第四十二話 夢と現とハッピーエンド
ふと気づいたとき、私は温かな場所にいた。
朽ちた教会の祭壇のようなそこには、天井から優しい光が降り注いでいる。
そして私の目の前には、髪も肌も雪のように白い神聖な雰囲気の少年。
「やあ、オリヴィア。久しぶり!」
ショタ神、もとい創造神デミウルの無邪気な笑顔を見た私の心は凪いでいた。
ここに来た、ということは私はまだ死んでいないのか。継母に取り憑いていた魔族の攻撃を受けて死んだと思ったが、仮死状態に入ったのだろうと想像がついた。
「本当に久しぶりね。会いたかったわ」
「え? ほんと? そうかそうか。創造神である僕のことを恋しく——」
「とりあえず聞きたいことは山ほどあるけど、どうせまた時間だ——とか言って強制終了されるんだろうから、ひとつだけ教えて」
私がピッと床を指すと、デミウルは逆らうことなく「はい」と正座する。
躾けのできた犬のような反応は、食いしん坊な神獣を思い出させた。
「私やノアは、本当は死ぬ運命だった。そしていまでも命を狙われ続けてる。それは物語に逆らったせいなの? だったら私たちは元の筋書きに戻るまで——死ぬまで脅かされなければいけないの?」
「そんなことはないよ?」
「え……」
てっきり「そりゃそうだよ。仕方ないよね!」と悪びれなく言われると予想していた私は、ぽかんとデミウルを見下ろしてしまった。
「君たちが狙われているのは確かだけど、永遠じゃないよ。物語にハッピーエンドがあるように、君の世界にも終わりが来る」
「……終わりって、ゲームをクリアするってこと?」
「君が生きているのはゲームの中ではないよ。世界を救えばハッピーエンド。そして物語を終わらせるのはオリヴィア、君だ」
デミウルがそう言って笑ったとき、壮大な鐘の音が響き始めた。
いつもの終わりの合図だ。
「ちょっと待って、意味が——」
「またね、オリヴィア。ハッピーエンドをその手でつかめ!」
ファイト、とばかりに拳を作ったデミウル。
(心底殴りたい……!)
しかしその願いは叶わず、突然舞台の幕が下りるように私の意識は暗転したのだった。
◆
王宮のとある部屋のテラスにシロが降り立つ。
シロの背から降りたノアは、仮死状態のオリヴィアの負担にならないよう、慎重に抱きながら室内に踏み入った。
「きゃっ!? な、何ですか!?」
短い悲鳴がベッドから上がる。
そこにいたのは聖女セレナだ。学園から王宮に運ばれたセレナは、ここで王宮医の治療を受け保護されていた。
「突然すまない。だが急を要する。どうか騒がず話を聞いてほしい」
「お、王太子殿下?」
窓からの侵入者が王太子だとわかり、微かに警戒を解いたセレナは、ノアの腕に抱かれているオリヴィアに気づき目を見開いた。
「え……オリヴィアさま、どうかされたんですか?」
「毒にやられた」
「毒!? オリヴィアさまも毒を? まさか亡くなって——」
「いや。仮死状態にあるだけだ」
セレナはわけがわからないといった顔で「仮死?」と首を傾げる。
「セレナ嬢。オリヴィアに光の回復魔法をかけてくれないか」
「それは……」
「君に毒を盛ったのはオリヴィアじゃない。彼女は嵌められたんだ」
だからどうか助けてほしい。
ノアが頭を下げると、セレナは慌てたように「やめてください」とノアを止めた。
「あの……私も、オリヴィアさまが犯人ではないと思います。直接渡されたわけじゃありませんし、タイミングも変だったし」
セレナは、オリヴィアから贈られた紅茶を飲んで倒れたとされている。
だが実際はオリヴィアではない別の女生徒が「オリヴィアさまからの贈り物です」と渡してきたものらしい。
オリヴィアと贈り物をし合う関係ではなかったセレナだが、直前に軽い口論をした形だったので、そのお詫びの意味があるのかもしれない、と特に疑うことなく受け取ったそうだ。
「よく考えると、お詫びにしてはあまりにも用意が早すぎました」
「その紅茶を渡して来た女生徒が誰だったか覚えているか?」
「それが、あまり覚えていなくて。同じクラスの方ではなかったと思うのですが」
「そうか……」
「あの、回復魔法をかければいいんですよね? オリヴィアさまは、それで助かるんですよね?」
セレナはベッドから降り、オリヴィアを代わりに寝かせるよう勧めてくれた。
ありがたくベッドにオリヴィアを降ろす。仮死状態の彼女は、指先ひとつ動かさない。
「ほ、本当に生きてらっしゃるんですよね? 血の気が全然ない……」
「強い毒にやられたようなんだ。協力してくれるか、セレナ嬢」
「もちろんです! ……私、オリヴィアさまのこと、好きですから」
聖女はそう呟くと、契約精霊である癒しの女神パナケイアを呼び出した。宙に女神が現れると、光の回復魔法をオリヴィアにかけ始める。
ノアは意外な気持ちで聖女の横顔を見た。
オリヴィアと聖女には、同じクラスという以外にそれほど接点はなかったはずだ。それでなぜ好きだと言い切れるのかがわからない。
ノアの視線に気づいた聖女は苦笑いした。
「私、入学してすぐに浮いていたじゃないですか。平民上がりだって。でもオリヴィアさまは、そんな私に対しても親切にしてくれました。優しくて、お綺麗で、気品があって、まさに聖女という感じで。大いに納得というか、こんな素敵な方が存在するのかと感動したくらいで」
聖女の言葉に、ノアは内心——だけではなく、しっかり表に出して頷いた。
オリヴィアが完璧な素晴らしい女性であることは事実だ。まさに聖女だとノアも確信していた。その思いこみで彼女を傷つけてしまったのだが。
ノアが自身の過ちに顔を歪めるのと同時に、聖女も表情をくもらせた。
「だからオリヴィアさまではなく私が聖女だったと知って、ショックだったんです。どうして私なんかが——って。でも聖女だとわかって、私を避けていた人たちが優しくなって、みんな声をかけてくれるようになって私……喜びました。聖女だってことより、たくさんの人と仲良くなれたのが嬉しくて。オリヴィアさまは私のせいでつらい思いをされていたのに……私って最悪です」
目に見えてしゅんとする聖女。
その様子にノアは少しほっとした。聖女が偽聖女と呼ばれるオリヴィアを受けつけないようなら、どうにかしなければと思っていたのだ。
最悪、聖女に王宮から距離を置かせることも考えていたのは自分だけの秘密である。
「君がそこまで気に病むことはない。オリヴィアは僕がこれから全力で幸せにするからな」
「それを聞いて安心しました! 私も親切にしてくださったオリヴィアさまには、幸せになってもらいたいです。それとできれば……仲良くなりたい。だから——」
聖女の手から放たれる光の強さが増す。
「全力でオリヴィアさまをお助けします! ただ……私、回復魔法をまだ使ったことがなかったので、正直自信はないんですけど」
「回復魔法を使ったことがない? 癒しの女神パナケイアと契約したのに?」
聖女は申し訳なさそうに「すみません」と呟く。
「魔法の行使の授業がまだだったので……」
だとしても、契約ができたらひとりで魔法を試してみるものではないのか。
ノアは契約したその日に魔法を色々試し、自分が使用可能な種類と数の把握をした。
唖然としてしまったノアだが、彼女が平民出身であることを思い出し、仕方ないと強引に納得する。平民は魔力の制御も学ぶことはないし、ノアのように力がなければすぐに命を落とすような危険な環境にもいないのだから。
「君は聖女だろう。自信を持て」
「そんな、なったばかりなのに自信を持てと言われても……」
「では、精霊を信じろ。癒しの女神が君に力を貸してくれる」
聖女が自分に寄りそう女神と目を合わせる。
女神は何も言わなかったが、意思の疎通は叶ったようで、聖女は力強く頷いた。
「パナケイア、力を貸して!」
聖女の声に応えるように、パナケイアが豊かな髪を大きく広げ、部屋全体を包むほどの強い光を放った。
オリヴィアの為なら聖女も使う強火坦GJ!と思った方は
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