4 レベル1パーティー
小説ならこう始まるところだ。
ギザギ十九紀14年7月6日、運命が動き出す。
仕事をもらうための朝会に向かう途中、ショウとアイリを発見した。少年は寝ている少女に起きるように言っているようだ。それを少女は寝ぼけて大声で拒否した。
それを見てシーナが「あるある。慣れないうちはしょうがないよー」と笑った。
ここまでは順調だ。問題は仕事である。僕の書いた話では、今日の初心者作業は限定的で、人数も少ない。僕とハルカが増えた分、どうにかなるのだろうか? サイアク、僕は仕事なしでもかまわないのだが、それでも必要人数をオーバーしている。
まぁ、夢だな。僕はまた確信する。なんとも都合のいい話になっていた。
「初心者優先作業は、一つ目が8時から16時、縫製工場での縫製作業と補助、三名。次に8時から14時、建設現場の荷揚げ・手元作業、四名。最後に昨日と引き続き、野菜の検品・仕分け作業3名です」
僕らのための枠がわざわざ追加されたようなものだ。ハルカはそれを知らないので純粋に喜んでいる。今日の昼食も三人前確定だ。
「希望作業はありますか?」
パーザはカウンターに依頼書を並べた。左から縫製工場、建築現場、野菜問屋だ。僕とハルカは一番右を選び、アカリとリーバとアイリとアキトシが縫製工場、マルとショウが建築現場の列に並んだ。縫製工場だけが希望枠より1名多い。
ここで原作どおりのひと悶着があるが、割愛。マルが裁縫技能のないアキトシを引っこ抜き、自分のところへ入れて配置完了だ。うん、素晴らしいご都合展開だ。
なお、シーナは希望に副って薬草採取作業に、ミズカは畑作業につけた。
「や、ショウくん」
僕はショウに管理局を出てから声をかけた。仕事で絡まない以上、こうして会話のフラグ立てはしておかないと忘れられてしまう。
「クモンくん」
どうやら名前は憶えていてくれたらしい。
「おたがい仕事がもらえてよかったね。きのうは朝、いなかったけど大丈夫だった?」
白々しく訊く。
「実は寝坊して、危うくもらい損ねるところだった。ちょうどキャンセルが出たから助かったよ」
「それはよかったね」
話の区切りを狙ったわけではないだろうが、マルがショウに「早くメシいこうぜぇ」と言った。
「マルくんだっけ? 僕は同じレベル1のクモン。こっちはハルカさん。よろしく」
これまた白々しく自己紹介。
「おう、よろしくな。けど『くん』付けはヤメロ、気持ちワリィ。おまえらもメシ食うんだろ? いっしょに行くか?」
「僕らはコープマン行くけど、そっちも?」
「おう。なら話はえーや。行こうぜ」
よし、フラグ立て終了。
そして驚異のご都合主義に、アカリとアイリ、リーバもとなりのテーブルにつく。
「こんな偶然あるわけ? レベル1召喚労働者全員が並ぶなんて」
アカリもあまりの展開に神を疑う。
「イヤなら一人でどっかいきゃいいじゃねーか。なんでもかんでもギャンギャン騒ぎやがって」
さすがマル。おまえも言いたい放題だ。
「アンタが抜けりゃいいのよ。よっぽど静かになるわ」
ま、こうなるよな。そしてショウが止めるわけだ。任せた、未来のリーダー。
アイリとハルカは二人のケンカに及び腰だ。二人ともむやみに怒鳴る人間が怖いのだろう。
そのお互いを発見し、通じるものを察知したようだ。弱々しく微笑む。
「あの、自己紹介、してなかった。わたしはハルカ」
「わたしはアイリです。きのう来たばかりです」
ほほえましい。
「ついでに僕はクモン。ハルカさんと同じ日に来たんだ。今日が三日目」
「三日目? てことは、日本に帰れる期限が今日じゃない?」
アカリがマルとの無駄な言い争いをやめて話に割り込んだ。
「そういえば。すっかり忘れてた」
僕はいい。ここでやることをやらなければおそらく目覚めないだろうから。だが――
「僕は残るのを決めてるけど、ハルカさんは? 昼までに申請すれば、日本に戻れるよ?」
ハルカはビクっとなった。日本での境遇を思い出したのだろう。けれど、日本には母親もいる。自分を捨てた親だが、彼女は母親を大切に思っている。
「……わたしも、残ります。まだ、どうにもできないから……」
僕だけがわかる。彼女は彼女のまま、あの義父と戦う準備を必要としている。何もなく戻っては今までと変わらない。
「ふ~ん、なんか事情がありそうね」
アカリは勘付いたようだ。けど、彼女は「ま、好きにすればいんじゃない?」とメニューを広げた。彼女なりに気を遣っているとわかる。
「そうだよ、さっさとメシ食わねーと。注文いいっすかー!」
マルは大声で店員を呼んだ。空気が一瞬で変わる。ムードメーカーの面目躍如だ。
「こんな店、あったんだな」
ショウは注文を終えると店内をキョロキョロする。
「初めて?」と僕が訊くと、彼は「うん」と答えた。
「初日はブルーていう先輩に出会って五丁目の店に行ったけど、それからは屋台とかパン屋だった」
「パン屋か。僕はそこは行ってないな。あれ、アキトシくんもきのう、パン屋に行ったよね?」
わざとらしく振ってみる。
「うん。あそこのパン、おいしいんだよ。管理局から歩いて3分くらいのところにあるんだ」
「あ、オレが行ったのもそこだと思う。バケット、うまいよな」
ショウが話に乗る。共通の好きな物の話題なので、アキトシも「おいしいよね」とご機嫌だった。
「ところでさー、あんたらガチでいくつ?」
話を砕くアカリの質問。そういえば、そんな会話があったのを思い出す。そして「ガキだ」「ババアだ」と口ゲンカがはじまる。
そんなアホらしいやり取りを横目に、届いた食事をとる。ハルカが二人前並べているのを見て、みんな驚いていた。アイリと同じくらい小柄なのに、誰よりも量が多いのだからそれも当然か。
その視線に気づいてハルカはうつむいてしまう。スプーンもフォークもとまらなかったが。
「おまえ、食うなァ」
マルは素直に感心しているだけなのだが、ハルカは顔が真っ赤だった。アカリが「そういうこと言うなっ」と声を荒げたのは、殴れる距離に少年がいないからだ。
「可哀想なことに、彼女の疑似体、ハズレなんだよ」
十天騎士の疑似体はハズレではなく大当たりなんだが、単なる大食いと思われては本当に可哀想だ。
みんなは『ハズレ』の意味がわからなくて疑問符を浮かべている。
「百分ノ一の確率で燃費が悪い疑似体ができるってアリアドが言ってた。でも1体作るにも予算と労力がかかるから無駄にできないんだってさ。だから運が悪いと彼女みたいに人の何倍も食べないダメなんだ」
「そんなのあるのか。それは大変だね」
ショウは驚きつつ、ハルカに同情した。他のみんなも軒並み同じ反応を示した。
「よかったら食べて」と、小皿に載ったパンをハルカに差し出したのはリーバだった。その皿には元は二つのパンが載って出されていた。
「オレはもともと朝食はあまり食べないから、遠慮しないでいいよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
ハルカは顔を上げたが、やはり恥ずかしいのかすぐにうつむいてしまった。それでもちゃんと頂いたパンは食べた。
「なんだ、いいヤツじゃん」
マルは見た目的には年上のリーバの背中を気軽に叩く。青年は心底イヤそうな顔をしている。
「今度いっしょに食べるようなことがあれば奢ってもいいわ」
アカリは自分の皿しか見ていない。綺麗にフォークとナイフを使い、厚切りのハムを切り分けていた。
アイリは視線がいろいろと動いて、結局は何も言い出せずにうつむいてしまう。
「じゃあ、今度、あのお店のパンを買ってくるね。ホントにおいしいから、みんなで食べよう」
アキトシもお勧めの店を紹介できるのと混じって嬉しそうだ。
「み、みなさん、ありがとうございます……。すごく、嬉しいです……」
「なに泣きそうな声出してんのよ。悪いのはあの魔女なんだから、文句を言いに行けばいいのよ」
アカリが軽口を叩く。僕もそうだが、朝からしんみりするのは勘弁願いたい。
「アリアドって王都にいんだろぉ? どうやって行くんだよ」
マルが鼻を鳴らす。
「そういうツッコミはいらないわよ!」
平和な食事風景だった。
昼休み、ハルカは幸せそうに三人前の料理を食べていた。関係者食堂バンザイであろう。
「今日は一気に顔見知りが増えたね。……きのうも会うには会ってるけど」
「うん。みんないい人だった」
「アカリさんに脅えてなかった?」
「初めは。でも、口が悪くて怒りっぽくてケンカ早いけど、悪い人ではないみたい」
素晴らしい眼力だ。
「そうだね。分別はありそうだった」
僕が真面目な顔でそういうと、ハルカはかすかに笑った。どうやら顔合わせは成功した。あとは少しずつ馴染んでいけばいい。
仕事は順調に終わった。
僕らが管理局に戻ると、ショウたちが窓口列に並んでいた。彼をはじめ、アイリ、アカリ、マル、アキトシと揃っている。リーバはおそらく一人で後から来るだろう。
「やぁ、お疲れ。そっちも無事終わった?」
僕が声をかけると、それぞれの返事が来た。談笑に混ざり、そのあとはコープマン食堂で盛り上がる。もちろん、リーバも巻き込んで。レベル1勇者候補がここに揃った。
翌7月7日。今日もまた転機が訪れる――予定だ。
「特務が来ました」
ベル・カーマンが朝会で告げた。周囲がどよめくなか、僕は憂鬱になりながらも決心していた。
特務コードOBT。汚物処理作業だ。外区にある汚水処理施設内外で汚物を清浄化する作業を行う。僕は今後を考えて、特務をこなし、レベルを早めに上げなければならない。僕の最終目標はすでに決めてあり、そのための必須項目だった。
つまり、ウンコ処理を喜んでしなければならない!
……こいつはグレートだぜ、と言いたくなる心境にいた。
「我こそはと思う方、挙手をお願いします」
ベルは期待しない声で呼びかけた。
誰も立候補しなかった。レベル1のショウたちは、『特務』というだけで初心者お断りのイメージがあるので興味はあっても動かなかった。
「では、特務規定により、強制選出を行います」
進行役のベルは予定どおりのセリフを続ける。
「では、レベル1の方で、この地に72時間以上滞在している方、挙手の上、前に出てきてください」
『?』を浮かべるショウたち。戸惑いながらも前に出る。僕とハルカ、ショウ、マル、アキトシ、リーバ、アカリ。アイリはまだ72時間が経過していない。
「ジャンケンをお願いします。負けた三名が特務班となります」
「負けたほうなの!? これ絶対、ヤバそうな仕事じゃない!」
アカリが危機感を増して声を上げる。諸先輩は「あ、気付いちゃった」みたいな顔をしていた。
「あ~、神様、あたしに力を!」
アカリが天を仰ぐ。
「どの神様にお祈りでしょうか? 今でしたら光の神様があなたを歓迎いたします」
神官でもあるツァーレ・モッラが印を切りながら勧誘する。
「あたしを勝たせてくれたら考えてもいいわ」
アカリはため息をついた。
ここで本来なら一発勝負でカタがつき、ショウとマルとアキトシが選ばれる。でも今回は僕とハルカというイレギュラーが存在する。もしハルカが負けて僕が勝っていたら代わるつもりだった。どっちも負けたら……ショウかマルに土下座してでも代わってもらおう。
ベストメンバーはショウ、マル、僕の三人だが、毎度うまい具合には転ばないようだ。今回の負けはショウとマル、それにアカリだった。
「え、ウソ!? あたしィ!?」
アカリは絶望の絶叫を上げる。周囲からすれば何よりの蜜であった。さらにOBTを知る人からすれば、女の子のアカリがウンコの処理をする想像をしているだろう。すまないが、僕も想像した。
「では、ショウさん、マルさん、アカリさんの3名で――」
「すいません」
僕はベルに割り込んだ。想像してしまったのだから仕方がない。それに、僕自身の条件にも関わる。
「なんでしょうか?」
「アカリさんのかわりに僕が行きます。別にかまわないですよね?」
「おおー!!」という歓声。いろんな意味が混められてそうだが、どうでもいい。
「アカリさんがよろしければ、かまいませんが……」
ベルといっしょにアカリを見る。彼女の沈み切った顔が明るさを取り戻してきた。
「ホントに!? かわって! ぜひかわって!」
手を握って懇願して来る。想像も付かない特務にずいぶんと追い詰められていたようだ。
「いや、こっちも助かる。報酬がよさそうだし」
「ホンッッット、ありがと!」
「いいって、貸しにしとくから」
「もちろん!」
アカリは胸を撫で下ろし、深呼吸した。
「いい人だね、キミは」
「うまくあいつに貸しを作ったな」
ショウとマルで言うことが違う。どっちの評価も違うのだが、それはわかりようもないだろう。
「とりあえずよろしく」
僕はそれだけ答えた。
それからすぐにパーザ・ルーチンから特務の説明を受け、僕らは馬車に乗せられた。出かけにアイリがショウに何か言いたそうだった。ルートは正しく進んでいるようだ。おそらくもう、ショウは彼女を会うことはない。僕がマルマに来たことで道は枝分かれしたからだ。アイリは日本で自分の生き方を貫く。がんばれ。
などと、他人を激励している場合ではない。汚水処理施設は想像以上の臭さだった。あらかじめ用意しておいた鼻栓が役に立った。この仕事に毎日従事している人たちを心から尊敬する。人の影となってがんばる人たちは、もっと報われてもいい。
長い34時間が終わり、異世界人管理局に戻った僕らは高額報酬に浮かれていた。ついでに僕とショウとマルのレベルが上がった。その勢いのまま豪華な夕食だと意気込んでいたところに、ショウだけがパーザに呼び止められた。
僕は知らないふりをする。陽気さを表に出して。
コープマン食堂で先に食事をしていた僕らのもとに、ショウとアカリが来た。アカリの目は少し赤い。それに静かだった。
ショウが告げたのはアイリの日本への帰還だった。彼女はマルマでの72時間で多くを学び、心を強くして帰っていった。おめでとう、と僕は言いたい。
「帰りたいヤツは帰ればいいんだよ。それがそいつの生き方なんだ。そんだけだろ」
マルが暗い雰囲気を未来への明るさに変える。わがまま勝手な言葉だが、それが人に与えられた一つの権利で、彼女は選択したのだ。良いほうへと向かうように。望む未来へ向かうために。
僕たちはアイリのために乾杯した。