その後SS『王弟殿下を秘密裏に抹殺大作戦(仮)』②
短編公開は日曜日に変更します! 申し訳ありません!
「やあ、噂の王太子妃殿下がこんなに美しい方だとは。その透き通った湖面のような瞳に見つめられるだけで、心が浄化されそうです。さすが神に愛された神子様ですね。それともイグバーンのご令嬢は皆さん、妃殿下のように容姿端麗な方ばかりなのでしょうか? だとしたら、私もこちらの国に生まれたかったくらいです」
そんな風に明るく発せられた言葉で、皇太子宮の応接室の空気が凍った。
凍てつかせているのはもちろん、業火担同担拒否の魔王様こと、王太子ノアである。
ノアが約束した通り、隣国の使節団が到着してすぐ、ノアとオリヴィア、そしてユージーンの三人で、件の王弟を宮に招き会談することになった。
招待に応じた隣国ベルンの王弟アクセルが、オリヴィアと対面し挨拶を交わした直後に口にしたのが冒頭のセリフである。
息をするように女性を賛美したり口説くというのは、本当だったらしい。
オリヴィアの手の甲に口づけたアクセルに、ノアが絶対零度の微笑みを浮かべながら青筋を立てているが、ユージーンもユージーンで何やら黒い笑みでブツブツと呟いている。
よく聞いてみると「コロスコロスコロスコロス」と小声で繰り返していた。
会話を交わすまでもなく、ユージーンの中で王弟の抹殺が決定してしまったらしい。
過激な男ふたりに挟まれながら、オリヴィアもまた王弟への印象がマイナススタートになったと感じていた。
「我が国でも神子である王太子妃殿下は有名です。確か、神獣を使役されているのですよね? 私にも神獣にお目にかかる機会はあるでしょうか」
「うちのポメ……いえ、神獣はそれほど尊ぶ必要のある孫愛ではないので、恐らくご紹介できる機会はあると思います。でも王弟殿下の想像とは、少々、かなり……大分違うのは間違いないので、あまり期待されませんよう」
シロが聞いたら一週間は拗ねて家出しそうなことを言ったオリヴィアに、アクセルは「妃殿下は冗談がお上手ですね」と笑った。まったく冗談ではないのだが。
青筋をなんとか引っこめたらしいノアが咳払いをし、アクセルをソファーに促す。
「神獣はまた次の機会ということで、本日は我々で親交を深められたらと思います。紹介しましょう。彼は私の腹心で、メレディス公爵家の嫡男のユージーンと言います」
「ああ、貴殿が! ユーフェミア公女殿の弟君だね。ぜひ仲良くしてもらえると嬉しい」
「……恐れ多いことです」
にこやかなアクセルに対し、ユージーンは塩対応だ。眼鏡の奥の瞳が笑っていない。
アクセルも気づいているだろうに、彼はほがらかに「会えて良かった」と続ける。
「二日後に公爵邸を訪問する予定なんだ。その前にユージーン殿に会えたのは僥倖だ。ぜひユーフェミア公女のことを教えてくれないか。弟君から見て、ユーフェミア公女はどのような方だろう? 好きなものは何? 趣味はあるかな? ユーフェミア公女は私のことについて何か話していた?」
アクセルがユーフェミアの名前を口にするたび、ユージーンの頬が痙攣するのを見てしまった。名を呼ぶだけで姉が汚れる、などと考えているのだろう。
もしかしたら、この部屋にいま王弟だけがいたのなら、ユージーンはとっくに抹殺計画を実行していたかもしれない。王弟の後ろに側近の若い青年が控えているので、かろうじて踏み止まっている気がする。
王弟は確か二十代後半だが、側近の青年はオリヴィアたちより若干若く十代半ばくらいに見える。年の差が随分あるなと、少し不思議に思った。
「王弟殿下。お会いしたばかりでこのように言うのは憚られるのですが……正直に申しますと、私はこのたびの縁談には反対しております」
ユージーンのセリフに「言った……!」とオリヴィアは内心ドキドキした。
何せ相手は王族。しかも他国の王族相手に繰り出すには、かなり勇気のいる内容なのだ。
「そうなのか。それはなぜ?」
「姉は幼い頃から体が弱く、やっと外を歩けるようになったのもごく最近のことです。国を出て他国の王族に嫁ぐなど、姉の身体が持つとはとても思えません」
「なるほど。ユージーン殿は姉思いの良い弟なのだね。その正直さもとても好ましい」
にこにことそんなことを言うアクセルに、ユージーンは目を見開き「はぁ……」と拍子抜けしたような声を出す。
王族の婚姻に口を出すことで、不敬だと咎められることは覚悟していたのだろう。それがなぜかやけに好意的なことを言われ、戸惑っているようだ。
「公女の身体のことはもちろん聞いているし、私も懸念していたことだ。でもそう重くとらえてはいないよ。私がこちらに移住すれば済む話だし」
「い、移住!? 王弟殿下、そう簡単な話ではないのでは」
「王太子殿下、わかっております。当然、双方の国が許可を出せばの話です。ただ、私は国でさほど重要な役目ではもうなくなっているのです。我が国の王にもすでに子どもが三人もいますしね」
いくつか交渉事はあるだろうが、いずれにせよ移住許可は下りるだろうとアクセルは笑った。彼はどうやら、ユーフェミアとの縁談にとても前向きらしい。
オリヴィアたちはそっと顔を見合わせた。なんとなく、ノアとユージーンの考えていることがオリヴィアにもわかる。
ふたりとも、恐らくアクセルへの印象を決めかねているのだろう。
事前情報はマイナスでしかなかったが、実際会ってみるとなんと言うべきか、アクセルに対し悪い感情を抱きにくいのだ。
最初のオリヴィアへの流れるような賛辞はどうかと思ったが、社交辞令で許される範囲内だし、それ以外では彼はとても常識ある王族でしかない。
言動は穏やかで理知的。笑顔が絶えず、外見も爽やかな美丈夫で、落ち着いた話し方が年の差からくる経験値を感じさせる。
(女癖が悪いという前情報さえなければ、ユーフェミア公女の縁談相手として理想的と言っても良さそう)
「姉は……長く療養していたので、ほとんど異性との交流がありませんでした。社交にも不慣れなので、会うと不快な思いをさせてしまうかもしれません」
「構わないさ。私も社交が得意なほうではないからね。もしかしたら気が合うかもしれない。ユーフェミア公女にお会いするのがより楽しみになったよ」
女性との社交はむしろ得意なのでは? というツッコミを飲みこみ、オリヴィアはユージーンを窺う。
ユージーンはまったくブレる様子のないアクセルに、ぐぬぬと眉を寄せながら攻めあぐねている。何を言ってもムダになりそうだと、全員が感じていた。
結局始終アクセルは笑顔で、和やかに会談は終わってしまった。
「く……っ。何やら負けた気分です。アクセル殿下を前にすると、どうにも敵意が削がれてしまい……」
「わかります、ユージーン卿。毒気を抜かれるというか」
「私も、オリヴィアを口説く男に容赦はしないつもりだったんだが……」
アクセルを見送り、部屋の前の廊下で三人で反省会を開く。
結局アクセルの人となりは『女好きかもしれないが、悪い奴ではない気がする』というふんわりぼんやりしたものになってしまった。
これからどうしたものかと悩んでいると、なぜかアクセルの側近である若い青年が、ひとりで廊下を戻ってきた。
「どうかなさいました?」
オリヴィアが声をかけると「王弟殿下の側近、ヒューと申します」と丁寧に頭を下げた。
「僭越ながら、我が主についてお伝えしたきことがありまして」
「王弟殿下についてですか?」
「皆様何かしら、アクセル殿下についてお耳にしていたことでしょう。それはきっと軽薄で、無責任なことばかりだったかと思います」
色々と調べ回っていたことに気づかれたのかと、オリヴィアたちはぎくりとする。
しかしヒューは責めるような素振りを見せず「お気になさらず」と言った。
「アクセル殿下はそう思われることこそ目的としていたので」
「それは……王弟殿下は、実際はそのような方ではないということでしょうか?」
「側近の私がそう申し上げたところで詮無いことでしょう。ただ、どうか噂程度の情報に惑わされることなく、目の前のアクセル殿下を見てご判断いただけると幸いです」
もう一度深々と頭を下げると、ヒューは主を追いかけ去っていった。
あれがアクセルの指示でないのだとしたら、ヒューにとってアクセルは余程素晴らしい主人なのだろう。
「……どうします?」
「本人たちが前向きなのに、これ以上私たちに出来ることはないんじゃないかな」
私とノアの視線を受けて、ユージーンはなんとも言えない顔を隠すように、眼鏡を指で押し上げた。
「……一度で判断がつかないのなら、つくまで情報を集めるだけです」
シスコンは愛の為に、妥協を許すことは出来ないようだ。
オリヴィアは念のため手の中に用意しておいた毒の小瓶を、こっそりドレスの隠しポケットに戻したのだった。
大丈夫です。毒は毒でも、感覚がマヒして聞かれたことに何でも答えちゃう自白剤的なやつです。たぶん。