第百十五話 消えた敵影 【Noah】
数日お休みしてしまい申し訳ありません!
年末年始を潰してくれた仕事、やっと目処が立ちました! 三が日ずっと泣いてた!
王太子ノアが王宮前庭で騎士たちを揃え出陣の準備をしていると、大神官や聖女を秘密裏に逃がす為に外に出ていたアーヴァイン侯爵が戻ってきた。
ノアは近衛の隊長に指示を出してから侯爵に駆け寄る。
「オリヴィアは?」
ノアの問いを予想していたように、侯爵は礼を取りながらすぐに答えた。
「ご命令通り、大神官と共に王都から脱出させました」
「そうか。……古都まで無事にたどり着いてくれるといいのだが」
無事を祈ることしか出来ない自分に腹が立つが、ノアは王太子としての立場を捨てられない。
歯痒い思いを腹の中に押しこめ、空を見る。
オリヴィアは今頃、どんな気持ちで古都へと向かっているだろうか。
見送りすら出来ず、何の言葉も贈れなかったことが悔やまれる。
「……娘は最初、古都行きを拒否しましたよ。殿下をひとり残しては行けないと」
そう言ったオリヴィアの姿を想像し、ノアはグッと奥歯を噛みしめる。
「僕も、オリヴィアをひとり行かせるのは嫌だった。傍で僕が守りたかったさ」
「殿下の英断に感謝いたします」
アーヴァイン侯爵の慰めに、ノアは皮肉げに笑った。
今すぐ追いかけて抱きしめに行きたい。なぜ、それが出来ない。
敵がいるからだ。愛と平和を脅かす憎き敵が。
だったらその敵を一秒でも早く蹴散らし、排除し、抹消し、迎えに行けばいい。
「侯爵も彼女だけ送り出すのは不安だったろうに、よく残ってくれた」
「それが臣下の務めですから。娘には優秀な護衛騎士がついています。彼の実力は信頼できる。何より娘には創造神のご加護があります。必ず神がお守りくださるでしょう」
「神か……」
その神を、神子本人はどうも信頼していないような雰囲気が、普段から言葉の端々に感じられていた。
果たして神の加護を信じて良いものかどうか。
だが、今は信じて祈るしかない。
ノアは剣を取り、しっかりと前を見据えた。
「では行くぞ。まずは父上を救出せねば」
「はっ!」
ノアはアーヴァイン侯爵を始めとした第二騎士団の騎士たち、それから自身の近衛騎士を引き連れ王の寝所へと向かった。
途中王妃側の騎士たちと何度か戦闘になったが、予想していたよりも遥かに数が少ない。
不審に思いながらも、先頭に立ち剣を振るっていれば、然して時間もかからず寝所までたどり着いてしまった。
だが以前はいた寝所の前の護衛がおらず、その不可解さに思わず足を止める。
「……なぜ誰もいない?」
アーヴァイン侯爵と顔を見合わせる。
罠かもしれない、と警戒しながら中に入ったが、まったく人の気配がない。やはり中にも騎士どころか医官、侍従さえいなかった。
「見張りさえひとりもいないとはどういうことだ」
「やはり罠でしょうか。殿下、お気をつけください」
慎重に寝台に向かうと、空かと思ったそこには父王が横たわっていた。
あまりに血の気のない顔と、呼吸の音さえ聴こえないことに、ノアの頭には最悪なイメージが浮かぶ。
「父上……っ」
そっと父の口元に耳を近づける。
すると、止まっているように見えた息が、微かにかかった気がした。
今度は震えながら父の顔に手を伸ばす。
乾いた肌は温かい、とまではいかなかったが低くても温度は感じられた。
そのまま指を首筋に持っていく。すると弱々しいが脈が触れるのがわかった。
「王太子殿下。陛下はご無事ですか」
「……息はある。医官を呼べ!」
安心で膝が崩れかけたが、無理やり自身を奮い立たせ指示を飛ばした。
「寝所内を隈なく探せ! 王宮内で探せていないのは、ここと王妃宮だけだ!」
寝台を離れ、ツカツカと壁際に寄る。
壁掛けの燭台に手をかけ、強く下に引くと、棚が音を立てて動き、狭く暗い通路の入り口が現れた。
これは王族だけに知らされている、非常時に利用する脱出経路のひとつだ。
「この隠し通路内を念入りに探せ。中に敵が潜伏している可能性もあるから気をつけよ」
この通路を王妃が知っていたかはわからない。
随分とこの部屋を王妃の陣営に占拠されていたが、通路が発見されていなければ、宝珠はここにある可能性が高い。というか、他の隠し通路は捜索済みで、他に思い当たる場所がもうないのだ。
王妃宮も探せていないが、父王がそこに隠すことは考え難い。王妃が先に見つけ隠している、ということもないだろう。見つけているならば、早々に父王を害しギルバートを王位に就かせていたはずだ。
だから必ず宝珠はここにある。
その確信にも似たノアの願いは叶わなかった。探せども、宝珠は見つからなかったのだ。
「申し訳ありません、殿下……」
頭を下げる騎士たちに、ノアはため息をつきたくなるのを耐えながら首を振る。
「謝る必要はない。見つからなければ出口を塞げ。恐らくもうこの道は使えない」
王妃に見つかった可能性があるのなら、通路はまた別に作らねばならない。
新しく指示を出していると、アーヴァイン侯爵が戦況を報告してきた。
「殿下。王妃一派は王妃宮に集まり、抗戦の構えを見せているそうです」
「そこに王妃はいるのか?」
「今の所、王妃も第二王子殿下も姿を見せていないと」
「そうか。まだ向こうも宝珠を見つけたわけではない……」
言葉にしながら、違和感が膨らむのをノアは感じた。
ここまでずっと感じてきた違和。
なぜ、王妃は宝珠の在り処を掴んでいない半端な状況で動き出したのか。
このまま宝珠が見つからなければ、現状第二王子であるギルバートを王位に就かせる為に何枚もの壁を壊すような強硬手段を取らなければならなくなる。
念願叶いギルバートが王になったとしても、教会や民衆の反発は免れず、安泰の治世になるとはとても思えない。
前王妃を排除し、ノアの命を狙い続け、聖女を手にし、ここまで用意周到に動いてきたあの毒婦が、なぜここに来てこんな粗雑な手段を取ったのか。
考えても考えても、ノアには王妃エレノアの意図が読めなかった。
ふと、書棚を見ると小さな絵が飾られていることに気がついた。
描かれていたのは見覚えのある美しい貴婦人。今は亡きノアの母親、前王妃だった。
「殿下。いかがいたしますか」
「……アーヴァイン侯爵。現在王宮に残っているのは近衛隊と?」
「我が第二騎士団の中隊三隊です。他は全てブレアム総団長が率い、王都郊外にて陣形を広げ、ハイドン公爵軍の侵攻に備え待機しております」
王妃の父・ハイドン公挙兵の報せに王宮には激震が走った。
だがノアはいずれこうなるだろうことは、ずっと以前から予想していた。
ハイドン領はイグバーン王国一の広さを誇り、その中には辺境も含まれている。深い森の広がる山を有し、常に他国の侵略、それから魔獣の襲撃に備え軍を配備しているのは周知の事実。
そして最近軍事面の強化が進められているとの情報も得ていた。何か企んでいるだろうことは明らかであり、そこには必ずエレノアが関わっているだろうと考えていた。
侯爵の答えにうなずくと、ノアはマントを翻し騎士たちの顔を見据えた。
「では、近衛隊は国王陛下を安全な王太子宮へとお連れし警護に当たれ! 第二騎士団は二隊で王妃宮を包囲し、出入りを封じよ! こちらからは攻めず、出て来た者だけ拘束、連行するように! 残り一隊は僕に続け!」
騎士たちは王太子の命令に士気を上げ、勇ましく返事をすると一斉に動き出した。
そのまま剣を持ち寝所を出ようとしたノアを、アーヴァイン侯爵が慌てて止めに入る。
「殿下、どちらへ?」
「離宮へ向かう」
「離宮というと、大神官が祈祷を捧げた――」
「そう、湖の小神殿のある離宮だ」
その湖畔に建つ離宮は、歴代の王妃が所有してきた別荘で、ノアの母親である前王妃も深く愛した、思い入れのある建物である。
美しく透き通る湖は国の中心にあり、創造神デミウルがはじめて流した涙で出来たなどという逸話も、ある神聖な王都の聖域とされていた。
国王と前王妃が仲睦まじく余暇を過ごしていたことでも有名な離宮だった。
業火担、推しと離れ離れになり過ぎて世界燃やしそう




