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毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで【小説・コミックス発売中☆タテスク連載中!】  作者: 糸四季
大神官と神殿騎士の章

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第百三十二話 彼方から、目覚めの歌

文字数の関係で分割したのでちょっと短い回です。神子、歌います。


 目の前では未だに火竜は吠え、叫び、暴れ回っている。

 寝言に寝相が激しいだけとは言え、やっていることは災害級だ。



「ちょっと、ま、待ってください。火竜を起こすって、あの状態でどうやって……」



 とてもじゃないが、あれでは近づくことすら出来そうにない。

 寝返りで潰されるか、尻尾に吹き飛ばされるか、はたまた落ちて来た鍾乳洞の下敷きになるか……。

 とにかく近づいたが最後、待っているのは悲惨な死だ。

 けれどトリスタンは事も無げに「それが役目だ」言った。



「役目って……まさか、竜人族の大事な役目ってこのことですか⁉」



 驚愕の事実に顎が外れるかと思った。

 眠りながら暴れている火竜を起こすことがそうだったとは。

 なんて命がけな役目を背負わされているのか、竜人族は。



「何を驚く。お前は知っているはずだ。竜を目覚めさせる歌を」


「は……?」



 まったく覚えのないことを言われ、私は戸惑いながらトリスタンを見上げる。



「何のことでしょうか。学園の授業でお話されていた聖歌のことですか? でも、あれは子守歌ですよね」


「もうひとつの歌があるだろう。子守歌の対になる、目覚めの歌だ」



 あるだろう、と言われても。


(目覚めの歌? そんなの、聞いたことないわ)


 いや、でも私の記憶は常に穴だらけだ。重要なことは大体後になってから思い出す。

 もしかしたら忘れているだけかもしれない。と、目を瞑り記憶の箱をひっくり返して必死に探した。


 子守歌を歌う母の声。その声で別の歌を聴かされていなかったか。

 目覚め、目覚め。目覚めと言えば朝だろうか。朝の歌――……。



「……申し訳ありませんが、本当に心当たりがありません」



 ダメだ。やはり何も思い出せない。

 本当に母は私にその目覚めの歌とやらを歌ってくれていたのだろうか。



「子守歌は知っていますが、目覚めの歌なんて聴いたことが……」


「聴いている」


 トリスタンは私を真っすぐに見つめながら、強い声で断言した。


「お前の母は、シルヴィアは、必ず教えている」



 なぜ、私と母のことなのに、トリスタンがそこまで言い切れるのだろう。

 それくらい彼は母と親しかったのだろうか。



「でも、本当にわからないのです。母は私が幼い頃に亡くなっていますし、記憶が……」


「思い出せ。子守歌を覚えているなら、必ず目覚めの歌も聴いている。恐らくその身に染みこんでいるはずだ」



 そう言うと、トリスタンは徐に懐から小さな横笛を取り出した。暴れる火竜に向かい、笛を構える。


(え? 吹くの? 今?)


 目の前で伝説の火竜が暴れ回っているのに、シュール過ぎでは。

 私の戸惑いなど知らず、トリスタンは一呼吸置いた後、ゆっくりと笛を吹き始めた。


 小さな笛を吹いたところで、火竜の咆哮や岩が崩れる音が響き渡る空間で聞こえるわけがない。

 そう思ったのに、不思議なほどに笛の音は辺りにしっかりと響き渡る。


(あ。この曲……)


 目を閉じ、耳を澄ませる。

 すると火竜の声は聞こえなくなり、高い笛の音だけを耳が拾うようになった。


(私、知ってる。聴いた覚えはないはずなのに、知ってるわ)


 澄み切った真っ白な音だ。

 暗闇を遥か彼方へと吹き飛ばす、一陣の風のような。

 朝日が顔を出す瞬間の、眩い閃光のような。

 それでいて旋律は、木漏れ日のような優しさに満ちている。

 微睡の中、柔らかな声に名前を呼ばれるような、そんな心地が記憶の底からよみがえった。


(ああ……オリヴィアはこの歌を聴いていたのね)


 何だか泣きたい気持ちになりながら、そっと口を開く。

 体が「覚えている」と主張するように、自然と歌があふれ出た。




  母なる大地に幸福の花が咲く

  目覚めの時が来た

  歌えよ讃えよ

  尊き我らの神に

  感謝と祈りを捧げよ


  父なる大空に祝福の鐘が鳴る

  目覚めの時が来た

  祝えよ讃えよ

  愛しき我らの神に

  感謝と祈りを捧げよ


  轟くその声を聞け

  偉大なる羽ばたきを聞け

  我らが神の御業を崇めよ




 歌い終わり、深呼吸とともにゆっくりと目を開ける。

 自分で驚くくらい、自然と歌詞を紡いでいた。



「……歌えた」



 ぽつりと呟き、後はぼう然としていると、不意に頭にポンと手を置かれた。

 笛を片手に、トリスタンが私の頭を撫でてくる。



「忘れていたにしては上出来だ」


「今のが、目覚めの歌……?」


「ああ」



 本当に、母は私に教えてくれていたのか。

 記憶が薄れても体が忘れないよう、繰り返し何度も何度も歌って聴かせてくれたのか。


 ほとんど覚えていない母の存在を、今までで一番近くに感じた時、地鳴りとともに地面が大きく揺れ始めた。



「じ、地震、じゃなくて火竜が……!」



 地底湖に激しい波が立つ。

 奥のほうで、巨大な翼が勢いよく広げられた直後、突風に襲われた。

 翼を広げただけでこの威力。生ける伝説、火竜の恐ろしさを文字通り肌で感じた。



「目覚めるぞ」


「め、目覚めたら一体どうな――きゃあっ⁉」



 これまでの寝言とはまるで次元の違う、内臓を揺さぶるような咆哮が響き渡る。

 思わず耳を塞いだ私の視界に、湖を割るようにして立ち上がる、偉大な竜の姿が映るのだった。




そろそろ業火担が痺れを切らして王都を壊滅させるんじゃ……と心配になった方は

ブクマ&広告下の☆☆☆☆☆評価&発売中の毒殺令嬢シリーズをぽ―――ち!!!

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