第百三十三話 ヤバい毒と大神官の本質
PCが瀕死状態。2分で落ちます。ウルトラマンより堪え性がない。
あれが火竜。なんて壮大で貫録のある姿だろうか。
燃えるような赤い鱗に、白銀の鬣を有し、山のような体躯より更に大きな翼を広げる姿は、暗い地底湖にあっても神々しく輝いて見えた。
(正直、神より神っぽいわ……)
思わず拝みかけた時、不意にトリスタンが地底湖の縁に向かい歩き始めた。
「トリスタン様……?」
『私の声が聞こえますか!』
トリスタンは突然、人語とは明らかに違う言葉を竜に向かって叫んだ。
それは言葉というより音の集合体のようだったけれど、私の耳はそれをはっきりと言葉として聞き取った。
知らない言語のはずなのに、どうして理解できるのか自分でもわからない。
でも体が理解していることはよくわかった。これは、竜の言葉だ。
『尊き竜の目覚めを心よりお慶び申し上げる。火竜よ、どうか静まり給え!』
トリスタンは声を張り上げ語りかける。
でも火竜は静まるどころか暴れ続け、壁や天井のあちこちに体をぶつけ始めた。
鍾乳石が次々と地底湖に降り注ぎ、周囲の岩壁は音を立てて削られていく。
「全然聞こえていないようですけど⁉」
「ああ。苦しんでおられる。私の話を聞くどころではないようだ」
「苦しんでるって……」
これでは地震は止まるどころか激しくなる一方だ。
このままだといつこの鍾乳洞が崩れてもおかしくない。
一体火竜は何に苦しんでいるというのか。
その時、巨大な鍾乳石の落下によって起きた波が、私たちのいる湖畔に襲いかかった。
トリスタンに抱えられ波から逃げた時、頭の中に電子音が鳴り響いた。
【毒の湖水:神殺し(毒Lv.8)】
目の前に現れた真っ赤なウィンドウに息を呑む。
(何かヤバいお酒の名前みたいな毒出てきたんですけど⁉)
しかもレベル8。これまでとは桁違いの恐ろしい強毒だ。
火竜はずっとこの毒に苦しんでいたのか。地震は毒による苦しみで火竜が暴れまわった為起きたのだ。
地底湖の水はが異臭を放っていたのはこの毒のせいだったらしい。森の中にあった村の泉と同じだ。
「トリスタン様! この湖の水は毒に侵されています!」
驚いた私とは逆に、トリスタンは表情を変えずに淡々とうなずいた。
「やはりそうか」
「やはりって、ご存じだったのですか?」
「さっき言っただろう。この地底湖は、イグバーン王国各地の水源と繋がっていると」
「あ……!」
確かにそんなようなことを言っていた。
あの村の泉のように、魔族の毒で穢れた水源が、国中にいくつも存在するのだとしたら。
その全てと繋がっているというこの地底湖の毒は、恐ろしいほどの強毒になっているということではないだろうか。
強毒の湖の中に長い間浸かっていただろう火竜が無事とは、到底思えない。
現に火竜は目覚めても、我を失ったように暴れ回っている。
いくら太古の時代に神により生み出された生ける神話だとしても、眠っている所をじわじわと汚染されていけばどうなるか……。
「まずいな。火竜が目を覚ませばここから出られると思っていたが」
「正気を失っているようなので、それは物理的に無理そうですね」
私やトリスタンがいくら竜と意志疎通のできる種族だとしても、火竜が理性を取り戻していなければ意味がない。
竜人でも身体のサイズは普通の人間と変わらないのだ。あの山のような巨体は魔法を使ったとしてもどうこうできるものではない。
「聖女を連れてくる必要があるか」
「セレナ様を、ですか?」
「湖の水を浄化させるには、膨大な神力が必要だ」
湖の水を元通りにすれば、火竜の状態も落ち着くと考えているわけか。
でも正直、セレナの神力がこの湖すべてを浄化できるほどあるかというと疑問だ。
治癒院での聖女活動で徐々にレベルを上げているとはいえ、まだ鍛え始めたばかりなのだ。今はまだ大神官シリルの神力のほうがずっと高いはず。
「セレナ様ではなく、シリル様をお連れしては?」
また古都への道を戻らなければならないけれど、そのほうが確実だ。
でもトリスタンは私の提案に微妙な顔をする。
「シリルはダメだ」
「なぜです? 使える光魔法もシリル様の方が強力ですよ」
「あれは大神官だが、少々……大分……いや、かなり妄信的な所がある」
めちゃめちゃ言い直してる、と思わず引いた。
トリスタンにここまで言わせるとは、いったいシリルはどれだけ妄信的なのだ。
「あれはずっと古都で育ってきた。古都が至上で、教会が絶対に正しいと考えている。恐らく古都の老人たちに植え付けられた意識だろう」
「そういえば、生まれながらに高い神力をお持ちだった為に、すぐに教会に引き取られたのでしたね」
「ああ。だからあれは王家を悪と見なしている。火竜の棲み処を移し、そこに王都を作り、竜人たちを排除した重罪人たちだと」
所謂洗脳のようなものか、と嫌な気持ちになる。
善悪の判断もつかない幼い頃から言い聞かされてきたのなら、ある意味シリルは信仰の被害者だ。
「でも、実際の所は記録がなくわからないのですよね……?」
「だから妄信的だと言っただろう。あれをここに連れて来ればどうなると思う?」
突然の問いに戸惑いながらも、私は浮かんだ常識的な考えを答えた。
「え……? それは、当然湖を浄化し、火竜をお救いするのでは? 大神官様なのですし」
「私はそうは思わない。あれは恐らく、火竜を利用するだろう」
「利用、ですか? あの火竜を?」
目の前で暴れまわっている火竜をどんな風に利用しようというのか。
想像もつかない私とは違い、トリスタンははっきりとそれを確信しているような顔で言った。
「火竜を可能な限り暴れさせ、王都を壊滅させてから浄化を試みるだろうな」
「は……? ま、まさか……」
毒で苦しむ火竜を、敢えて放置するということか。
火竜は神の遣いとも言われる、精霊と並ぶ神に最も近しい存在だ。
その火竜に対してする仕打ちとして、それはあまりにも不敬で、残酷すぎる行いに違いなかった。
銀髪コンビ長いよ!と思ったそこのアナタ!! 作者もそう思う!!
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