第百三十話 竜人族の秘密
大変お待たせいたしました土下座ァ!!!!!
我々には成すべきことがある。
そう言うと、それきり黙ってしまったトリスタンの背中を、暗闇の中離されないよう追いかける。
「トリスタン様。成すべき大事なこととは何でしょうか」
トリスタンは答えない。
ついて来ればわかる、と背中が言っている気がした。
「竜人族はなぜバラバラになってしまったのでしょう」
それでも私は、真っ暗闇の中黙って階段を降りているのが恐ろしく、つい質問を重ねてしまう。
この階段を下りきった時、何が待っているのか想像もつかない。自分がどうなってしまうのか、王都はいまどうなっているのか、ノアは無事なのか。
何か話していないと、不安が爆発してしまいそうだった。
「火竜に仕える為に、わざわざ古都から王都へと移住したのに……」
王都が栄え、森が減った、なんて前世の環境破壊のようなことはこの世界では起きていないだろう。
王都の周りには広い森があるし、侯爵邸の裏にだってなかなか立派な林がある。森の民たちが暮らすことに問題はなかったはずだ。
「仕えるべき火竜が、王都ではないどこかへ消えてしまったから、とか?」
「それはない」
唐突に、黙っていたトリスタンが答えた。
ない、と断言したことに私は驚く。火竜の姿を見たという話しは聞いたことがない。神話の中の存在として、人々が認識しているのが火竜だ。
デミウル本人と会った私は、火竜も存在するのだろうなとは思っている。神がいるなら竜がいてもおかしくない、くらいの大雑把なとらえ方だけれど。
トリスタンはまるで、火竜はこの王都から動いていない。つまり、今も王都にいると思っているような様子だった。
「竜人族が絶えたのは王家のせいかもしれない」
「イグバーン王家の? ……シリル様も、昔の王家が火竜の棲み処を勝手に移し、邪魔な森の民を始末したというようなことをおっしゃっていましたが、その通りだと?」
本当に、ノアやギルバートの先祖が森の民を絶やしたのか。
俄かには信じられないことだ。火竜と契約を交わした王家が、火竜に仕える一族を滅ぼすなどということがあるだろうか。
「竜に近い形態を取ることで迫害に遭ったか、もしくは教団の推測通り、竜の力を独占しようとする王家に滅ぼされたか」
「で、でも、火竜と意思疎通が出来るのは森の民だけなのでしょう? それなのに滅ぼしてしまっては、困ることになるのは王家では?」
「本当の所はわからないが、私の先祖は王都から逃げてきたと伝えられている。逃げたということは、いられなくなるような何かがあったということだろう」
それはそうかもしれないが、王家が森の民に何かをしたという証拠にはならない。
どうしても納得がいかず、更に言い募ろうとした時、階段を踏み外し転びそうになった。
「キャッ」
だが寸での所で伸びて来た腕に抱きとめられ、暗闇の中階段を転げ落ちる、という恐ろしい事態を回避することが出来た。
「大丈夫か」
私をしっかりと抱きとめたトリスタンの、低い声が暗闇に響く。
細身に見えて、さすが騎士。私を支える腕の力強いこと。
まるで森の中にいると錯覚しそうになる香りに包まれながら、私は足場を確認してトリスタンの腕の中から抜け出した。
「あ、ありがとうございます」
「竜人族なのに夜目が利かないのか」
訝しげに聞かれたが、逆に竜人族は夜目が効くのかと驚く。
「私、体はわりと普通の人間なので」
おかしなスキルはあるし、毒では死なない体ではあるが、普通の人間だ。……多分。
特別目が良いとか身体能力に優れている、ということもない。
「やはり血が薄いのだな」
納得したように呟くと、トリスタンはパチンと指を鳴らした。途端に辺りが明るくなり驚く。
壁際に、小さな炎が等間隔に並んで浮いている。それは階段のずっと下の方まで続いていた。
「そういえば、あの崖でも使っていましたが、トリスタン様は魔法が使えるのですね。でも、竜人は精霊に嫌われているのではなかったのですか?」
私の問いに、トリスタンは自分の指先に小さな火を灯す。
火に照らされたトリスタンの顔を見てハッとした。
私と同じ水色だったはずの彼の瞳が、いまは炎のような色に変わっていた。
「トリスタン様、瞳が……」
「ああ。力を使うと、瞳の色が変わる。これは精霊魔法ではない。私自身の魔力で火を起こしている。私は火の竜人だから」
更なる新事実に、私は頭がパンクしそうになった。
竜人は精霊に嫌われていて精霊魔法は使えないが、自身の魔力で魔法を使える、ということかなのか。
「えっ。で、でも、私は火を起こしたりできませんが」
「お前は……恐らく火は使えないだろう」
「そう、なのですか?」
残念なような、ほっとしたような。とにかく拍子抜けしてしまった。
「シルヴィアも純粋な火の竜人族ではないと言っていた。先祖は火の竜人族だが、他国へ出て他の竜人と混じり、火以外の力を受け継いでいるかもしれない。もしくは人と混じり過ぎて力を失ったか。そういえば、彼女が力を使うところは見たことがなかった」
「では、力を使えなければ普通の人と変わらないということですよね」
ただでさえ毒スキルがあるのに、これ以上人外じみた力があっても困る。
そう考えて言ったのだが、トリスタンには違う受け取り方をされたのか、じろりと睨まれてしまった。
「だとしても、お前にイグバーンの竜人の血が流れていることに変わりはない」
竜人族を否定するつもりはない、と言おうとした時、突然地面を突きあげるような衝撃に襲われた。
「きゃあっ!」
トリスタンに再び抱きとめられ、私も彼の服をしっかりと握り締めながら揺れに耐える。
地震が起きるのが早い。しかも、階段の下からまるで大地の唸り声のような音が響いてくる。
パラパラと落ちてくる砂屑に、嫌な予感が頭をよぎった。
「あの、ここ……崩れてしまいませんよね?」
「さあな。私も初めて入るのだから、知るわけがないだろう」
ということは、天井が崩れ落ち生き埋めになる可能性もあるということだ。
そうなると、シロが呼び出せない今、助かる方法はゼロに等しい。こんな所で生き埋めになれば、誰かに見つけてもらうことも難しいだろう。
「うう……。だったら知っていることを教えてください。何の目的でこの階段を降りているのですか? この下に何があるのですか?」
続く揺れの恐怖を誤魔化すように声を張る。
また答えてもらえないかと思ったが、トリスタンは私を憐れに思ったのか口を開いた。
「火竜と契約を交わした初代王の伴侶、初代王妃は竜人族だったそうだ」
「え? ああ……離宮に肖像画が飾られていました。確かに銀の髪に水色の瞳の女性でした。やはり、初代王妃は竜人族だったんですね」
「王妃の指輪には、火竜の魔力が込められている。それを解放することで入り口の鍵が開く仕組みだ。火竜の魔力は、竜人族にしか解放できない」
「では、本当に私は……」
鍵を作動させた私は竜人族だと証明されていたらしい。
半信半疑だったのに、とどめを刺されてしまった。
父は……恐らく母や私が竜人族の血筋だと知っていたのだろう。
思い返してみると、精霊と契約出来ないはずの私がシロを契約をした時、父はかなり動揺していた。
しばらくして地震が治まると、トリスタンは階段の先を見据えて言った。
「火竜は初代王妃とその番の王を信頼していた。その結果をお前も知るべきだ」
明日も更新予定!!
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