09.マーリンと柔らか思考
「それでは、一旦水の魔法は置いておいて、今度は火の魔法です」
休憩を挟み、第二部は火の魔法の授業から始めることにした。水の魔法で飲み込みが良くない村人に対して、趣を変えてみるという試みだった。
実を言うと、マーリンは火の魔法を使えるようになるには苦労したのだった。マーリンの理解では、火を燃やすためには燃焼する物質が高い熱量を持つと酸素と反応して燃える、ということだった。だが想像する火の魔法は、燃える物質など無い場所から炎が上がるのだ。
王国の城に滞在している間にいろいろな人々に話を聞く内、マーリンは目には見えず触れることもできない力が存在していることに気づいた。マーリンはこれが魔力と呼ばれる物であることを知り、そして閃いたのだ。魔力を燃やすことができる、と。魔力は大気中などあらゆる場所に存在する。人の体の中にもだ。
「魔法を使うための力を、魔力といいます。火の魔法はこの魔力が高い熱を持ち、空気中の酸素と結びついて更に高い熱と光を発することです。ざっくりいうと、魔力が燃えることでーす」
村人はやはりはじめは頭をひねるばかりだった。
「ファイヤー!」
言ってマーリンは手のひらを上に向けて呪文を唱える。難なく炎が手の上に立ち上がる。村人らも首をひねりながらも真似しだす。しかし、やはり筋の理解が難しいようで、火の魔法をすぐに使える者はいなかった。
魔法を教えていて、筋の理解だけではない魔法体得の差の存在に気づいてきた。どうやら、筋を理解していても、魔法を使える量、つまり魔力には個人差があるようだった。
幼いコウとセイは、その素直な頭で空気中に水分があるということを理解した。だが、コウがコップ一杯分の水を作れたことに対して、セイの水の魔法では片手で掬った程の量にもならなかったのだ。
「サンソって何なのよ」
ふいに問いかけられたキツめの口調、カヤだった。
マーリンは突然の厳しい口調に驚いたが、カヤの顔をまじまじとみつめ、
(しめしめ)
それが心の中の本音だった。マーリンには今、やりたい様が思い浮かんでいた。
「水の魔法の筋がわかった人ならぴんとくるかな」
マーリンは言ってカヤににこりと微笑みかけた。あなたを信頼しますよ、の表現を試みた、営業スマイルである。
「空気の中に水分があるように、空気の中にはいろいろな空気が混ざっています。その中の一つが酸素、私達の呼吸や火が燃えるために必要な空気です」
丁寧に、そして声がキツくならないように柔らかい声音を意識して、マーリンは説明した。カヤはあきらかに胡乱なものを見る目つきでマーリンを見返した。
「空気は空気だけじゃないってこと?」
マーリンはコクコクと頷く。
「それなら、息をしている時、そういうのも全部吸ってるってことじゃない。空気以外のものも」
あきらかに見下したようなものの言い方だったが、マーリンは気づいた。
(この人、もしかして、頭柔らかいかも。思考が先に進んでいく……)
「あのね。酸素というのは、空気の一種類なの。空気にもいろんな種類があって……」
マーリンは腕を大きく広げる。
「ここにもそのいろんな空気が混ざって広がっているんだよ。わたしも、カヤさんも、そのいろんな空気を吸って生きているの」
吸った空気は二酸化炭素になって吐き出されるのだが、その説明はする必要がないとマーリンは判断した。しかしカヤはその点をついてきた。
「もしかして吐き出す空気は吸った空気とは違うの? 窓を長く締め切っていると、息苦しいような気がしてくるじゃない」
マーリンは今度は作り笑顔ではない笑顔をした。自分で考える力のある人がいる、その人との対話は楽しいことがはじまる予感がしたのだ。
「カヤさん、よくわかってる! 実はそうなの。私達は酸素とかの空気を吸うけど、それを体の中で消費するとね、二酸化炭素になるんだよ。吐き出す息は二酸化炭素で、それは炎は燃えないし、私達が呼吸で必要な酸素とはちょっと違う空気なの。あ、全く不要な、わけじゃないんだけど」
「……あれは、気のせいとか気持ちの問題とかじゃなかったのね」
呟いたカヤはどこか呆然としたような、微かな怒りのような、安堵感も見受けられる…複雑な心境の様子だった。その様子をマーリンは察した。
(カヤさんがお局化したのってもしかして……周りに思考が合う人がいなくて、疎外感があったから……なのかもしれない)
「カヤさんには、炎の魔法もすぐに使えそうだね」
マーリンが忖度のない笑顔をしていることにカヤは気づいた。だがどこか気まずそうに目をそむけた。
「……やってみるわ」
カヤはすぐに炎の魔法を使えるようになった。マーリンが見込んだとおり、カヤはマーリンにとって物分りがいい人間と見受けられた。水の魔法と炎の魔法の講演を行ったその日の夕方、マーリンタマディアスは長老の家の一室に案内された。