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毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで【小説・コミックス発売中☆タテスク連載中!】  作者: 糸四季
大神官と神殿騎士の章

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第百十九話 告白と警告


 森の夜は、想像以上に静かで暗かった。

 高い木々が夜空の星を隠し、焚火の明かりだけがごく狭い範囲を照らしている。

 森の途中まで進んだ所で日が沈み、私たちは野宿をすることになり、少し開けた場所で火を起こしていた。



「まさかセレナが魚釣りの名人だとは、意外だったなぁ」



 焚火の傍で焼かれる魚をじっと見つめながら、シリルは楽しげに言った。

 それにセレナが照れ笑いをする。



「名人というほどでは……。私、元々平民でしたから、友だちと川で魚を釣るのは夕食の調達であるのと同時に、遊びでもあったんです」


「いいなぁ。私は今日初めて魚釣りをしたよ。釣れなかったけど。次は釣れるかなぁ」


 無邪気なシリルの言葉に、親戚にあたるヴィンセントが思わずと言った様子で口を挟む。 


「大神官。神官は殺生は禁止のはずでは」


「ヴィンセント卿。固いこと言わないで。今の私は商会主の跡取り息子、シリルだよ」



 唇を尖らせたシリルに、ヴィンセントは「はぁ」と納得しているのかいないのか、微妙な返事をする。

 先ほどの言葉も、シリルを咎めたというよりも、ただの確認だったようだ。

 すぐに興味を失くしたように、傍らで寝そべるシロをそっと撫で始める。


 野宿の癒しと温もり要員としてシロを呼び出したのだが、デトックス料理が作れない状況だとわかると、食いしん坊神獣はふて寝を始めてしまったのだ。

 寝ているだけでもヴィンセントにとっては充分癒し要員のようなので、そのままにしておくことにした。

 ちなみにヴィンセントの中の毒を私が吸収したことで、彼の中から魔族の匂いが消え、シロが「臭い」と嫌がることはなくなった。ヴィンセントが珍しく、わかりやすく喜んでいた。


 ふたりのやり取りに、セレナが笑って同意する。



「そうですね。私もただの平民のお世話係です」


「そうそう。他には? セレナは子どもの頃何をしてたの?」


「他に、ですか? うーん……。あっ。こう見えて、木登りが得意でした」



 ちょっぴり自慢げに胸を張るセレナ。

 その愛らしさに私は胸をキュンキュンさせたが、シリルはそれよりも驚いた様子で目を丸くする。



「木登り⁉ これはまた意外なところついてきたなぁ」


「うふふ。この辺りの木に登りたくて、さっきからうずうずしてます」



 ヴィンセントがシロに夢中に、セレナとシリルが子どもの頃の話題で盛り上がっているのを見て、私はそっと焚火の輪から抜け出した。

 トリスタンを探すと、少し離れた所で倒木に腰かけている彼を見つけた。



「トリスタン様。お聞きしたいことがあるのですが」



 腕を組み目を閉じていたトリスタンは、顔を上げて私を見ると目を細めた。



「また、母親のことか」


「はい。以前、私の母が何者か本当に知らないのか、とおっしゃいましたよね。トリスタン様は母について何かご存じなのでしょう?」


「なぜ、そう思う」



 私と同じ色の瞳が、じっと私を見上げてくる。

 やはり対峙すると不思議な気持ちになった。懐かしいような、そうでもないような。妙な親近感と、引力のように惹かれる感覚。



「先日の授業でトリスタン様が読み上げられた聖歌ですが、あれは母がよく歌ってくれた子守唄でした。母の記憶はあまりないのですが、あの歌はなぜか覚えているのです」



 これは間違いなくオリヴィアの、私自身の記憶だ。

 前世とは関係のない、乙女ゲーム【救国の聖女】には登場しなかったこと。



「あれは子守歌ではないのですか?」



 トリスタンの視線を正面から受け止めながら問いかける。

 お互いしばらく黙って見つめ合っていたけれど、先に視線を地面に落としたのはトリスタンだった。



「……お前の言う通り、あれは子守歌だ」



 ドクンと大きく心臓が脈打つ。

 やはり、あの聖歌は母が聴かせてくれていた子守歌だったのだ。



「では……」


「そして私は、お前の母を知っている」



 あっさりと肯定を示したトリスタンに驚いた。

 まじまじと彼の整った顔を見つめる。伏せられていた銀色のまつ毛が持ち上げられ、泉のような瞳が私を見上げた。



「ほ、本当ですか? やはり、血の繋がりが?」


「まあ、遥か昔を辿れば繋がりはあるのかもしれない」


「それは、どういう……?」



 随分と遠回しな表現に戸惑うと、彼はおもむろに立ち上がり、私を見下ろした。

 骨ばった手が伸ばされ、私の髪をそっとひと房手に取る。

 まるで壊れ物を扱うような、慎重な手つきだった。



「我々は同族。そして数少ない生き残りだ」



 いつも温度の感じない低い声に、わずかに温かさがこもったような響きだった。

 ハッとして見上げると、トリスタンは目を細めながら私をじっと見つめていた。何かを、懐かしむかのように。


(同族? 生き残り? 一体どういうことなの)


 戸惑いで言葉の出てこない私に、トリスタンは続ける。

 私の髪を、指先でもてあそびながら。



「学園で私が教えたのは確かに子守歌だ。そして子守歌と対になるもうひとつの歌がある」


「もうひとつの歌、ですか?」



 トリスタンは頷き、顔を近づけてきた。

 まるで口づけをされるように感じて、驚き固まってしまう。



「目覚めの歌だ」


「め、目覚めの……」


「お前も知っているはずだ。目覚めの歌は古都の神官すら知らない、我々の魂のようなもの」



 私には何のことかさっぱりわからない。

 覚えているのは子守歌だけだし、魂などと言われても困る。

 それを言うなら、アラサー日本人だった前世の私こそが魂だと思うのだけれど。



「私は子守歌しか覚えていないのですが」


「聞いているはずだ、必ず。どちらか片方では意味を成さないのだから」



 ますます意味がわからない。

 もっと直接的な答えがほしいと思った時、背後でカサリと葉を踏む音がした。



「ふたりで何を話してるの?」



 振り返ると、焚火の前にいたはずのシリルがすぐ傍に立っていた。

 トリスタンの手が、私の髪から離れていく。



「あ……い、いえ。古都や大神殿について聞いていました。私は古都に行ったことがないので、少し不安で」


 するとシリルについてきたらしいセレナがひょっこり顔を出す。


「実は私もないんです。聖域と呼ばれる場所ですし、格式高い所なんだろうなって、ちょっと心配で」



 にこにこと笑うセレナは、馬車の中で意気消沈していた姿とは別人のように、すっかり元気を取り戻していた。

 私たちの言葉に、シリルは若干あきれたように笑う。



「神子と聖女がそろって何を言ってるんだか~。古都はいい所だよ。王都と違って栄えているわけじゃないけど、静かで、趣きがあって、美しい。朝日が昇ると都全体が照らされ白く輝くんだ!」


「それは素敵ですね! 見てみたいです」


「見せてあげる。さあ、そろそろ魚が焼けた頃だよ。食べよう」



 セレナとシリルが焚火の傍へと戻っていく。

 私も続こうとした時、背後に立ったトリスタンが囁いた。



「大神官を信用し過ぎるな」


 その不穏な囁きに思わず振り返る。


「え……?」


「聖者が善とは限らない」


 トリスタンは淡々と言った。とても神殿騎士の言葉とは思えない。


「それは……大神官様は、悪ということですか」


「善悪は立場で決まるものではないということだ。そもそも善と悪のふたつにはっきりと分かれているわけでもない。ふたつは大抵混じり合っている。その混じり具合に違いがあるだけだ」



 確かにその通りではある。

 人には良い部分と悪い部分があるのは当然で、私だって神子などと呼ばれているけれど、元々は悪役令嬢。悪人だとは言わないけれど、完璧な善人だとも言えない。

 一度目の人生では神を恨んだし、今も割と根に持っているし、打算的だし、嘘もつく。



「では、その濃淡によると?」


「いいや。見る者の視点による、ということだ」



 つまり、熱心な創世教の信者にとっては大神官は間違いなく善だが、例えば異教徒にとっては悪になる、ということだろうか。

 だとすれば、私にとって大神官はどうだろう。善なのだろうか。悪なのだろうか。



『大神官を信用し過ぎるな』



 その言葉が、しばらく頭から離れなかった。


ヨガマットを新調しまして、気分を上げて悪魔崇拝に取り組んでいる作者です。

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