第百二十五話 ふたりの王太子
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馬車に揺られながら、私はぐったりと壁にもたれ目を瞑っていた。
村を出発して半日ほど経った。馬車は今、王都と古都の間に位置する山道を走っている。
舗装された道ではないことと、貴族仕様の馬車ではないので、揺れと衝撃がひどい。
あまり眠れていないのもあって、どんどん気分が悪くなる。
出発前に聞かされた王都のことも気がかりで、頭痛に吐き気まで起こる始末。
情けない。心を強く保たなければ。
「オリヴィア、大丈夫?」
向かいのシリルが、大きな目をうるうるさせながら顔を覗きこんでくる。
一瞬、デミウルと間違えて殴りそうになったのでやめてもらいたい。
「大丈夫です……。少し酔った、だけですから」
「ごめんね。馬車で通れる道がここしかなくて。山を迂回すると遅くなっちゃうし、もっと早く山を越えるなら馬車を捨てて、馬で行くしかないからなぁ」
馬より、シロに乘って移動したい。
燃費が悪くて長距離移動は出来ないし、人目に付きやすいけれど。いま
「気休めだけど、回復魔法をかけておくよ。どうしても辛かったら眠りの魔法もかけられるから言ってね」
「ありがとうございます……」
シリルが光魔法をかけてくれると、全身が淡く輝き始めた。
身体のだるさが消えていくのと同時に、セレナの魔法を思い出す。
セレナがかけてくれた魔法はとても温かかったな、と。
シリルの魔法も微かな熱を感じるが、セレナの魔法は全身を柔らかな毛布で包まれるような温もりと安心感があった。
大神官であるシリルに問題があるわけではない。むしろ魔法に関してはレベルの低いセレナよりシリルのほうが長けている。
だからあれは、聖女であるセレナが特別だということなのだろう。
人に多幸感を与えるほどの癒し。純粋で慈愛に満ちた、神様に愛された特別な聖女だけが持つ力だ。
セレナは今、どこにいるのだろう。無事でいるだろうか。恐ろしい思いをしてはいないだろうか。
シリルの魔法のおかげで頭痛が治まったところで、馬車がゆっくりと停車した。
窓からシリルが外を確認し「崖路に出てたみたい」と言って、扉を開ける。
「トリスタン。どうしたの?」
馬から降りていたトリスタンが、前方を見ながら答えた。
「崖崩れがあったようで、道が塞がれている」
シリルと私は馬車から顔を出し、道の先を確認する。
土砂と私の腰ほどの高さのある岩等で、確かに崖沿いの道が一部塞がれてしまっていた。
「それは困ったなぁ。引き返す?」
「いや。そうひどくはないから、岩や土砂をどける」
完全に道が塞がれているわけではないから、引き返すよりは確かに時間はかからないかもしれない。
それでも今から土砂を片付けるとなると、日が暮れてしまいそうではあるが。
「手伝おうか?」
「いらん。邪魔だ」
素っ気なく言うと、トリスタンは先に岩の撤去作業を始めていたヴィンセントの元に向かった。
ヴィンセントは土魔法で土砂と岩を崖下へと押し流そうとしている。
トリスタンは何をするのかと思えば、倒木に一瞬で火をつけた。彼は火の精霊と契約しているらしい。
私もシロを呼び出して手伝ったほうがいいだろうか。
「オリヴィア、向こうを見て」
シリルが崖の端に立ち、遠くを指さし言った。
その方向を見ると、広がる森のずっと奥の方に、町らしきものが見える。
「あれが古都だよ。大神殿がある、我らが神の家」
「あれが……」
この山を越え森を抜ければ、古都に着く。着いてしまう。
本当にそれでいいのかと考えたた時、ピィ! と鳥の鳴き声が響いた。
空を見上げると、大きな鷹が舞い降りてくるところだった。
驚く私の横、シリルが腕を伸ばし、そこにバサリと鷹が羽を広げながら止まる。
「教団の鷹だよ」
鷹の脚にくくられていた筒を抜き、中から手紙を取り出したシリルは、内容に目を通し眉を寄せた。
「王都近くの町からの報せだ」
「王都で何かあったのですか」
「とうとうハイドン公の率いる反乱軍の将に、第二王子が正式に立ったみたいだよ」
「ギルバート殿下が……?」
憂いを帯びた若葉色の瞳を思い出した後、連れ去られるセレナの姿が頭に浮かんだ。
震える手で、口元を覆った。
「セレナ様を人質にとられたからだわ」
確信した私の言葉に、シリルが鷹を空に放ちながらうなずく。
「第二王子が王位を狙っていたわけじゃないなら、そうかもね」
「私のせいだ……! 私が、セレナ様をお守りできなかったから!」
顔を覆って叫ぶ私に、シリルは「それは違うよ」と慰めを口にした。
「聖女を守るのは、神子の役目じゃないでしょ。これは私たち教団側の落ち度だよ。第二王子に頼まれてたんだからね」
その言葉は間違いではないのかもしれないけれど、あの時セレナの傍にいたのは私だ。
私なら、セレナを守ることが出来たはずだった。
油断していなければ、もっと早く気づいていれば、もっと判断を早くしていれば。
「……ギルバート殿下は王位を狙ってなどいませんでした。王太子は兄だと、彼はいつも一歩引いていた。異母兄のノア様のお力を認めていらっしゃったのです」
後悔ばかりが口から出そうになる。それ以外はギルバートを擁護する言葉しか、今は思い浮かばなかった。
「そうみたいだねぇ。むしろそこまで第二王子が王太子を認めて立てていることは奇跡だよ。母親が違って、でも年は一緒で、第二王子の母親が現王妃。自分もライバル視したくなるだろうし、周りだって比べてくるでしょ」
「ええ、もちろん。幼い頃からそうだったようです」
「だとしたら、第二王子はよほど出来た人だね。二番目であることが惜しいくらい」
然もありなん、と思いながらも私は沈黙を通した。
本来であれば、王太子になっていたのはノアではなくギルバートだ。私がノアを救ったことで、本来物語の主役になるはずだったギルバートが、第二王子という脇役になってしまった。
ノアの王太子としての資質は本物だけれど、ギルバートにも同様にその資質はあるはずなのだ。
それなのに、ヒーローであるはずのギルバートが、反乱軍の旗頭として祭り上げられてしまった。セレナのことも合わせ、こうなったのは私のせいで間違いなかった。
ノアもギルバートも争うことなど望んでいないのに、大変なことになってしまった。
元凶である私は、なぜここにいるのだろう。こんな所にいていいはずがない。
「王都の騎士団のほとんどが王太子側についたみたいだけど、ハイドン公率いる貴族派の軍は破竹の勢いで王都に迫り、あっという間に陣を敷いたらしい。第二王子が擁立されたことで、いつ決戦の火蓋が切られてもおかしくない。現状、王太子側が数的不利――だって」
「そんな……」
ノアとギルバートが剣を交える姿等、想像できない。
やはり私はこんな所にいるべきではない。今すぐにでも戻らなければ。そう思った時――。
「大誤算だ」
手紙を握り潰しながら、普段より低い声でそう呟いたのはシリルだった。
デミウルによく似た横顔が、初めて見る冷え冷えとした表情を浮かべていた。
「……え?」
「聖女が奪われた今、何としても王太子に勝ってもらわないといけないのになぁ」
「シリル様、一体何を――⁉」
いつもと様子が違うシリルに不穏な空気を感じた時、突然下から突き上げられるような衝撃があった。
フルカラー毒殺令嬢は2月17日に、1、2巻同時発売されまっせ!!!
ちなみにわたし作者なんですが、コミック単行本になることも発売日も、ネットの発売情報botでまず知りました。
そんな自分が面白過ぎて早く誰かに言いたかったのでここで皆さんにバラしちゃった。
作者に同情した方は、コミックス買ってね!!!!!




