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本編その後番外編【海と少年とハネムーン】⑫


「残念だが」



 横から伸びてきた手に抱き寄せられ阻まれた。

 振り向けば、ノアが笑顔の仮面をアーサーに向けている。その仮面にヒビが入りかけているように見えるのは気のせいだろうか。



「既に卒業した僕らが再び学園に行くことはないだろう」


「あら。行きますけど」



 ノアの妙に意気揚々とした言葉に、私はつい食い気味に反論してしまった。

 笑顔の仮面のヒビが大きくなる。



「……何だって?」


「学園に行く予定があると言いました」



 ヒビが広がっていく音が聞こえる。

 でも本当のことなので仕方ない。せめてと思い、私は抱き寄せてきたノアの手を宥めるようにポンポンと叩く。

 大丈夫だから、正気に戻ってください。



「だからアーサー。あなたが学園に通うなら、月に何度か会うことがあるかもしれないわ」


「本当ですか!」


「ええ。嘘なんてつかないわよ」



 嬉しそうな顔をするアーサーとは逆に、ノアの仮面はヒビどころか完全に崩れ落ち、現れた顔は強張っていた。



「ヴィア……? どういうことだ。僕は聞いてないぞ」



 そういえば、新婚旅行の準備等で忙しくて話すのを忘れていたかもしれない。

 急いで知らせるような内容でもなかったしなぁ、と私は今説明することにした。



「実は学園側から、特別講師の依頼があったのです。神子として神学の講義をしてくれないかと」


「なぜヴィアが特別講師をするんだ。神学ならトリスタンがいるだろう」


「ええ。それに私、神子という肩書はありますけれど、それほど神学に精通しているわけでも、信仰心に厚いわけでもありませんので、それはお断りしました」


「断ったんだね」



 ほっと胸を撫でおろすような仕草をするノアに、私はしっかりと頷いた。



「はい。代わりに、デトックスについて講義をすることにいたしました」


「待て待て待て! そんな講義、学園にはなかっただろう⁉」



 焦った様子のノアの後ろで、ユージーンが天を仰いでいる。

 対照的にケイトはニッコニコだ。私がデトックスの講義を開くことになって、ケイトは自分のことのように喜んでくれた。

 いや、講義を聴きに行くと言っていたから、むしろ自分事なのかもしれない。



「そうなのですよね。私たちの頃は、残念ながら。なので、いかにデトックスが素晴らしいものであるか書き記したものを学園側に提示いたしまして。するとぜひに、とお返事が」


「最近大人しくしていると思ったら、裏でそんなことを計画されていたのですか……」



 固まってしまったノアの代わりのように、ユージーンがわざわざ傍にきてそんなことを言ってくる。



「ユージーン様ったら人聞きの悪い。それではまるで、私がこそこそとよからぬことを企んでいたかのようではありませんか。私は、正式に、学園側から要請を受けたのでお引き受けしただけです」



 身の潔白を主張したところ、ガシリと強くノアに両肩を掴まれた。



「ヴィア……頼むから悪魔崇拝だけは広めないでくれ」


「ですから、悪魔崇拝ではなく、ヨガですってば!」



 鬼気迫った表情で懇願してくるノア。

 どうしてわかってくれないのだろうか。こんなにもヨガは有用で無害だというのに。



「ねぇアーサー。あなたはデトックスに興味はある? 興味があるなら私の特別講義をとってくれると嬉しいわ」



 ノアがわかってくれなくとも、他に理解してくれる人はたくさんいるはず。

 そう思ってアーサーに尋ねると、彼はキラキラと瞳を輝かせて頷いた。



「デトックスが何なのかわからないけど、とります! 絶対に……」


「本当? 嬉しい。じゃあこれからも会えるわね」


「お、俺も嬉し――」



  アーサーの手を取り喜ぶと、アーサーも若干興奮したように頬を赤らめながら頷いてくれたのに、一瞬でノアが間に割り込んできた。



「そこまで! ヴィア。僕以外の男の手に軽々しく触れてはいけないと、何度言ったらわかってくれるのかな?」


「他意はありません。私たちの可愛い後輩ではありませんか」



 先輩として、後輩は大切にしないと。

 それに優秀な人材育成は王族としても重要視すべきだ。

 私がそう力説すると、なぜか「うんうん、そうだね」と笑顔のままノアに後ろに移動させられる。

 アーサーと離されて文句を言いたかったけれど、近寄ってきたユージーンが『黙っていなさい』とジェスチャーで訴えてきたので、仕方なく口を閉じる。



「アーサーと言ったか。諦めるんだな。この国で最も高貴な女性に近づくと、雷に打たれその身は消し炭となるぞ」



 あきれているのか、諦めているのかわかりにくいが、どちらにしても冷めた表情でユージーンがアーサーに忠告めいたことを言う。



「そ、そんなつもりは……」


「仕方ありません。オリヴィア様を一目見れば、更にお人柄を知ってしまえば、敬愛せずにはいられないのですから」



 ユージーンと一緒に傍に来ていたケイトがそんなことを言うので、私のほうがあきれてしまった。



「ユージーン卿もケイトも。アーサーにおかしなことは吹き込まないでよ?」


「いいから。ここは私たちに任せて、あなたはさっさと王太子殿下とダンスでも踊ってきてください」



 伯爵邸に、雷の雨が降る前に。

 そう言われ、私はハッと隣のノアを見上げた。

 ノアは私の視線に気づき、キラキラとした王子様スマイルを浮かべる。

 これはどっちだ? 表情通りなのか、それとも笑顔の仮面の下で怒っているのか。


 私が何も言えずにただ引きつった笑顔を返すと、ノアはくすりと笑って私に手を差し出した。



「美しい私のヴィア。一曲踊っていただけますか?」



 どうやら怒ってはいないらしい。多分。

 私はほっとしながら差し出された手を取った。



「はい、ノア。喜んで」




 その後私たちは主賓として最初のダンスを披露し、喝采を浴びた。

 招待客が数名貧血のような症状で倒れたらしく、ちょっとした騒ぎにもなったけれど、ケイト曰く想定内のことらしい。

 ユージーンが「王都外の者には耐性がありませんからね」と訳知り顔で頷いていた。



「ええ。ある意味洗礼ですわ」



 なぜかドヤ顔でケイトが言っていたが、私にはさっぱり意味がわからなかった。






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