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本編その後番外編【海と少年とハネムーン】⑪

再び間を開けてしまい大変申し訳ありませんでした!

胃腸炎→悪化→インフル→肺炎→風邪→肺炎悪化

という忘れられない2023下半期(現在進行形)


「アーサー。ご家族と話が出来たのね」



 私が彼に声をかけると、伯爵夫人が次男を抱くのをアーサーと交代した。

 アーサーは手持無沙汰になったように、落ち着きなく手を組み換えながら頷く。



「ああ……あんたのおかげ――じゃなく、ヴィヴィア、いや、えっと……」



 見事に戸惑っている。

 それはそうだ。偶然出会って街を案内した女が、まさかの王太子妃だったのだから。


 隣のノアから発せられる冷気がより冷たくなったように感じ、アーサーに申し訳なく思った。



「その……王太子妃殿下のおかげです」


「ふふ。よかったわね。弟さんとも仲良くできて」


「はい。……継母が、この街は合わないって言ってたのは、弟のことだったみたいです」



 伯爵夫人に抱かれて笑っている幼い弟を見て、アーサーは目を細める。



「肌が弱くて、潮風に当たると肌が腫れて熱が出るみたいで。それについて言ってたのを、俺が勘違いしたらしくて」


「そうだったのね」



 前世で塩アレルギーの知り合いがいたけれど、そういえば海に行くと蕁麻疹が出ると言っていた。この世界にもそういったアレルギーがあるのだろうか。

 あったとしても、それがアレルギーだと判別できるような医者はいないだろう。この世界は医学より魔法が発達しているのだ。症状があれば原因を探るよりも魔法で治す。貴族であればまずその選択をする。予防という概念はほぼなく、対症療法が主なのだ。



「俺、新しい家族から目を逸らしてたから、全然知らなくて……」



 恥じ入るような声に、私は「仕方ないわ」と彼を慰めた。



「まだ子どもだったのだもの。お母様を亡くした心も癒えきってなかったのだから、誰もあなた自身でさえ、あなたを責めることはできないわ」



 前世アラサーだったわたしの、お節介おばさんな一面が顔を出す。

 オリヴィアとしての実年齢で考えればアーサーとの年の差はそれほどないけれど、どうしても小さい子を見るような気持ちになってしまう。


 アーサーは目を潤ませながら首を振る。



「父も、母のことを忘れたわけじゃなくて。母の遺言だったそうです。俺が寂しがりで家族が好きだから、自分がいなくなったら新しい家族を迎えてやってくれって。母がそう書き残した手紙を見せてもらいました。父はずっと、母からの手紙を大事にとっておいていたんです。結婚前のものから、亡くなる直前のものまで全部。俺は、本当に家族のことを何もわかっちゃいなかった……」



 ため息をつくアーサーは、きっと誰かに責めてほしいのだろう。

 優しい家族には責めてもらえなかったから、自分で自分を責めている。けれど大切なのは責めを受けることじゃない。



「でも、もうわかった。そうでしょう?」



 私はアーサーの手を取り、ギュッと励ますように握る。

 冷たい手に自分の体温を分け与える。



「すれ違うことがあっても、きちんと向き合って話し合えば大丈夫。家族なんだもの」


「……はい」



 アーサーはグイッと目元を拭うと笑った。

 何かを決意するような笑顔だった。



「ありがとうございます。ヴィ……王太子妃殿下のおかげです」


「あなたの勇気のおかげでしょ。私はあなたを少し前の自分と重ねて、おせっかいなことを言っただけだもの」


「いいえ。本当に、心から感謝いたします」



 深々と礼をするアーサーの肩を、ポンと叩く。



「王都に戻ったら、私の作った基礎化粧品を一式送るわね。天然由来のオイルや保湿クリームで、炎症を抑える効能のある薬草も使っているから、弟さんの肌に合うかもしれないわ。小さい範囲から試して使ってみて」


「どうしてそこまで……」


「使ってみてもし良かったら、伯爵領にうちの商品を置いてもらえると嬉しいわ!」



 目が硬貨になっている時のアンをイメージしながら私が明るく言うと、アーサーはぽかんとした後噴き出した。



「……は、はは! 何だそれ!」



 信じられない、とばかりにお腹を抱えて笑い始めたアーサーに、少し離れた場所からこちらを伺っていたご両親がギョッとしている。

 それくらいアーサーの笑いは激しかった。

 ノアは私たちの様子にブスッとした顔をしているけれど、不敬だなんて指摘はしない。まったく、よく出来た旦那様だ。


 やがて笑いが治まってきたアーサーの肩をそっと叩く。



「たくさん笑いなさい、アーサー。笑顔で見る海は、きっととても美しいわ」



海だけではなく、それは賑やかな街の雑踏だったり、家族と過ごす晩餐の風景だったりも同じだろう。

 見る者の心が変われば、見える景色も変わる。二度目の人生で鮮やかな色を覚えた私のように。


 アーサーはホールの窓へと目を向けた。既に夜は更け外は暗く、街の明かりがぼんやりと浮かんでいるだけ。海は夜の闇に溶けて見えない。

 けれど彼の目には、愛する海が鮮やかに見えているのだろう。


 アーサーはもう大丈夫だ。そう確信し、私は彼から手を離した。

 でもすぐに伸びてきた彼の手に捕まれる。

 その手の力強さに驚いた。少し華奢に見えていたのに、年下でも彼しっかり男性なのだ。



「あ……あの! 俺、遅くなったけど、学園に行こうと思ってて」



 その声は若干気まずそうだったけれど、私は気にせずアーサーの手を握りしめ喜んだ。

 彼が自ら一歩ずつ進み始めるのを目の当たりにして、自分のことのように嬉しくなる。伯爵の憂いも晴れて、素晴らしいハッピーエンドだ。



「それはいいわね! 卒業したばかりだけど、とても素敵な学生生活だったわ。あなたもきっと楽しめると思う」


「それで、その、王都に行ったら、また会えますか……?」



 遠慮がちだけれど、期待も混じったようなアーサーの表情に、私はもちろんと答えようとしたのだけれど――。



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