまずいだろうか。
振り返ると、ギルバートは見送りに外に出てきた治癒院の医者と話し始めていた。
セレナは、と視線を巡らせると、なぜかユージーンが彼女に声をかけるところだった。
(どうしてユージーンがセレナに? エドガーのことを話してるの?)
密談するふたりをじっと見ていると、セレナが何度か頷いたところで会話は終了したようだ。
ユージーンが離れていくと、セレナがふとこちらを見て目が合った。
にっこりと笑い、歩み寄ってくる。
「オリヴィア。すまない、待たせたね。馬車で送――」
「オリヴィア様! 私と一緒に帰りませんか? ご相談したいことがあるんですっ」
こちらもヴィンセントとの会話を終えたらしいノアが声をかけてきたとき、それを遮るようにセレナが私の腕に飛びついてきた。
突然のセレナの行動に、私だけでなくノアやギルバートも目を丸くしている。
少し世間知らずなところはある子だったが、ここまで無邪気だっただろうかと戸惑う。
「ええと、ご一緒したいのは山々ですが、セレナ様はギルバート王子殿下と一緒にいらしたのでは……」
「そうですけど……ダメですか?」
うるうると大きな瞳で見つめられ、その威力に怯んでしまう。
さすが乙女ゲームの主人公。可憐でいて破壊力抜群の上目遣いである。
「で、では、セレナ様もこちらの馬車に乗って行かれますか?」
「いいんですか? ありがとうございます~! では早速行きましょう!」
嬉しそうに言うと、セレナは私の手を引き早速馬車に乗りこんだ。
ノアが戸惑った様子ながら続こうとしたが、なんとセレナは乗り口の前で右手の平を彼に突きつけ、制止した。
「申し訳ありませんが、オリヴィア様とふたりっきりでお話ししたいことがあるんです。王太子殿下はご遠慮くださいね!」
「な……」
「では、皆様ごきげんよう!」
可愛らしく手を振ると、セレナは勢いよく馬車の扉を閉め、御者に「出してください」と声をかけた。
小窓から、ぼう然とするノアたちが見える。ヴィンセントはいつも通りの無表情で馬に跨り着いてくるのがわかった。
「あ、あの……セレナ様?」
「は~! やっとふたりきりになれたねぇ、オリヴィア」
どかりと座席に腰を下ろすと、セレナはやれやれと言わんばかりに腕を組んだ。
不遜でいて、どこか子どものような口調に態度。
まったく普段のセレナらしくないその様子に、私はゆっくりと眉を寄せた。
「あなた……セレナじゃないわね?」
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