第百二十七話 夢か現の湖離宮
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「湖の上に神殿がある……ということは、ここは離宮?」
凪いだ水面の上に浮かぶ小さな神殿は、古都の大神殿の次に歴史のある、聖なる建築物だ。
歴代の王妃に愛されていたという小神殿は、現在王太子であるノアが所有しているはず。
王妃の指輪もだが、国王は前王妃にまつわるものは、エレノアではなく出来るだけノアに継がせたかったのだろう。
「気を失っている間に、王都に戻ってきたの? でも、どうして。トリスタン様が私をここに連れて来た……?」
なぜ。一体どうやって。
わからないことだらけだが、ここにいても答えら得られないだろう。
まずは部屋を出ようとした時、部屋の壁に飾られている絵に気がついて足を止めた。
「この絵は……先代王妃様?」
美しい装飾の額縁に入れられていたのは、ふたりの女性の絵だった。
ひとりは黒髪の、理知的な眼差しの貴婦人。ノアに肖像画を見せてもらったことがあるので、すぐに先代王妃だとわかった。
「それから、私のお母様よね、これ……」
先代王妃の横で、共に椅子に腰かけ微笑んでいるのは、私の部屋に肖像画が飾られているその人。私と同じ銀を持つ、母だった。
「ふたりは仲が良かったの? 一緒の絵がここに飾られるくらい」
自分の母親とノアの母親が並んでいる絵。
私はそれを不思議な気持ちで見つめた。もうとうに亡くなっているふたりだが、妙に近くに存在を感じる。
ノアは以前、私の母に会ったことがあると言っていた。それは先代王妃と私の母が友人だったからだろうか。
そういえば、私が王都を出るとき、父は何かあれば離宮へ行けと言っていた。
古都に向かおうというのに、なぜ離宮なのか不思議だったけれど、ここに何かあるのだろうか。
まだまだ私の知らないことがある。
知りたければ誰かに尋ねるしかない。私はそっと部屋から廊下に顔を出し、辺りを見回した。
「……誰もいない」
室内同様、廊下はシンと静まり返り、物音ひとつしない。
まるでこの離宮の中には、私ひとりしかいないかのような静けさだ。
普段使われない離宮であっても、管理する人間は必ず置かれているはずなのに。
「これって逃げるチャンス? でも、逃げるって……何から?」
私をここに連れてきたのがトリスタンなら、彼もこの建物の中にいるのだろう。
トリスタンと遭遇したら、私は逃げるべきなのだろうか。
彼は敵なのだろうか。実は教団に送りこまれた王妃のスパイだったのだろうか。
セレナのように、私も人質にする為に王都に連れ戻したのだろうか。
(だとしても、どうして王宮ではなく離宮なのかしら)
やはり答えは出ない。トリスタン本人に聞くしかないだろう。教えてくれればの話だが。
尋ねるより逃げる方を優先させるのが正解なのだろう。
けれど私は、私や母によく似た風貌の彼を、どうしても敵と思うことが出来なかった。
「ここが本当に離宮なら、王宮まで行けばノア様に会えるかな」
行こう。ノアや父たちの無事を確かめたい。
トリスタンの真意を確かめるよりも、そちらのほうがずっと重要だ。
私は音を立てないよう、警戒しながら部屋を出た。
一度目の人生含め、離宮に来たことはないので、建物の構造がわからない。右と左、どちらに向かうべきか迷いながらも歩き始めた。
離宮は想像していたよりも広かった。やがて階段を見つけ、ほっとしながら降りていく。
もちろん、周囲を警戒することも忘れない。
両階段が交差する踊り場に降りると、部屋にあったものよりも大きな肖像画が飾られていた。肖像画に描かれていた人物を見て、私の呼吸が一瞬止まる。
「え? これって――」
描かれていたのは一組の男女。
ひとりは青みがかった黒髪に、青い瞳を持つ若い男性。どことなく、ノアに似ている。
もうひとりは椅子に腰かけた、凛とした表情の女性だ。
その女性は銀の髪に水色の瞳をした、少女と言ってもいい年頃で――。
「私……?」
私とそっくりな女性が、額縁の中からこちらを見ていた。
「なわけ、ないよね」
私はこんな絵を描いてもらった覚えはないし、隣に立っている人も知らない。他人の空似だ。
絵の下にプレートが飾られていることに気づき、目を凝らす。
プレートにはこう彫られていた。
「初代国王夫妻? じゃあ、この人……」
私と瓜二つなこの女性は、初代王妃ということか。
(偶然……なんてこと、あるかしら)
トリスタンは、私を同族だと言った。同族で、数少ない生き残りであると。
同族だから、同じ銀髪と水色の瞳を持っている。
だとすれば、初代王妃も私たちと同族、ということになるのだろうか。
「私たちは、忘れ去られし一族、森の民なのですか……?」
初代王妃に語りかけるも、答えを得られるわけはなく。
私は肖像画に向かって一礼し、階段を降りていった。
一階のエントランスにもやはり人の姿はなく、私は離宮の外へ出た。
ここには誰もいないのだろう。ようやく警戒心は緩まり、肩から力が抜ける。
「中には誰もいなかった。やっぱりこのまま王宮に向かうしかないか」
離宮と湖の位置から、王宮がある方角に見当をつける。
遠くまで見渡そうと目を凝らすが、見えるのは広い湖と、その奥の林だ。
確か離宮から王宮まではなかなかの距離がある。私の足で歩いていては日が暮れるどころか、日付をまたいでしまうかもしれない。
「シロ、おいで」
あまり目立ちたくはないが、ここはシロに乘って空をひとっ飛びするのがいい。
そう思い名前を呼んだが、いつもならすぐに宙に現れるのに、少し待っても白い獣は現れない。
「……シロ? 聞こえないの? シロ?」
何度か繰り返し名前を呼んだが、しばらく待ってみてもシロは現れなかった。
まさか昼寝でもしているのではないか。あの怠け者神獣ならあり得る。何せ王都の侯爵邸では食っちゃ寝生活だったのだから。
「もう。肝心な時にいないんだから……」
文句を口にしながらも、不安が募る。
これまで名前を呼んでシロが現れなかったことは一度もないのだ。
「もしかして、これって夢の中なのかな? だからシロが出てこない、とか」
だとしたら、神殿に行けば創造神デミウルがいたりするのかもしれない。
湖の上に立つ白い神殿を見つめ、ひとりうなずく。
「……行ってみるか」
湖畔から伸びる石橋は、古いが頑丈な造りをしていた。
透きとおった湖面を眺めながら浮島に建つ神殿に向かう。
「本当に綺麗なところね。歴代王妃様に愛されていたのもわかるわ……」
ここに、私の母も来たことがあるのだろうか。先代王妃と一緒に。
想像しているうちに、小神殿にたどり着く。
扉は閉まっていたが、鍵はかけられていなかった。そっと扉を開けたが、古い建物なので軋む音が大きく響く。
緊張しながら中に入ると、神殿内は薄暗く、所々窓から差し込む光に照らされた部分だけが淡く輝いていた。
「失礼いたします。どなたかいらっしゃいますか?」
王妃側の手先がいないことを祈りながら、声をかける。
しかし返事はない。
「神官様? いらっしゃいませんか?」
離宮と同じように無人なのか。
やはりここは夢の中で、デミウルが私を待ちかまえていたりするのだろうか。
などと考えながら奥の祭壇に目をやると、誰かが立っていることに気づく。
「あなたは――」
そこにいたのは、味方か、裏切者か。
私と同じ色を持つ銀の騎士が、デミウルと火竜の像の下に佇んでいた。
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