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『作者が』召喚労働者はじめました  作者: 広科雲


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7/9

7 ゴブリンの火

 ギザギ十九紀14年7月14日、異世界人管理局は召喚労働者サモン・ワーカーの戦闘能力向上を目的としたアリアン・セルベント制度を施行する。

 異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベントは10年間、管理局の管理下に置かれ、その指示に絶対従わねばならない。

 その見返りとして、年金の支給や税の免除、訓練所の無料開放とスキルの無償取得が与えられる。スキルと一口に言っても武器戦闘に関するものや裏家業の闇技術、果ては伝統工芸などの一級技術も含み、多岐にわたっている。しかしながら異世界人にとってのスキルはほぼ一択で、『魔術』以外を欲する者はごく少数だった。

 朝会でベル・カーマンがセルベント制度について話したとたん、召喚労働者ワーカーたちは沸いた。

 レベル3以上限定なのでショウたちには関係はなかったが、内容自体は非常に興味深いものだった。

 興奮が覚めないうちに、ベル・カーマンは次の連絡事項を告げた。

「名前を呼ばれた方は今すぐ二階・第三会議室に集合を願います。レベル2のクロビスさん、シーナさん、マルさん、ショウさん、ニンニンさん、ルイードさん、コロネさん、クモンさん。以上8名は第三会議室に来てください」

 首をかしげるショウたちといっしょに会議室に入る。

 パーザ・ルーチンが紙束を抱えて待っていた。

「全員、集まりましたね。では早速ですが、みなさんにお話があります。特例として即時レベル3への昇段が可能となりました」

 「え……?」僕以外の全員が予想外の展開に言葉がなかった。

「驚かれるのも無理はありませんが、今回は特殊な事情があり、特例として施行されます。なお、条件がいくつか付帯します。こちらの書類をよく確認の上、レベル3への昇段をお望みであればサインをお願いいたします」

 一人ひとりに手渡された用紙には、『特例昇段申請書兼機密保持契約書』とある。それには昇段するための2つの条件が書かれていた。一つは本契約過程を口外しないこと、二つに異世界人管理局(アリアン・)専属召喚労働者(セルベント)になることとある。

「つまりは皆さんをセルベントに勧誘しているのです。ただ、セルベントになるにはレベル3以上という条件がありますので、特例でレベル3にします。ただしそれを口外してはならない、ということですね」

 「なるほど……」とそこかしこで納得の声が聞こえた。

「ここにいるみなさんは、もうすぐ3レベルに上がれるだけの経験を積んでいたり、実戦経験のある方です。それらを考慮して勧誘をしています」

 パーザが僕に目を向けた。そのどちらにも当てはまらない僕に不信感があるようだ。おそらく僕は局長の鶴の一声でここにいる。僕が頼んだのだから間違いないだろう。その理由を知らされていないだけに、僕が怪しくて仕方がないといったところか。

「いっしょに行くんじゃなかったのかよ? パーティーを組むんじゃなかったのかよ!」

 ショウがマルに食ってかかっていた。マルは契約書にサインをしていた。彼はそれが信じられなかった。二言三言話し、ショウは肩を落として引き下がった。

「クモンくんは……?」

 問いかけてくる声は弱い。そのダメ押しをするように、サインをした紙を見せた。

「キミも?」

「うん。どうしても必要なんだ」

「そっか……」

 僕には引きとめも怒鳴りもしない。まぁ、そうだろう。むしろそれでいい。

「初日からいっしょだったけど、そろそろ別れ道だ。ショウくんたちも自分のやり方でがんばって。こんなこと言う権利もないんだけど、ハルカさんのこと頼むね。彼女も本当は冒険に行きたがってる」

「わかった。ありがとう。クモンくんもがんばって」

 ショウとシーナは部屋を出ていった。

 残ったセルベントたちはパーザの説明を受け、訓練所に向かう。最優先で入れるのは助かる。これでようやく準備が終わる。

「おめーが残るとは思わなかったぜ」

 マルが意外そうな顔をしている。

「僕も君が残るとは思わなかった」

「自分のやりたいことをやりてーようにやるって決めてるからな」

「僕もだ」

 僕らは笑い、拳を合わせた。そして説明中のパーザに怒られた。


 僕らはナンタン町の北東に位置する訓練所で合宿生活をはじめた。四人部屋に詰め込まれ、時間ごとのカリキュラムを消化していく。僕は魔術師コースを選択し、ここ数日は座学に励んでいた。

 座学の試験を満点で一発合格。当然だ。僕が作った世界システムなのだから、わからないわけがない。理論も構成も術式も、勉強しなくとも知っている。

 僕はクラスメイトの驚嘆を背に、実技講習に移る。これだって呼吸をするように簡単にこなす。小説内のルカがそうであったように、あっさり試験をパスした。ただ彼と違い僕の疑似体は平凡なため、いわゆる無詠唱(スキル化なし)で魔法は使えなかった。いや、使えるかもしれないが、実用レベルにはならない。もし実用可能であれば、セルベントになんかならないですんだのだけど。

 ともかく目的の魔法を覚え、魔術師コースを卒業した。

「さて、戦士教練も受けておこうかな。魔法だって万能じゃないし」

 僕は町に帰らず、戦士コースの門を叩いた。宿舎同部屋のカッセも戦士コースを継続中だ。彼はそれなりに長くいるので、訓練所内でも上位の強さを身につけつつあった。

「ショウは来なかったのか?」

 入所初日に訊かれ、彼はセルベントにならなかったと答えた。

 カッセは「そうか」と、なぜか納得した表情を浮かべた。

 戦士コースはまるっきり体育会系だ。とにかく走って鍛えて武器を振ってメンテしての繰り返しだ。初めの三日は筋肉痛に悩まされ、それでも少しずつ自分のペースを作ってやれるようになった。

 日々があっという間に流れていく。

 合間にショウらしき人物が兵士にケンカを売って投獄された、という噂も流れたが、訓練所内では大したニュースにもならずに霧散した。

 入所から12日、7月26日に不穏な噂が流れる。西の山に大量出現したゴブリンを駆逐する作戦が行われるという。それに僕らセルベントが駆り出される――というのは、僕の中では確定事項なので驚きもしなかった。

 翌日にはそれが正式発表され、準備期間となった。武器や鎧などの装備を一式もらいテンションを上げる者もいるが、大半は困惑している。いきなり実戦なのだから怖れもするだろう。

 マルは未だ魔法が使えなかった。明日の出発を前に、僕に指導を求めてきたのでコツを教えた。魔力の存在の肯定。それだけで彼も魔術に目覚めた。

 他にも数人が足踏みしていたのでまとめて面倒を見る。これでみんな、生き残れるだろう。

 28日、山狩り当日。集合からして空気が悪い。山狩りの大隊長ハリー・ガネシム兵士長補佐がショウを呼び出し、いきなり蹴り飛ばす。マルが飛び出していきそうになったので止めた。ここで揉めたらあとあと面倒だからだ。

 このハリー・ガネシムというのが、ショウがケンカを売った兵士だ。ショウたち召喚労働者がゴブリンから畑を守るために戦っていたなかで、この兵士は野次を飛ばすだけで何もしなかった。それどころか彼らの討伐の証さえ根こそぎ奪っていこうとした。それを怒ったショウが彼を叩きのめしたのである。その恨みをハリーが忘れるわけがなかった。大隊長となり誰の掣肘も受けることがない立場を利用してやりたい放題だ。セルベントではないショウがこの場にいるのも、不足人員の補充ではなく、ハリー個人の指名である。

 ショウを痛めつけ一時的に満足したハリーは、自分の中隊に女性ばかりをかき集める。男はショウだけで、それは当然、彼をオモチャにするためだ。男の残りは適当に別れろというから、第3中隊にマルといっしょに入った。

 その夜、扇状に侵攻する各中隊は、目的地であるゴブリンの村から数時間のところで野営をはじめた。一中隊は5小隊25名で構成されている。こんなの、ゴブリンの大部隊が近くにいたらひとたまりもない。けれど僕には好都合だった。

「周囲警戒の巡回に行ってきます」

 と、調子のいいことを言って隊を抜ける。マルがついてきてしまったが、「各自で広範囲を見よう」と二手に分かれた。

 僕は覚えた魔法を発動し、急ぐ。きっと始まっているだろうから。

 前方が明るくなってきた。かすかに怒鳴り声が聴こえる。間に合ったようだ。

 木の陰から様子をうかがう。ショウとハリー・ガネシムの対決がはじまろうとしていた。大隊長からさんざん痛めつけられたにも関わらず、ショウは今まで反撃をしなかった。自分の暴発で他の召喚労働者サモン・ワーカーたちに迷惑がかかるのを恐れたからだ。けれどその矛先がアカリに向いたため、ショウは我慢がならず立ち塞がった。

 これをハリー・ガネシムが喜ばないわけがない。ようやく、以前かかされた恥の仕返しを公然とできるのだから。

「上官に対する不敬。重罪だな」

 ハリーがたのしそうに剣を抜く。

「アカリ、みんなも下がってて」

 ショウも剣を抜き、盾を構えた。

 しかし、二人の剣は交わることはない。

 僕は再び魔法を発動させ、ハリーの背後を取った。左腕を首に回し、首筋にナイフを当てる。

 誰も気付かぬうちに形成は決まっていた。正確には、ハリーの後ろにいた人間は風を感じていただろう。僕の魔法【肉体強化・脚力(カソク)】によって起こされた、高速移動の副産物を。

 このために、僕には魔法が必要だった。誰よりも速く動き、相手を掣肘するために。僕はルカのように弓を使えない。接近するしかなかった。だから僕はこの魔法を選んだ。

「動くな。動けば躊躇せず殺す」

 顔は完璧に隠している。服もセルベントのコートではなく、隠し持ってきた黒服だ。

 周囲が一斉に退いていく。もっとも近くでハリーを守っていた兵士兄弟のトールとユーゴも憤りを見せていたが、手の出しようもなく成り行きを見守っている。

「暗殺者か?」

 トールが問う。

「それはこいつ次第だ」

「な、何を言ってやがる! トール、早くこいつを何とかしろ! おい、異世界人アリアンども、おまえらもどうにかするんだよ!」

 ハリーは暴れるが、ナイフが首に触れると大人しくなった。

「彼らがおまえを助けるわけがないだろう? むしろ死んでくれたほうがいいとすら思ってるだろうよ」

「そんなわけあるかぁ! オレが死ねば、ヤツらも無事じゃいられねぇ! 責任問題になって重刑が科せられる決まってる!」

「そうか、それは大変だ。だがおまえのほうが先に死ぬ。その後のことなど気にしても仕方ないだろ?」

 耳元でわらってやる。ハリーの体が震えた。

「そ、そんなの許されないぞ! 例えオレを殺しても、おまえも絶対に殺される! 親父がこんな不正義を認めるわけがねぇ! どこへ逃げようが絶対に捕まるからな!」

 不正義ときたか。どの口が言うのか。

「逃げたりしない。ただみんなで口裏を合わせるだけさ。ハリー・ガネシムはゴブリンと戦い、立派な戦死を遂げたと。それだけでいい。ガネシム家の名誉が守られ、キミは死んで英雄となる。未来のキミの暴挙の憂いもなくなる。誰もが喜ぶハッピーエンドさ」

「そんな、そんなこと……!」

「むこうのお連れの貴族様もこのあといっしょに送ってあげるから寂しくないぞ? あの世でまた楽しく生きるといいさ」

 僕はまた嗤った。なんか楽しくなってきた。

 トールとユーゴは僕の挙動をうかがっている。上官を助けるために動こうとしているようだ。僕はハリーの首に巻きつけた左手にナイフを持ち、右手をフリーにして背後に向けた。

「【火炎弾ファイア】」

 僕の右手から炎の魔弾が撃ちだされ、木に直撃して弾けた。威力は最弱にコントロールしている。大きな音を立てたくなかったからだが、それでも夜には響いたかもしれない。

「後ろに回るな。ちゃんと見えている」

 嘘のハッタリである。ただ、僕の視界の中の兵士の数が一人少ない。まず考えられるのが後背に回ることだろう。当たらなくてもいい。ただ威嚇さえできれば。

 結果的に予想どおりであったらしく、トールとユーゴの表情が落胆に変わっていた。

「兵士諸君もよく考えたまえ。彼が生き残る弊害へいがいを。今後彼が行うであろう悪行を。自分の家族を考えろ。町の未来を想像しろ。こんな男が町を支配したらどうなるか。キミたちは見逃せばいい。それで傷つく者は誰もいなくなる」

 兵士たちの力が抜けていくのがわかる。正義を貫くよりも、大切なものが彼らにもある。貴族ではない彼らは、結局は使われる側であり、切り捨てられる側だった。なによりハリー・ガネシムという男には反感しかなかったのだから。

 だけど、君は違うんだろうな。君はまだ、甘い人間だから。正義というのがあると、信じたい人だから。

「……もう一つ、方法がある」

 ショウが静かに声を上げた。

「まだ、間に合うかもしれないだろ? まだ変われるはずだ」

 ショウは語る。人が変われることを。変わると信じることを。一度くらいそのチャンスがあってもいいと。日本に帰ったアイリを思い出して。

 僕の役目は終わった。

「夢物語だ。だが、ここは少年に免じていったん退くとしよう。忘れるな、オレはいつも見ているからな」

 僕はその場を離れた。

 後ろから歓声が聞こえた。

「あと一つ。それで終わりだ」

 僕は自分の中隊に戻った。

 味気ない保存食を食べていると、本隊である第1・第2中隊のキャンプあたりから信号弾が上がった。はじまったようだ。

「マル、あれは集合の合図だ。本隊に何かあったらしい」

「マジか!? 夜襲かよ!」

「可能性はあるね。とにかく出発準備だ」

 僕らは靴ヒモを結び直し、リュックを背負った。中隊長の号令に乗って移動をはじめる。

 それからわずか5分、前方を横切る小さな影が目に付いた。

「ゴブリン発見!」

 先行する小隊が照明魔球ライト・ボールという魔術道具アイテムを投げ、周囲を照らす。

 兵士も、召喚労働者サモン・ワーカーたちも緊張に体が硬くなった。

 夜はゴブリンの時間だ。肌の色さえ闇に溶け込み、その小ささは草むらに埋まる。僕らは自然と円を描くように固まり、武器を前に突き出していた。

 草が揺れるだけで隣の女性セルベントは「ひっ」と脅えた。

「大丈夫。体を低くして盾を握って構える。隣には味方がいるから。おたがいを守れる距離にいるから」

 僕は落ち着いていた。魔法を覚えたせいもあるだろう。ゴブリンより戦闘能力は高いという自信が、初戦闘の恐怖を薄めてくれている。何より、勝つ結果がわかっている。誰も死ぬことなく無事に帰還した。その事実は強い。

 しばらく待ったが敵は動かなかった。もしかするともう行ってしまったのではないか。そう都合よく思う者もいた。

 しかし、草むらはまだ揺れている。こちらの隙をうかがっている。

「イライラすんぞっ。あいつらいつも姑息でよぉ!」

 もう片方の隣ではマルが体を揺らしている。だいぶストレスが溜まっているようだ。

「そうだ、マル。試しに撃ってみたら?」

「あん?」

「このままじゃみんな神経が焼き切れちゃうし、いっそ始まったほうがスッキリするよ。それに魔法は最強だから、ゴブリンの10匹や20匹なら楽勝だろ?」

「そうだな。そのとおりだ!」

 マルがやる気になったので、中隊長に許可をとろうとした。けど、その前にマルが暴走した。

【火炎弾】(ファイア・パンチ)!」

 正面の草むらに魔法をぶち込む。みんなギョッとした。

「おい、おまえ――!」

 と、小隊長が怒鳴りかけたとき、前方で炎に包まれたゴブリンが飛び出した。

「ホントにいやがったぁ! 【火炎弾】(ファイア・パンチ)!」

 炎の灯りに浮かび上がるゴブリンに次の魔法が放たれる。敵もそう簡単には受けてはくれず、四方に散った。

「オレ様のターンは終わんねぇ!」

 マルは連射し、ゴブリンが逃げまどう。こうなっては見ているわけにもいかず、中隊長が攻撃を指示した。

 逃げるゴブリンを追いかけ、槍で突く。うまく刺さるわけもないが、一転してこちらが主導権を得るのに成功した。

 僕は周囲を警戒し、油断のないゴブリンが襲ってこないかを見ていた。発見すると僕も魔法を撃って撃退する。

 ゴブリンたちが完全に撤退すると、僕らは歓喜の声を上げた。ただ一人、魔力が切れて息も切れてるマルを除いて。

 マルはこってり怒られたが、お咎めはなかった。結果として助かったからだ。第3中隊には攻撃魔法が使える人材が僕とマルしかいない。その威力は圧倒的で、勝利を確信させるものだった。初めは脅えていた少女もマルから逃げるゴブリンを見て奮い立ち、戦果はないが周囲のアシストに大いに活躍した。マルの計算外の暴走がうまく転んだのだった。

 一時の小さな勝利にいつまでも浸ってはいられない。隊員の状態確認が済むとすぐに本隊へ向けて再出発した。

 僕らが到着するころ、大隊長率いる第1・第2中隊は乱戦の中にいた。ゴブリン軍の本隊とぶつかったようで、100ではきかない小鬼たちが暴れまわっている。それに対して疲弊した仲間たちはどうにか防戦していた。防戦といえば聞こえはいいが、実際は泣きわめきながら槍を振り回す人も一人や二人じゃない。誰もが生き残るのに必死だった。

 僕は【肉体強化・脚力(カソク)】をかけ、数匹のゴブリンに襲われている女の子のもとへ走った。ゴブリンたちの背後から槍を振り抜き、まとめて3匹を斬りつける。傷を負わせ、悲鳴を上げて振り向いたところに【火炎弾】をぶちかました。

 「あ、ありがとう……」と呆然とする女の子の声が微かに聞こえたが、僕はもうその場にいない。近いところから手当たり次第に走り抜け、ゴブリンたちに傷をつけていった。一瞬ひるませれば充分だ。あとは自分でどうにかできるだろう。

 マルはショウと合流したようだ。派手な炎が見える。

 正面からは北上してきた第6中隊の姿もあった。戦況は一気にひっくり返った。

 それから10分もせずにゴブリンはほとんど駆逐された。大隊長ハリー・ガネシムの勝ちどきが上がる。

 隅の木の下で、ショウとシーナが座り込んでいた。そこにマルとアカリが合流するのが見える。

 僕は一瞬、彼らのほうへ行こうとしていた。

「いやいやダメだろ。僕は部外者なんだから」

「なんのですか?」

 きびすを返した目の前に、予想外の人物が眉根を寄せて立っていた。

「ハルカ……?」

「はい、ハルカです。ちゃんと覚えていたんですねっ」

 敬語だし、なんかトゲトゲしい。いや、それよりも彼女の姿がさらに驚きを倍増する。

「なんでセルベントの服を着てるの?」

「セルベントになったからじゃないですかっ」

 とっても機嫌悪く答えた。

「え、なんで? セルベントになったら自由なんてないよ? 冒険にだって出られない」

「わたしがいつ、冒険に行きたいなんて言いました?」

「え、あ、いや……」

 僕はどもった。

「こっち」

 ハルカは怒ったまま、僕の手を引いて森の中に入った。周囲の目に気付いたからだ。かろうじてショウたちはこちらを見ていなかったが、あのままいれば時間の問題だった。

 隊から離れすぎない場所でハルカは振り返った。大隊長のバカ騒ぎがまだ聞こえる。

「どうしてセルベントになったんです?」

 ハルカは僕がした質問を返してきた。

「え?」

「自由がなくなるんですよ? 冒険にだって出られない。なのに、なぜです?」

「……」

 答えられない。

「ではなぜ、あの日、ブルーさんにあんなに突っかかったんですか? 何の目的があったんですか?」

「……」

 答えられない。

「それならこれは? なんでさっき、大隊長を殺そうとしたんですか?」

「……!」

「わたし、あの隊にいたんですよ? 気付きませんでしたよね? わたしなんて眼中にないから。でもわたしは気付きました。あれがクモンさんだってすぐにわかりました。でも、なぜあんなことをしたのかわからない。ぜんぜん、わかんないですよ!」

 ハルカは目に涙を溜めていた。

「……わたしは追いつきたかったんです。セルベントになったあなたに追いつきたかった。だからセルベントになった。これが理由です。今度はクモンさんの番です」

「……」

 答えられなかった。

「……沈黙は、ズルイです」

 それから僕らは押し黙ったままでいた。僕は譲歩できない。根競べは、彼女の負けだ。

「……言ってくれないんですね。もういいです、わかりました。クモンさんはわたしなんか本当に眼中になかった。自分ことばかりで、わたしなんか見ていなかった」

 それは違う。そう言いたかった。でも、言えない。わかって欲しいが、それを望むのすら、僕はできない。

「できるならクモンさんから教えてもらいたかった。あなたの口からぜんぶ聴きたかった。でもやっぱり、ダメなんですね。ならいいです。わたしは知ってますから。最初から、ぜんぶ知ってましたから」

「……?」

 自然と彼女を凝視していた。何を言っているのだろう? 何を知っている? 意味がわからない。

以前から(・・・・)ご存じのとおり、わたしはマンガやゲームなどとは無縁でした。ゴブリンも知りません。異世界なんて考えたことすらありません。そんなわたしのもとに、あの人が来ました」

「……アリアド」

「はい。あの人はわたしを迎えに来たと言いました。大変な目にあっているわたしを救いに来たと。よくわからない空間に連れ込まれ、マルマ世界について聞きました。そしていろいろと話しているうちに、アリアドさんは不思議そうな顔をしてつぶやきました。『彼の話とだいぶ印象が違うのだけど、彼女でよかったかしら』と」

 ア・リ・ア・ドぉ~!! あいつはどうしてどっか抜けてんだよ!

「あの人も今のクモンさんと同じ顔をした。ハッとして焦った顔」

 ハルカはくすっと笑った。ようやく僕の化けの皮が剥がせたのが嬉しそうだった。だからか、彼女は壁を造る敬語を使うのをやめた。

「あなたには話したことを内緒にしてほしいと拝まれた。そのかわり、ぜんぶ聞いた。あの日に召喚されていなければ、わたしはとても酷い目にあうと。アリアドさんもあなたからの話だけなので半信半疑だったけど、わたしは納得した。ありえただろうと思う。だからわたしは、あなたがなぜそんな事を知っていたのか訊きたかったし、それ以上にお礼を言いたかった。でもあなたはわたしを知らないフリをしていた。手助けはしてくれたけど、いつも一線を引いていた。だから訊けなかった。お礼も言えなかった。かと思えば突飛な行動をとってわたしを悩ませる。きっとすべてはわたしのためなんだろうと思って、でも訊けなくて、とても苦しかった。だからわたしは追いつくしかなかった。わたしのために無理をしなくてすむように。わたしをちゃんと見てもらうために」

 僕はもう、隠す理由を失くした。彼女と向き合うときが来たようだ。

「……君は本来、この世界でもっと自分らしく、気のいい仲間たちと楽しく過ごしていたはずなんだ。それを僕のミスで今のようにしてしまった。だから僕は外れてしまった未来を修正するために、できることをしたかったんだ」

 ハルカは首を振った。

「本来ってなに? 自分わたしらしくってなに? わたしはわたし。あなたはわたしを無視して自分の理想を押し付けているだけ。わたしをちゃんと見ているなら、わたしを無視しないで!」

「……!」

 そうだ。そのとおり。自分でもそう思ったはずだ。ハルカがルカではなくなった以上、流れに任せるのもいいと。でもそれは、彼女がもっとも大切にしたかった気持ちを変えさせてしまう。それが許されるとは思えなかった。だから僕は――

「わたしは今、生きていてよかったって、心から思ってる」

 その笑顔に嘘は感じられなかった。そうか、僕は、やりきっていたんだ。

「……肩の荷が一つ下りたよ。もう、無理しなくていいんだね」

「はい。もう無理しないでください」

「そうか、そっかぁ……」

 大きく息を吐き、僕は安堵した。彼女がセルベントになってしまったのは計算外だが、そんなのは局長に頼んでどうにかしてもらえばいい。ともかく彼女は彼女らしくいられる場所を作った。僕ももう、彼女に隠し事をしないでいい。とても楽になった。

「これでもう、若い子に合わせる必要もなくなったな」

「……え?」

「いや、だって、若い姿をしていても中身はおじさんに変わりないし。気持ちは若いつもりでも実際に付き合うとなると、みんなに合わせるのは大変だったよ」

 笑う僕に対し、ハルカの顔が曇る。曇るどころではなく、重く渋くなる。

「……おじさん……?」

 ハルカの反応から、僕も顔を濁らせる。まさか――

「……アリアドから聞いてるだろ? 僕が君の倍以上は年上のおっさんだって」

「……」

 ハルカは口と目を開いたまま硬直した。

 ……これはまいった。アリアドめ、すべてにおいて中途半端なヤツ。

「そうか、聞いていなかったんだね。それは申し訳なかった。だが、まぁ、あまり気にせず、今までどおりに接してほしい。みんなには話すつもりはないから、目上扱いさえると困る」

 「あっはっは」と笑ってみた。まさしく『おっさん』である。

「おじさん……」

 ハルカはまだ呆然としたままつぶやいていた。

「よし、じゃ、みんなのところに戻ろうか!」

 僕はご機嫌に告げ、先頭を立って歩き出した。その後ろを、視点定まらぬ目で歩くハルカがゾンビのように続いた。

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