第百十四話 大神官の過激な思想
皆さま、本年もどうぞよろしくお願いいたします!
途中、平民の使う簡素な馬車に乗り換え、私たちはそれぞれ変装をした。
商団関係者とその護衛という設定だが、ヒロインと攻略対象者、そして悪役令嬢という面子なので、どうしても華やかさは消しきれない。
こういう時に美形は不便だなと思う。メイク道具も一式そろえてもらえば良かったか。
平民女性の格好に扮したセレナは、王宮のある方向の空を見上げてはため息をついた。
「ギルバート殿下が心配なのですね」
私が声をかけると、セレナはハッとした顔をしてからうなずいた。
「心配です。色々な意味で……。あの、オリヴィア様。今回のことは、ギルバート様が望んでいたわけじゃないんです!」
「わかっています。ギルバート殿下は、いつもノア様を立てていらっしゃいましたし。おふたりの仲はそう悪いものではなかったと、私も思っておりますから」
諭すように私が言うと、セレナはほっとしたように肩から力を抜く。
「そう、そうなんです。でも、だからこそギルバート様のお心が心配で……。出来ればお傍にいたかった」
涙を耐えるように目を瞑り、セレナは祈る形に手を組む。
その姿を見ているだけで胸が痛んだ。
「以前から、ギルバート殿下はセレナ様を王宮から遠ざけようとされていましたね。今回のようないざこざには巻きこみたくなかったのでしょう。それに……」
言い淀んだ私に、セレナは「王妃様のことですよね」と悲しげに呟いた。
本来の物語であれば王太子になるはずだったギルバート。
彼はノアが生き延びたことで、現王妃の実子でありながら第二王子という複雑な立場になってしまった。
通常のギルバートルートでは、王妃と対立することはなかったはずだ。ただ、私のプレイしていないファンディスクでは、物語の真の黒幕は王妃となっていたようなので、もしかしたらそこで争うこともあったのかもしれないけれど。
俺様キャラでもギルバートはメインヒーロー。巻き戻り前の彼は私にとって冷たい人だったけれど、本質は善良で心優しいと今はわかっている。
そんなギルバートにとって母親が引き起こしたこの状況は、どれだけ彼を苦しめているだろう。
「ギルバート殿下から、何か聞いていらっしゃいましたか?」
「いいえ。でも、なんとなく、ギルバート様が私を王妃様には会わせないようにしているのは感じていました」
やはりギルバートはセレナを母親から守ろうとしていたのか。
王太子であるノアには味方が多い。私の父も、騎士団総団長のブレアム公爵も、今は宰相のメレディス公爵もノアの味方だ。
けれどギルバートにはどうだろう。王妃の手の者ではなく、本当の意味で彼の味方はいるのだろうか。唯一の兄弟で味方とも言えたノアと強制的に対立させられてしまったのだ。ひとりきりで戦っているのではないだろうか。
「今の王妃様は恐ろしい方だってことは、私も聞いているよ~」
まるで世間話でもするように、シリルが普段通りの調子で話に入ってくる。
「シリル様もですか? 古都まで王妃様の話が?」
「教団の信者が何人いるか知ってる? 国中の情報が古都には入ってくるんだよ」
言われてみれば、国民のほぼ全てが信徒と言っても過言ではない。
王宮内の情報も、シリルにかかれば容易く手に入るのではないだろうか。
「王の隣に咲くのは、美しいが決して近づいてはならない毒花だ、なーんて。まことしやかにね」
毒花。それ以上に的確な表現があるだろうか。
想像以上に教団の情報は正確らしい。
「神官たちが大げさに言ってるだけかと思っていたけど……」
青褪めながら手を握り合う私たちの反応に、シリルはひとつうなずき笑った。
「どうやら本当のことだったみたいだね?」
肯定するには証拠がない。けれど否定もしたくない私が黙っていると、セレナはおずおずと口を開いた。
「実は……ギルバート様が不在の時に、王妃様にお会いすることが何度かありました。ギルバート様には自分がいない時に母の呼び出しには応じるなと言われていたんですが、偶然を装ってという感じで。その時王妃様はいつも、オリヴィア様の話題を口にされました」
「えっ。わ、私の?」
嫌な予感しかしない。
固まる私にセレナは申し訳なさそうな顔をしながら続ける。
「オリヴィア様のことをどう思っているのか、とか。神子の存在をどう思う、とか。神子がいるせいで聖女としての価値が下がったのでは、とか。ギルバート様と一緒にいる為には、神子の存在は邪魔になるかもしれない……とか。私のことを心配しているような言い方でしたが、王妃様はとにかく私がオリヴィア様を憎むよう仕向けたかったみたいでした」
私、親衛隊員なのに……というセレナの呟きはスルーすることにして、とりあえずバクバクとうるさく鳴る心臓を落ち着かせようと努める。
なかなか直接的に動いていたのだな、とセレナの話を聞いて肝を冷やした。ノアとギルバートだけではなく、私とセレナも対立させ、なんとか引き裂こうとしていたのか。
シリルは感心したように「なるほどねぇ」とうなずく。
「こうなってくると、前王妃を暗殺した、なんて噂も信憑性を帯びてくるなぁ」
「そんな噂までご存じなのですか」
「まあね~。古都の年寄りはお喋りが好きだから。王妃が噂通りの毒花でも、ふたりの王子はまともなようで少し安心したよ」
今の状況はちょっと心配だけど、と付け足しシリルはにっこり笑った。
「出来たら王子たちが協力して王妃を討ってくれると、万々歳だよね?」
あまりにも率直すぎる意見に、私とセレナはポカンとしてしまった。
誰もが思っていても言えずにいることを、シリルはあっさりと口にしてしまえるのか。
うらやましいと言うべきか、恐ろしいと言うべきか。
「神に仕えるお方が、なかなか過激な思想ですね」
「そう? もっと言ってあげようか。私たちは王家のあれこれに口を出す権限はないけれど、抵抗する手段ならそれなりにある。特に君たちを守るという口実でなら、いくらでもやりようがあるよ。ある意味内輪揉めをする王家よりも、神子と聖女を擁する教団の方が民衆の支持は得られるだろうね」
エスカレートしていくシリルの発言に、セレナは小さく震え出した。
政治的に過激すぎて、十八禁にしたくなるほどである。
「ま、まさか。いざとなったら、教団が王家と戦うと……?」
「もしもの話さ~。その為には君たちには無事でいてもらわないとね」
どこまでも軽い調子で話すシリルは、本気なのか冗談なのかわかりにくい。
どう反応していいのか判断出来ずにいると、馬車の外が騒がしくなってきた。
小窓から様子をうかがうと、馬車は既に王都の出入りを管理する門の前まで来ていたようで、そこに民衆が大勢集まっていた。
「すごい人ですね……」
「どうやら王都を出ようとする民と衛兵が言い争っているみたいだね」
王宮で政変が起きた影響が、市井にも出てしまっているようだ。
騎士が数名到着したが、騒ぎが収まる様子はなく、とうとう民衆が雪崩のように殺到し、閉じられていた門が民衆の手によって開かれていった。
「あっ! 門が……っ」
「この機に乗じて門を突破する。多少荒い運転になるぞ。絶対に顔を出すな」
御者台へと移動していたトリスタンが淡々と告げた途端、馬車が勢いよく走り始める。
民衆の怒号、馬の嘶きがあらゆる方向から響いてきた。「危ない!」「早く行け!」「順番だ!」「止まれと言っているのが聞こえないのか!」と、まるで暴動でも起きたかのような喧騒の中、私たちは身を小さくしてひたすら待った。
私とセレナは寄り添い震えていたけれど、ふと見たシリルはひとり、憂いの表情を小窓に向けていた。
過激神官シリルくんの本心が気になったあなた!
ブクマ&広告下の☆☆☆☆☆評価をぽーち!!




