その後SS『王弟殿下を秘密裏に抹殺大作戦(仮)』③
公開した短編『皇太子妃の聖なる再婚』も併せてお楽しみいただけると嬉しいです!
二日後、柔らかな日差しの午後。
オリヴィアは護衛騎士ヴィンセントとともに、メレディス公爵家の庭にいた。白いガゼボのそばにある、上げ床の花壇の影に身を隠しながら。
ガゼボではいま、隣国の王弟アクセルと、ユーフェミア公女が初対面を果たしていた。
お互い笑顔で和やかに挨拶を交わしている。柔らかな美しさを持つふたりは、並ぶと大変絵になった。
(なかなかお似合いのふたりだわ。でも……)
ユーフェミアの手を取り、そこに口づけようとしたアクセルの手を、叩く勢いで掴む第三者の手があった。
シスコン腹黒メガネこと、ユージーンである。
ユージーンは笑顔でアクセルの手を取り、大げさに握手を交わしている。当然、眼鏡の奥の瞳は笑ってはいない。
「ユージーン卿は、やっぱりこの縁談を破談に持っていきたいみたいですね」
オリヴィアの隣で同じようにしゃがみ花壇に隠れるヴィンセントは、こくりと黙って頷く。いつも通りの無表情だが、実は少しごきげんだ。なぜなら公爵家には馬車ではなく、目立たないよう神獣シロに乗ってきたからだ。
動物が好きなのに動物に嫌われがちだったヴィンセントは、シロと触れ合うことを最高の癒しだと思っている。見た目は大きなポメラニアンとはいえ、シロは動物ではなく神獣様なのだが。
「ヴィンセント卿的にはどうです? ユーフェミア公女はあなたにとっても半分血の繋がった姉君でしょう?」
ユーフェミア公女とユージーンはヴィンセントの異母姉弟だ。複雑な事情があり公にはしていないが、ユーフェミア公女もヴィンセントのことは認識しているらしい。
「メレディス家の人間ではない俺が、口を挟むことではないと思っています」
「まぁ、それはそうですね。でもまったく気にならないわけではないでしょう?」
「……公女の人生ですから、彼女の意志が何より大切です。ただ、彼女の選択が幸せに繋がることを祈るばかりです」
つまり、姉のことを案じているし、幸せを祈ってもいるということだ。
正直過ぎるユージーンと、わかりにくいヴィンセント。正反対ではあるが、ユーフェミアの弟たちはふたりとも姉思いのシスコンだと、オリヴィアはしみじみ思った。
「それにしても……ユージーン卿はいつまでいるのかしら?」
はじめはメレディス公爵がふたりの仲立ちをいていたのだが、ガゼボに移動すると「あとは若いふたりで」とでも言うようにさっさといなくなった。代わりに現れたのがユージーンなのである。
つまりユージーンは、ふたりの見合いの席に乱入したお邪魔虫でしかない。
いつまでも居座ろうとしているユージーンにオリヴィアは念を飛ばす。
するとこちらの視線にユージーンが気付いたので、オリヴィアはいい笑顔で「向こうへ行け」と親指で示してやった。
ユージーンは一瞬動きを止めたが、やがて眼鏡をかけ直すと「では、ごゆっくりどうぞ」とまるで心のこもっていないことを言って席を立つ。
ものすごく去りたくなさそうな雰囲気を醸し出していたが、オリヴィアの睨みが効いたのか、渋々ふたりの前から立ち去っていった。
「まったく……私たちにこんな諜報員のようなことをさせておいて何をしているのだか」
手続きが多く面倒な外出許可をわざわざ取り付けてまで公爵邸に来たのは、決して庭でかくれんぼをする為ではない。
ユージーンからアクセルとユーフェミアの会話をこっそり盗み聞きしてほしいと頼まれたからだ。ふたりの様子を直接見て、会話を聞いて、この縁談を壊すべきか否かを総合的に判断してほしいと言われた。
シスコン的に公正な判断はくだせないという自覚はあるらしい。あとはユーフェミアと同じ女性の視点でも見てほしかったのだろう。何と言うか、極端なところもあるが、そういう冷静さも持ち合わせているのがユージーンらしいなと思った。
「弟が申し訳ありません、アクセル王弟殿下」
「気にしていませんよ。弟君がユーフェミア公女をとても大切にしていることは、先日挨拶を交わして知っていました」
「ユーフェミア、で構いません。殿下の寛大なお心に感謝申し上げます」
「私のこともアクセル、と。気を楽にしてもらえると嬉しいです。私たちは夫婦になるかもしれないのですから」
「では、アクセル様、とお呼びしても……?」
「呼び捨ててくれても構いませんよ、ユーフェミア」
ユーフェミアの手を取り、そこにキスを落としたアクセルは、パチンとひとつウィンクをした。その気障な仕草にユーフェミアは目をそらし、ポッと頬を赤らめる。
いきなり良い雰囲気に突入したガゼボを覗き見ながら、オリヴィアとヴィンセントは戦慄していた。
「さ、さすが赤ん坊から老婆まで、女という女を口説いてきた男だわ……」
恐ろしい、と呟くオリヴィアに、ヴィンセントも無言でコクコクとうなずき同意する。
相手の恋愛経験値が高すぎる。ずっと長年療養し続け異性と知り合うことさえなかったユーフェミアの敵う相手ではない。
(こっちが縁談をどうするか判断する前に、ユーフェミア様がころっと落ちてしまったらどうしよう……)
「姉弟仲が大変良いのですね。うらやましい」
「でん……アクセル様は、そうではないのですか?」
アクセルの兄弟と言えば、ベルン現国王の他に年の離れた弟がひとりいるはず。
ユーフェミアの問いかけに、アクセルは少し困ったように微笑んだ。
「仲が悪いわけではないと、私は思っています。ただ、私たち兄弟が仲良くするのをよしとしない者たちがいる、というだけで」
「それは……とても寂しいことですね」
そう言ったユーフェミアが本当に悲しげに聞こえて、オリヴィアは思わず隣のヴィンセントをうかがった。
ヴィンセントの表情は変わらず、ただじっとユーフェミアを見つめていた。
「ユーフェミアなら、この寂しさをわかってくれるような気がしたのです」
切なげな微笑みを浮かべたアクセルに、ユーフェミアがハッと顔を上げる。
オリヴィアはヴィンセントと思わず顔を見合わせた。
こちらが王弟の情報を調べていたのと同じように、あちらもユーフェミアの情報を集めていたようだ。王族の結婚、しかも相手は他国の高位貴族であれば当然と言えば当然。
異母弟であるヴィンセントのことも知っているとなると、相手はほとんどの情報をつかんでいるとみて間違いない。
「ユーフェミアも事前に私にまつわる様々な話を耳にしたかと思います。きっとそんな男との縁談など、不安に思われたことでしょう」
「私は、そんな……」
「いいのです。それが普通です。そして私はそんな不名誉な認識を持たれることを承知の上で生きてきました。後悔はないのです。だからもし貴女に受け入れていただけなかったとしても、それは仕方のないことだと割り切る覚悟も出来ているのです」
真摯な語り口とまなざしに、ユーフェミアは何か思うところがあったようだ。
身を乗り出して「アクセル様」と真っすぐに王弟を見つめた。
「少しでも私に期待するお気持ちがあるのでしたら、あなたの事情を聞かせていただけませんか?」
「ユーフェミア……。貴女の気持ちは嬉しいですが、私のような男が何を話したところで、信用できるものではないでしょう」
「それはお話を聞いて、私が決めることです。少なくとも私はいま、アクセル様の口から、あなたのことをお聞きしたいと思っています」
意志の強さを感じるはっきりとした声は、少し前まで病床に伏していた彼女からは想像もつかなかったものだ。
あれが本来のユーフェミアの姿なのだろうか。
「……考えてみれば、公女は魔族の毒に耐え抜く強さを持つ人でしたね」
ヴィンセントがガゼボに視線を向けたまま、ぽつりとそう呟いた。
確かに、ユーフェミアは長年全身を魔族の毒による痛みに苛まれながらも、生きることを諦めず苦しみに耐え抜き、生をつかみ取った。同じ痛みを片目に受けていたヴィンセントには、その凄さが誰よりもわかるのだろう。
毒の影響で赤く変色したヴィンセントの右目は、眩しそうに異母姉を見つめていた。
お、終わりませんでした……。次回こそ、終わります!