第百三十一話 世界を救う簡単なお仕事
有言実行の女ですから(ドヤァ)
階段を下りきった先。そこに広がっていた光景に私は息を呑んだ。
暗闇の中、トリスタンによる小さな炎の数々により映し出されたのは、巨大な鍾乳洞だった。
高い天井からは氷柱のような大きな鍾乳石がいくつも下がり、逆に下からは太い石筍が突き出している。
そしてどこまでも遠く、暗い水面が鍾乳洞の奥まで続いていた。
「もしかして、地底湖……?」
「ここは神殿の湖の真下に位置している」
「湖の下に、更に湖があるということですか」
自然に出来たとはとても思えない。
魔法で作られた場所なのだろうか。
(それより、ここって何だかめちゃくちゃ既視感があるんだけど)
今私たちが立っているのは、朽ち果てた教会の、祭壇のある段上のようだった。
色褪せた絨毯に、古びた祭壇、ひび割れたデミウル像。これはまるで――。
(夢の中でデミウルと会っていた場所とそっくりじゃない)
夢の中の祭壇は、もっと明るい光が降り注いでいたけれど。
そう思い上を見ると、そこにはゆらゆらと淡い光を通すステンドグラスの天井があった。
夢の中のあの場所で見た、赤い巨竜と白い竜のステンドグラスそのままだった。
「嘘……じゃあ、デミウルと会っていたのはここ⁉」
ハッとして辺りを見回す。あの腹の立つ笑顔がどこからか「もしかして、僕のこと探してる?」など言いながらひょっこり現れるのではないか。
そういえば、デミウルはいつも祭壇の辺りに立っていた。そこに隠れているのでは。
「でも隠れる場所なんて……え?」
改めて祭壇を見ると、乾燥した花々が飾られている中に、ひと際輝くものがあった。
それは大小無数の宝石で彩られた、豪華な金色の玉だ。この暗く荒廃した空間にはあまりに不釣り合いな存在に、目が丸くなる。
「まさか、宝玉⁉」
慌てて祭壇に飛びつく。けれどとんでもない豪華な装飾を目の前にすると、直接触れる勇気は出なかった。
代わりにあらゆる角度から宝玉らしきそれを観察する。
「これ、絶対宝玉よね。見たことないけど、でもこの存在感、宝玉以外にないでしょ。こんな所に宝玉が隠されていたなんて……」
「何をブツブツ言っている」
「だって! これ、宝玉ですよね⁉ 国宝ですよ、国宝! これを巡って王家が分裂して戦争を起こしかけてるんですよね⁉」
予想外の展開に、つい素が出てしまっていることに気づいたけれど、止められない。
この宝玉の在り処をノアは探していたはずだ。王妃エレノアの手に落ちる前に、ノアが何としてでも見つけようと奔走していた。
「と、届けなくちゃ。これを今すぐノア様の所に……」
触りたくないけれど。落として壊したりしたら弁償どころの騒ぎではない。
最悪アーヴァイン侯爵家が抹消されるかも。そして私は処刑。ここに来てこんなバッドエンドフラグが立つなんて。
どうやって運ぼうかと考え始めた私に、トリスタンは事も無げに「そんな物は後だ」と言い放った。
「そんな物⁉ 後⁉ トリスタン様こそ、悠長なことを言っている場合じゃ――」
「お前はわかっていない。優先すべきは王家のお家騒動などという矮小な雑事ではない」
「わ、矮小って……」
「矮小だ。王家の継承問題など、世界の存続に比べれば」
突然スケールの違う話を持ち出され、困惑してしまう。
「世界……?」
「来てみろ」
トリスタンは顎で湖を示し、段上から降り始めた。
私も後に続き湖に近づいていくと、鼻の奥が刺激される強烈な悪臭に見舞われる。
上の湖は美しく澄み切っていたが、地底湖は黒く澱み、腐りきっていた。
「う……ひどい臭い」
「ここはイグバーン各地の水源と繋がっている地底湖だ」
「水源……ということは」
「小さな村の泉を覚えているか。ああいった各地の穢れが、すべてここに流れ込んでいる」
確かにあの泉も臭かったが、あれが比にならないほどの臭いが目の前の地底湖からは立ち昇っていた。
ここに丸一日いたら、一生鼻が使い物にならなくなるのではないだろうか。
「それで、なぜここに私を……?」
「奥を見てみろ」
トリスタンに促され、地底湖の奥へと目を凝らす。
彼が生み出した小さな炎が真っすぐに奥へと連なり、そこを照らした。
巨大な鍾乳洞の奥に、蠢くゴツゴツとした大きな岩山が見えた。
しかもその岩山から、低く不気味な獣の泣き声のような音が響いてくる。
「岩山が、唸ってる……?」
「岩山ではない」
トリスタンの言葉の直後、岩山が突然咆哮し、変形し始めた。
まるでごろりと転がるかのように岩山が動き、太い角のように一部が突き出し、垂れさがる鍾乳石を払い落とした。
かと思えば威嚇するかのように横に広がる。それはまるで巨大な羽を広げる――。
「あれはまさか……竜ですか⁉」
半信半疑でそう叫んだ私に、トリスタンはあっさりと横で頷いた。
「そうだ。イグバーン王国を守護する我らが神、火竜だ」
「ほ、本当に王都にいたのね……」
暗闇ではっきりと見ることは出来ないが、岩肌に見えたのは赤黒い鱗だったようだ。
太く長い尾と巨大な羽で、火竜は激しい水しぶきを上げながら、鍾乳石や石筍を砕いては雄叫びを上げている。
それは威嚇というよりは、悲痛な叫びのように私には聞こえた。
痛い、苦しい、助けてくれと、火竜の声がなぜか聞こえる気がするのだ。
「火竜は苦しんでいるのですね。でも、なぜこの湖から出ないのでしょう」
「眠っているからだ」
「え……あ、あれ、眠っているのですか⁉」
トリスタンの返答に、私は目を剥いた。
(じゃああの暴れっぷりは寝相の悪さで、咆哮は激しい寝言なの? ダイナミックが過ぎるわよ)
さすが神話の中の伝説。火竜がその気になれば、国どころか世界を滅ぼすことも出来るだろう。
ああ、そうか。だからトリスタンは世界の存続などと言ったのか、と私は火竜の暴れっぷりを見てようやく理解した。
「この地震を止めねば、そのうちここも崩れる」
「それはまずいですね。では宝玉を持って――」
「火竜を起こすぞ」
「逃げま……え? 起こ……え? えええ―――っ⁉」
何でそうなる!!
という私の叫びは、鍾乳洞を突き抜け地上まで響き渡った――と思われる。
今頃魔王様は業火担の能力でオリヴィアに虫がつきかけてるのを察知しているものと思われr




