第百二十二話 王家の闇
寒波の勢いが止まりませんが、皆さま生きてますか?(わたしは半死です)
森を抜けた先にあった小さな村。その村唯一の宿屋の一室で、私はベッドに腰かけながら、もうひとつの空いているベッドを眺めた。
本当は、あのベッドはセレナが使うはずだった。
森の中で拉致されてしまったセレナ。
あの後、呼び出したシロにセレナを追ってもらったけれど、彼女が戻ることはなかった。森の中は例の臭い匂いでいっぱいで鼻が利かないと、消沈した様子のシロだけが帰ってきた。
「オリヴィア様……」
入り口に控えていたヴィンセントが、私の何度目かのため息のあと声をかけてきた。
「申し訳ありません」
深く頭を下げるヴィンセントを横目に、私は俯いたまま、またため息をついた。
「それは、何に対しての謝罪ですか」
「オリヴィア様の安全を優先させ、聖女様を助けなかったことです」
言いにくいだろうに、こんな時でもヴィンセントは淡々と話す。
私は苛立ちを口にしてしまいそうになったけれど、唇を噛みしめ耐えた。彼を責めるのはあまりに理不尽だ。
「……ヴィンセント卿は悪くありません。それに、あなたはもしあの時に戻ったとしても、また同じ選択をするでしょう?」
「……はい」
「正直ですね。では謝る意味はありません。私のことを守ってくださり、ありがとうございます」
「オリヴィア様」
「でも、申し訳ありませんが、今はひとりにしてください」
顔を上げないまま私がそう言うと、ヴィンセントはしばらく沈黙のまま立っていたけれど、やがて静かに部屋を出ていった。
ため息が止まらなかった。
ヴィンセントは悪くない。彼に腹が立っているわけではない。腹が立っているのは王妃に。そして、彼女の一番傍にいながら、助けることの出来なかった自分にだ。
私こそ、後でヴィンセントに謝ろう。ひとりそう反省した時、ノックがあって、現れたのはショタ神……ではなく、シリルだった。
「ヴィンセント卿に何を言ったの? 珍しくしょげてたよ」
「そうですか……」
しょげていた、という言葉に、耳と尻尾を垂らした大型犬の姿が頭に浮かぶ。
シロを呼び出してモフモフを堪能してもらえば、元気になってくれるだろうか。
「元気がないね」
当然のことを言われ、私は沈黙する。
王妃の手先に捕らわれた、ぐったりした様子のセレナが頭から離れない。
セレナの追跡を諦め、この村に到着するまで半日が経っていた。もう彼女は目覚めただろうか。恐ろしい思いをしていないだろうか。
「セレナは大丈夫だよ。聖女を殺す理由はないし、殺すつもりならわざわざ連れ去らない。命の危機はないだろう」
殺すなどと、聖職者が簡単に言わないでほしい。
一瞬浮かんだ最悪な想像を頭から振り払うように、私は顔を上げた。
「セレナ様を連れ去った目的は、一体何でしょうか」
「私は政治的なことには疎いほうなんだけど……。まあ、人質か、大義名分の為か、もしくは聖女の光魔法が必要か。そのどれかなんじゃない?」
セレナが使うはずだったベッドに腰かけ、シリルが答える。
女性の部屋だという遠慮はないようだ。
「でも正直セレナはまだまだ成長途中だから、光魔法が必要なら私を連れ去ったほうがいいよねぇ」
「確かに、そうですね」
「だから消去法で人質か、大義名分の為かだろうね~」
まるで他人事のように話すシリルに違和感を覚える。
なぜ彼はまったく焦った様子がないのだろう。神官にとって聖女とは、特別な存在ではないのだろうか。大神殿で保護すると、神官たちが会えるのを心待ちにしているのだと、私たちに語っていたのに。
「でも王妃と敵対しているのは王太子殿下でしょ? 王太子にとって聖女は人質になるのかな?」
こてんと首を傾げて私を見るシリルに、私は目を伏せる。
(多分、ならない。ノア様は聖女と国なら、迷わず国をとるわ。でも、ギルバートにとっては……)
セレナを盾にとられたら、ギルバートは王妃には逆らえないだろう。ギルバート自身がノアと敵対する意思がなくても、王妃の言いなりになるしかない。
「聖女が人質にならないなら、大義名分の為だろうね」
私が王族ならそうする、と呟いたシリルに驚いた。
思わずデミウルと瓜二つな顔をまじまじと見てしまう。
「何? 大神官がなんてこと言うんだって思った?」
悪そうな笑みを浮かべるシリルに、戸惑いながら頷く。
「ええ……正直に言うと」
「私だから言うのさ。今の王族には詳しくないけど、王家の過去ならよく知ってるからね」
「王家の過去、ですか……?」
シリルは両足をぶらぶらと揺らしながら、梁が剥き出しな天井を見上げる。
「今も変わらず、王家は欲深いね。オリヴィアは、なぜ遷都が成されたか知ってる? 古都ヘリシアギが聖域と呼ばれる理由は?」
「歴史書には、そのような神託があったと書かれていましたが」
お妃教育で学んだことを思い出しながら私が答えると、シリルは軽く首を振る。
「そんな神託は存在しない。王家が捏造した偽の記録さ」
「捏造? 王家が?」
考えたこともなかったことを言われ、私は信じられない気持ちでシリルを見た。
シリルとトリスタンが古都からやってきたことは乙女ゲーム【救国の聖女】でもあった設定だが、古都が古都となった由来までは公表されていなかったはずだ。
「現王家はね、昔々、森の番人たちをそそのかし、神の遣いである火竜を今の王都に移したんだ」
「王都に火竜を? え……ええ!? では、王都に火竜がいるのですか⁉」
驚きのあまり立ち上がった私を見上げながら、シリルは肩をすくめた。
「さあ。今もいらっしゃるのかは不明だ。何せ御姿が確認できなくなって何百年と経っているからね」
「あ……そう、ですよね」
火竜は山のような巨躯で、大きな羽は空を覆うと言われている。
そんな火竜が王都にいれば、誰だって気づくはず。やはり火竜は神話の中の存在であるか、王都から既に棲み処を移したか、とっくに亡くなっているかのどれかだろう。
不敬すぎるので、とても神官の前でそれを口にするわけにはいかないが。
「神官は神に仕えし者であり、当時神の遣いである火竜にも同じようにお仕えしていた。それを火竜を独占していると言いがかりをつけ、古都近くの森にあった竜の棲み家を、王家が勝手に移してしまった」
「本当なのですか? でも、一体なぜ……」
「自分たちこそ神の遣いを独占したかったってわけ。吐き気がするほど強欲じゃない?」
シリルは笑顔で言ったが、その目は笑っていなかった。
王家を軽蔑していると、彼の目が物語っている。王家と教会の不仲は、遷都がきっかけだったのかもしれない。
「火竜の移動とともに、ほとんどの森の番人たちも王都近くの森に移ったけど、火竜の姿が消えると同時に、彼らもいなくなってしまった。邪魔者として王家に始末されたのだろうと、大神殿の記録に残されている」
「そんな、まさか……」
「神子であり、未来の王太子妃である君は、そんな王家の所業をどう思う?」
母の子守歌をかつて歌っていた、忘れ去られし一族。
その一族を、王家が滅ぼした?
神子としての資質を試すかのようなシリルの言葉に、私は何も答えることができなかった。
鬼畜の所業!!!




