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07.マーリン湧水の村に着く

「たまちゃんはずっと走ってられるけど、すごく体力あるのね」

 そう言いながらもしれっと乗ったまま、マーリンは聞いた。

「獣の時は人の姿の時より力もありますし、一日走り続けることもできます」

「半獣ってすごいねぇ」

 言いながらマーリンが想像していたのは、タマディアスの両親がどんな人だろうかということだ。

(ハーフ、ってことよね? 人間と、獣の? お母さんかお父さんが……大きな猫なのかな? ……すごいな)

 プライベートの事なので詳しく尋ねる事も憚られると考え、マーリンはその想像を一人飲み込んだ。

「マーリン様、見えてきましたよ。あの村です」

 言われて前を仰ぎ見ると、丘陵地帯の先の木立の切れ間に赤い尖った屋根が見えた。




「報せは受けておりまひた。偉大なる伝道師、マーリンひゃま」

 マーリンとタマディアスが村の広場に到着すると仰天した。白髪の頭の老人を筆頭に、村人たちが地面に膝をつけて、ひれ伏して迎えたのだ。

 マーリンは固まった。そして村人たちが固唾を飲んでマーリンの言葉を待つ中、そろりと人の姿のタマディアスの後ろに隠れた。

「マーリン様⁉」

 タマディアスは声を潜めて隠れたマーリンを叱咤した。

「ちょっ、無理でしょこれ、なに、どういうことなの?」

 マーリンも声を潜める。

「確かに事前に報せは届けてあります。ですが、今までの村もそうしていました。こんな事になるとは……ともかく、事情があるのかもしれません」

 言って頼もしきタマディアスは、マーリンを後ろにかばったまま、村人たちに堂々とした声をかけた。

「皆、頭を上げなさい。マーリン様が驚いておられます。自然になさりなさい」

 村人が恐る恐るという様子で一人二人と頭を上げていく。頭を上げたのは白髪の老人が最後で、それも隣にいた青年に促されてやっとのことだった。

「一体どうしたのですか。このような歓迎は無用ですよ」

 タマディアスは朗々とした声で、口調は穏やかに尋ねた。

 白髪の老人が感極まった様子で答えた。

「この村はもうだめでふ。おしゅくいくだふぁいましぇ〜」

 そして再び地に額を伏せてしまった。

 マーリンとタマディアスは顔を見合わせため息をついた。

 老人の隣にいた青年が声を掛けるが、老人は頑なに伏せたままだった。

「ふむぅ」

 マーリンは老人の前に進み出て、しゃがみ込む。

「おじいちゃん。顔を上げて?」

 マーリンが声を掛けると、老人は様子を伺いながらゆっくりと顔を上げる。マーリンと視線が交わると、マーリンはにこりと微笑んで、地についていた老人の手をとった。

「何に困っているのか、ちゃんと教えて? ね?」

 老人はおうおうと言葉にならない声を発しながら、マーリンの手を握って包み込み、さすった。良く聞くと、ありがたや、とそう何度もそれを繰り返しているようだった。

 マーリンは苦笑いにならないように苦慮しながら、笑顔のまま老人が落ち着くのを待つのであった。


 老人が落ち着いた頃で、傍らにいた青年が話は役所で座って、と、役所に案内してくれた。本音を言えば、最初からそうして欲しかったのだが、マーリンもタマディアスもそれについては深く考えないことにしていた。しかも先程の老人は気持ちが昂ぶってしまったためか体調かんばしくなく、マーリンが気遣うようにしたのもあって、自宅へと帰った。

 説明をすることになったのは、先程から老人の傍らで老人の世話をしていた青年だった。

「伝道師マーリン様と……」

 青年はあらためてマーリンを見、次にタマディアスを見た。

「マーリン様の護衛、トムエルドと申します」

 青年は名乗りを受けて自信なさげにおじぎした。

「私はネンキンと言います。長老のお世話をしています。長老から伝道師様は様々な魔法を使う事ができるとお聞きしま……」

 その時、村の子供が二人駆け込んできた。

「とうちゃーん! デンドーシ様どこー?」

「村の水治してくれるでしょ!」

 元気の良い声を上げながら、幼い男の子がネンキンに抱きつく。

「あっ、こら! コウ! セイ! 今、伝道師様とお話してるんだから、ここで遊ぶんじゃない」

 ネンキンが応じて叱るがその口調は優しい。

(コウ、セイ、ネンキン……厚生年金……)

「ぷぷっ」

 マーリンが一人小さく吹き出すのを、ネンキンはマーリンが子供の様子を微笑ましく感じているのだと受け取り、どこか安堵した様子で苦笑する。

「えー? だれー?」

「あっ! 騎士だ! かっけぇ!」

 やんちゃで親の言う事を聞かない年頃の二人をネンキンは部屋の外に押し出し、扉をしめる。

「失礼しました。息子達です」

「水を治してくれると言っていましたね?」

 子供の言葉もしっかりと聞き漏らさないタマディアスにマーリンは密かに感心する。

「はい、困っている事というのは、それなんです」


 ネンキンは長老に代わり説明をした。

 このマクネワの村は、豊富で美しい湧き水で有名だった。綺麗な水の恵みによって、農作物も良く育つ。

 しかし一ヶ月程前から、生水を飲んだ者が腹を下すようになったのだという。以来、村人は水を沸かしてから使うようにしている。

 農作物にも水が必要だった。腹を下す者が現れ始めてしばし、農作物にやたらと虫が寄ってくるようになったのだ。農作物にも泉から引いた水を使っている。農作物が目に見えて枯れたりはしていないが、虫が多いと虫食いをするのはもちろん、病気を運んでくることも多くなる。

 しかしまだ幸いなことに、銀桂木が匂いを放つ季節となったので、虫は銀桂木におびき寄せられ、農作物の虫の被害は一時で済んだ。だが銀桂木の受粉の時期が終われば、虫は再びやってくるだろう。

 飲水は沸かしてなんとかなるとはいえ、そのためには多く薪が必要になり、村の資金を圧迫する。状況が少しでも長引けば、村が立ち行かなくなるかもしれなかった。

 そこへ伝道師マーリンの来訪の報せがあり、伝説を知る長老は伝道師なら水を清める魔法を伝授してくれるに違いないと言い、あの歓迎となったのだった。

「汚染水ってことかぁ。それは確かに大事だね」

 マーリンは思案する。特別な知識があるというわけではないが、生きていくのに大変な問題であることは理解し、それがあの歓迎の形になったのかと納得した。


「ちょっと、客にお茶も出さないわけ?」

 その時扉を開くなり言って入ってきたのは、女性だった。若いとも言いきれないが、決して年が行っているわけではなく、妙齢の女性だ。女性は手に盆を持ち、盆にはコップが並んでいる。

「あっ、カヤ、すみません」

「そんなだからカミさんに逃げられるのよ」

 冷たく答え、カヤと呼ばれた女性はコップを「どうぞ」声を掛けながら、マーリンの前に置き、次にタマディアスの前に置く。最後にネンキンの前に置いた。コップの中には薄い緑色のお茶が注がれていた。

 マーリンは自分にコップを置かれる瞬間、カヤがマーリンを一瞬だけ見たのに気づいた。ただ見たのではなく、下から上まで一瞬で観察するような眼差し。マーリンはこの眼差しに覚えがあった。

 カヤはお茶だけ出して、部屋から出ていった。扉を閉める瞬間も、マーリンをちらりと見たのをマーリンは見逃さなかった。

「……そういうわけなんですが、水を元に戻してもらえないでしょうか」

 話を戻すが、マーリンはタマディアスと顔を見合わせた。マーリンはため息をつく。

「私が万能なわけじゃないんだけど……まずは、水を見てみましょーか」

 答えるマーリンに、タマディアスは慌ててネンキンに聞こえないように耳打ちする。

「マーリン様、大丈夫なのですか? 水を綺麗にする魔法が使えるのですか?」

「わかんないけど……なんとかなるかもしれないでしょ?」


 ネンキンに次に案内されたのは、村人が飲水として使っている泉のひとつであった。

 泉はひと目見た印象では、透き通っている。しかしマーリンがかがんで角度を変えて見てみると、水の表面に斑に膜のような物が見えた。

「うーん。なんか油みたいのが浮いてるね。生臭い匂いも少し……」

 言ってマーリンは手をかざす。

「あ、もしかしたら危ないから皆下がって、下がって」

 マーリンが手をぱっぱと振って、村人たちを泉から離れるように下がらせる。

「ファイヤー!」

 マーリンの手のひらから炎が吹き出し、炎が泉の水の表面を舐めるようにする。炎はそのまま燃えていたが、マーリンが止めると炎は消えた。村人たちはどよめく。

「うーん。炎が燃えるから酸素もあるし、爆発とかしないから可燃性でもなし、ガスの可能性は低いとみた」

「はあ?」

 マーリンが言うがその場にいた皆がぽかんとするばかりであった。

「沸かせば平気って言ってたよね?」

 マーリンはネンキンを振り返る。

「はい」

「じゃあ、細菌とか微生物の可能性が高いのかなぁ」

「はあ?」

 マーリンは独り言のように言うのだが、これにも村人は首をかしげた。

「湧き水ってどこから湧いてるの?」

「泉の底からです」

 ネンキンが指差す泉の底をよく見ると、水底からゆらめく水の流れが見えた。水が吹き出ているのだ。そのあたりには油の膜は無いように見える。

「細菌とか微生物だったら、湧き水から湧いてくるのもおかしいのよね。濾過されてきてるわけだから。外から混ざっちゃったんじゃないかな」

「はあ?」

 マーリンが次々と推測していう言葉には、村人は首をひねるばかりである。

「水を綺麗にするにはどうしたらいいか、筋を考えてみるね。それまでは……飲水くらいは作れるようにウォーターと」

 村人たちに向けて右手のひらを見せるようにして言うと、手のひらに水が集まりぱしゃりと弾ける。

「薪が無くても水を沸かせるように、ファイヤーを」

 今度は左手のひらを見せるようにして言い、炎が燃え上がる。

「お教えしまーす」

 村人がどよめき、歓声を上げた。

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