第百二十六話 銀の騎士の使命
いよいよ明日、毒殺令嬢のコミックスが発売されます。
KADOKAWAフロースコミックより、1・2巻同時発売ですよろしくお願いいたします~
ヨガポーズ紹介してくれてるオリヴィアが可愛くてきゅんです!
大地の唸り声のような音が響き渡る。
(また地震⁉)
これまでで一番強く揺れを感じ、足元がふらつく。
パラパラと上から石が落ちて来てハッとした。
ここは崖崩れが起きた場所。この地震で再び崖が崩れるかもしれない。
その可能性に気づいた時には、既に事は起きていた。
崖の上から岩が転がり落ちてくるのが見えた。けれど、体が動かない。
「オリヴィア様!」
ヴィンセントがこちらに駆けてくる。手を伸ばしてくる。
けれど、間に合わない。
シリルが私を守るように前に出た。
その瞬間、銀の風が吹く。
トリスタンがシリルを、ヴィンセントに向かって放り投げる。その反動を使うようにして、私を抱えて飛んだ。
「きゃあっ⁉」
トリスタンに抱えられながら地面を転がる。
地鳴りと共に大地が揺れるのを感じ、ここで死ぬのかと本気で思った。
トリスタンの腕の中から、すぐ傍をいくつもの大岩が転がり落ちていくのが見えた。
直後大量の土砂が崖を流れていくのを、私はぼう然と見送った。
地鳴りが止み、土砂の流れが止まっても、バクバクと鳴る心臓の音はなかなか治まらなかった。
「……収まったか」
安全だと判断したのか、やがてトリスタンが私の上から身体をどかせ、立ち上がった。
彼の手を借りながら私も立ち上がる。
「これは……」
私とシリルがいた場所は、何本もの倒木と大量の黒い土砂で埋まっていた。
あのままあそこにいたら、私たちは土砂に飲みこまれ崖下に流されていただろう。
「トリスタン様、ありがとうございました」
震える手をギュッと握りながら頭を下げる。
トリスタンは何も言わなかった。
「完全に土砂で道が塞がれてしまいましたね」
私の背の何倍もの高さの土砂を見上げ、途方に暮れる。
馬車と馬はこちら側に停めていてかろうじて無事だったけれど、これでは進むことは出来ない。
「ヴィンセント卿! シリル様!」
呼びかけてみたが、返事は聞こえない。
まさか、ふたりとも土砂に飲みこまれてしまったのだろうか。
いや、シリルの体をヴィンセントは受け止めていた。彼ならシリルを守り土砂から逃げることは出来たはず。
「おふたりは無事でしょうか……」
怪我などしていなければいいのだが。
いや、怪我をしていても、大神官のシリルがいれば回復できるだろう。
私は黙ったままのトリスタンを振り返り尋ねた。
「トリスタン様。なぜシリル様ではなく、私を守ってくださったのですか?」
「……俺が神子を守るのはおかしいか?」
「でも、あなたは大神官シリル様をお守りするのが使命の、神殿騎士なのでしょう?」
私の問いかけに、トリスタンは更なる疑問を抱かせるようなことを答えた。
「俺はいま神殿に属してはいるが、大神官を守ることが使命ではない」
「それはどういう――」
聞き返しかけて、私は首を振った。
「……今はそんな話をしている場合じゃありませんね。向こう側にいるおふたりと合流しなければ」
まずはふたりの無事を確かめないと。
来た道を戻るにしても、進むにしても、話はそれからだ。
「まずはシロを呼び出して、土魔法で土砂を……。いえ、シロに乘って向こう側に飛んだほうが早いですね」
土砂をどうにかするのはその後でもいい。
そう考え、シロを呼び出そうとした時、土砂の向こうから声が聞こえた。私を呼ぶ声。シリルとヴィンセントのものだ。
ほっとして返事をしようとした瞬間、首の後ろに衝撃を受けた。
ぐわんと脳が揺れるような感覚に襲われる。何が起きたのかわからない。
体が傾く。倒れていく途中、私をじっと見下ろすトリスタンが視界に映った。
(一体、なぜ――……?)
答えは得られないまま、私は意識を手放した。
***
歌が聴こえた気がして、私はゆっくりと目を覚ました。
ぼんやりとした視界に映るのは、見覚えのないベッドの天蓋。
私はひとり、大きなベッドに横になっていた。
「ここは……?」
身を起こして辺りを見回す。そこは村の宿屋とはまるで違う、貴族が使うような調度品が揃えられた広い部屋だった。
明るいが静かで、人の気配がまるでしない。
「私、どうして……」
自分がなぜこんな所にいるのかわからない。
どうして私はひとりでここで寝ていたのだろう。
「そうだ。また地震が起きて、崖が崩れてきて、それで……」
ヴィンセントとシリルと分断されてしまったのだ。
合流しようとしたが、誰かに気絶させられた。
誰か、と言ってもあの場にはトリスタンしかいなかった。
なぜトリスタンが私を気絶させたのか。シリルやヴィンセントはどうなったのだろう。
「それに……ここ、どこ? まさか古都に来ちゃったの?」
私を古都に連れて行くのに、気絶させる必要があるだろうか。
私が古都に行くことを迷っているとに気づいたからだろうか。
ふとベッドにドレスが数着無造作に置かれていることに気が付いた。
改めて自分の格好を見ると、気絶する前にしていた変装のまま、あちこち土がついた状態だった。
靴もそのままで、眠る私に触れないよう気を遣ってくれたのだろうが、ベッドが汚れてしまっているのがわかって、申し訳ない気持ちになる。
迷った末に、私は飾りの少ないドレスに着替えた。
サイズが少し小さく、デザインも古めかしいものだった。誰かのドレスなのだろう。必ず返します、とひとり誓う。
ベッドを離れ、窓辺に寄る。
窓を開け放つと、そこに広がっていた美しい光景に息を呑んだ。
「これは、海……じゃなくて、湖?」
目の前には、広大な水面が日の光を反射させ、キラキラと眩く輝いていた。
海のように寄せては返すような高い波はない。水面は風に吹かれ、柔らかく揺れている。これは大きな湖だ。
その湖の中心に、白い建物が見えた。それは湖畔から伸びた石橋で繋がった神殿だった。
そろそろラブを書かないと色々な所から怒られそうだなと思っているがラブの入れどころがなくて半ば諦めている作者。糸四季っていうらしいよ。




