その後SS『闇に紛れる王太子妃①』
タテスク!にてコミック連載中です! 二章の終わりですよー!
王太子妃となったオリヴィアは、夫であるノアに愛され過ぎて困るほど幸せな毎日を送っている。
毒で命を狙われることもなくなり、平穏な王宮ライフを満喫していて大きな不満もない。
ノアがいて、ユージーンにヴィンセントも近くにいて、少し足を延ばせば離宮傍の神殿にいるセレナにも会える。父も出仕すれば顔を見せてくれ、元親衛隊の侍女である友人たちもいる。
そんな大切な人に囲まれた生活に大きな不満があるわけがない。あるわけないのだが……。
「小さな不満はあるのよねー……」
王太子宮に用意されたオリヴィアの執務室で、侍女志願候補の書類を並べながらため息をつく。
現在専属侍女たちは出払っており、執務室にいるのはメイドひとりだ。実家から連れてきた専属メイドのアンが、紅茶を用意しながら首を傾げる。
「小さな不満ですか? 至れり尽くせりの生活なのに不満があるだなんて、お嬢様は贅沢ですねぇ」
「アン~? その呼び方をしてると、またケイトに叱られるわよ?」
「はっ! そうでした、王太子妃様でした! 侍女頭様、まだ戻ってきてませんよね⁉」
慌てて廊下まで確認し、安堵した様子で帰ってきたアンに苦笑する。
アーヴァイン侯爵家では緩い主従関係だったが、王宮ではそうもいかない。平民のアンは貴族であるケイトに礼儀作法を徹底的に指導されてから、彼女に逆らえなくなっていた。
「ふたりきりの時は構わないけど、気が緩むとアンはすぐ元に戻っちゃうものね」
「私にツッコミを入れさせるようなことを言う、お嬢様がいけないんだと思いますぅ」
唇を尖らせたアンは、思い出したかのように「それで、何が不満なんです?」と聞いてきた。
「ちなみにアンは以前よりお給料も増えてがっぽり稼げているので、不満なんてありません! お嬢様に連れてきてもらえて最高に幸せです!」
「それは良かったわ。私はねぇ、やっぱりアレね」
「アレ? 悪魔崇拝が禁止されたことですか? でも王宮で流行っちゃうとさすがにまずいと思うので、メレディス様が禁止してくださって良かったと思いますよ~」
そうなのだ。こちらに来てすぐのこと。日課のヨガをやっていると元親衛隊のケイトたち侍女も一緒にやらせてほしいと言うので、レクチャーしがてら皆で和気あいあいとやっていたら、なぜかユージーンにヨガを禁止されてしまったのだ。
誰もが見られるような王宮の庭でやっていたわけでもない。王太子宮にある私室でやっていただけだというのに、なぜユージーンの耳に届いて、彼に禁止させられてしまったのか。
ノアに横暴ではないかと助けを求めても「まあ、ユージーンの言うことも一理あるから……」と困ったように返されてしまい、現在仕方なくヨガは夜中にこっそり暗闇の中でやっている。
「もう、悪魔崇拝じゃなくてヨガだって何年言えば覚えてくれるのかしら。いや、それもなんだけど、そっちじゃなくて……」
「ということはまさか、アレですか」
「そう、アレよ」
「だってアレはお嬢様の自業自得じゃないですか~。ダメって言われたのに我慢できずに勝手に未知の毒食べちゃうんですもん。それは禁止されますよ~」
「仕方ないじゃなーい! もうもうもう、美味しそうに見えてしょうがなかったんだもの!」
先日、王妃宮にある元王妃が管理していた温室に連れて行ってもらった時、そこがあまりにも毒の楽園すぎて舞い上がってしまった。
どこを見ても毒毒毒、という状況だけでも大興奮だったのに、その中にウィンドウ表示が『???』の未知の毒を見つけてしまって、自分を抑えきれなくなったのだ。止められたのはわかっていたけれど理性は焼き切れていて……。
「あのあと3日も目覚められなかったんですから、禁止されて当然ですよ! 王太子殿下も相当お怒りだったじゃないですか~」
「そうね。でも…………本当に美味しかったのよ」
「お嬢様はもっと本気で反省してくださいよ~! アンは慣れたものですけど、侍女長様たちはすっごく心配されてたんですからね!」
「わかってるけど、でも毒に飢えてるだけじゃないのよ私は」
「毒に飢えてるなんて言葉使うのは、世界にお嬢様くらいですよ、もう」
アンはあきれるが、オリヴィアの不満は切実なのだ。
毒スキルなんてものを創造神から与えられた私は、これまでその物騒で厄介なスキルに何度も助けられてきた。王妃が去り、毒殺される危険が減ったとはいえ、この先どんな不測の事態が起こるかはわからない。だから毒を摂取して蓄えておきたいのだけれど……。
「毒殺される危険がなくなると、毒を摂取する機会もなくなっちゃうんだもの。自ら積極的に毒を探すしかないじゃないのー」
書類をぽいとして机に突っ伏す。この机が毒の木で作られていたら。もしくは毒の塗料が塗られていてもいい。ちょっとくらい齧ってもノアにバレることはないだろう。
王宮への毒物の持ち込みは規制されている。もちろん生成や栽培、飼育も不可だ。でもこんなにも毒を長期間摂取していないのは落ち着かないのだ。
「うーん。王宮での毒の摂取は諦めたほうがいいですね。私もさすがに持ち込んだら首が飛んじゃいますし」
「そうなのよねぇ」
「だからどうしても摂取がしたかったら、お嬢様が王宮の外に出るしかないのでは?」
オリヴィアがバッと顔を上げると、アンは素知らぬ顔をしてティーカップを机に置く。
「これは私のひとりごとなんですけど、いま王都では行商市が開かれているんですよ」
「行商市」
「国内だけじゃなく、国外からも行商人が集まっていて、珍しいものがたくさん売られているんです」
「それはつまり、国外の珍しい毒も……!」
「さすがに検問や見回りがありますから、堂々と危険物を並べている行商人はいません」
「うぐ……まぁ、それはそうよね」
「でも堂々とは並べていなくても、持ち込んでいる行商人は多いみたいです」
アンの言葉にオリヴィアが目を輝かせると、非常に残念なものを見る目をされた。
しかしアンが無礼なのはいまに始まったことではないので気にしない。それよりも気にするべきは国外の珍しい毒だ。
「それでそれで?」
「はあ……。市は基本朝から昼にかけて開かれていますが、実は夜にひっそりと開かれている市があるそうなんです」
「夜市ね! そこなら毒が手に入るのね⁉」
「かもしれない、という話ですよ。大体そんなところ危険に決まってますし、お嬢様が行くような場所ではないですからね! いまのは私のただのひとりごとなんですから!」
絶対にひとりで行ったりしないでくださいね! とアンが忠告したところでケイトが戻ってきた。
そそくさとワゴンを下げて行くアンを見送ると、書類を読む振りをしながらオリヴィアはにんまりとほくそ笑むのだった。
(ひとりで行かなければいいのよね。ひとりで行かなければ……)
新連載『元、悪女ですから~役目を終えた悪役令嬢の仁義なき恩返し~』も読んだよ!という神様がいらっしゃいましたらブクマ&★★★★★評価もさささ! エアハグしますか? それとも投げキッスします??