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02.鳥栖茉莉子、OLです。

 鳥栖 茉莉子。

 数か月後には会社の給料から介護保険料の徴収が始まる、ウン歳である。

 金曜日。週末ながらも今日の仕事は早く片付いた。事務仕事とはいえ、簡単単純な作業ばかりではない。それが問題が起こらずに片付いたことは、事務仕事が会社から評価されることはあまりない(と、茉莉子は思っている)とはいえ、無事に仕事を成し遂げたとして、茉莉子にとって大変に喜ばしいことだった。

 帰りの電車ではスマホで無料コミックスの一覧を眺める。

(最近、異世界転生とか転移とか多いな〜。小さい頃にも流行った気がするんだけどなんだかなぁ)

 適当に選んだものを読んでいると、電車は自宅の最寄り駅に到着する。

 この週末の良い気分を長引かせようと、茉莉子は駅のすぐ側のバーに立ち寄った。給料日も過ぎたばかりで懐も温かい。そのバーのバーテンダーは、気難しい年頃でいかにもこじらせにしか見えない茉莉子にも気さくに話しかけてくれ、話を聞いてくれる。以前通っていた引っ越す前の家の近所のバーのバーテンは、いかにも面倒臭そうに茉莉子に相対するので、次第に行かなくなった。家から徒歩数分。この店はつまみも非常に美味。この町に引っ越して数カ月の茉莉子のお気に入りスポットである。


「スマホ、何見てるんですか?」

 バーテンは今日も話しかけてくれる。茉莉子は美味たるハイボールを飲みながら、電車で読んでいたコミックスの続きを読んでいた。

「なんか、漫画なんですけど、キリが良い所まで……」

 言ってその巻が終了画面に到達すると、スマホの画面を閉じた。

「最近やたらと異世界転生? 転移……な奴が多いんですよね〜。ねぇ、マスター。そういうのって、小さい頃にもなんか流行りませんでしたっけ? 異世界に女子中生が呼ばれて魔法使って戦ったりとか」

「ああ、言われてみるとありましたねえ。やっぱり、現実と違う世界では活躍するっていうのがいいんでしょうね」

「活躍かぁ〜。現実で仕事それなりにしてたら、活躍なんかいっそしないでいたいと思いますけどねぇ。活躍して苦労するより、こういう美味しい物を食べるのが大事です」

 言ってぱくりとレバーペーストを口に運び美味の笑みを浮かべた茉莉子に、バーテンはくすりと笑う。

「でも、選ばれし者って格好いいじゃないですか。現実で出来ないことが出来るっていうのも、憧れますね」

 ふむうと唸る茉莉子。

「こういう想像するのがきっと楽しいんですよ」

 バーテンが言うと茉莉子ははて、とバーテンを見る。

「茉莉子さんは、もし異世界転移して選ばれし者になったら、どんな能力が欲しいですか?」

「うーん。魔法は使ってみたいですね。メラ的な。そしたらマスターがタバコ吸うときに火点けてあげますよ」

 ケラケラと笑い合う二人。

「あ、でも、真面目なハナシ、旅とかしたいな。いろんな場所行って、美味しい物食べて〜」

「それ異世界関係ないじゃないですか」

 再びケラケラと笑い合う二人。この気安さがこの店のお気に入りポイントのひとつだった。


「これぞ金曜日」な上機嫌で店を後にし、ほろ酔い気分(といってもかなりの酒気を帯びている)で家路を歩く。平穏な住宅街で、夜遅くに柄の悪い人間を見かけたこともない。

 のんびりとゆったりした気分で歩いていた。

 その最中。


 突然足元に落とし穴が開いたかのように、足がついていたはずの地面が喪失し、体が重力を失い、落下した。

「……!!」

 最初は声にならない悲鳴となった。マンホールにでも落ちたのかとも思ったが、いつも通るこの道のこの場所にマンホールなど無いはずだった。しかもマンホールに落ちたにしては落下は長い。止まらない。次第に落ちたどこかの壁がいびつな形になってきた。長い髪の毛が引っ掛かり、体のあちこちがぶつかり、こすれ、酷い痛みを伴うようになった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーー!!!!!!」

(こういう時にキャアってかわいい声が出ない所とかがダメなんだよな……)

 心の片隅はどこか冷静で、それでも落下は続き、唐突に強い衝撃を受けて、茉莉子は意識を失った。


 茉莉子は眼を覚ます。しかし真っ暗闇で本当に目を開いたのかどうか自信が持てない。冷たくごつごつした地面に横たわっているのだという感覚はあった。体のあちこちが痛い。試しに右腕を動かそうとしたら、激しい痛みがあり動かすことはできなかった。

(なにこれ……骨、折れてるの? どうして? 私、どうなったの?)

 動かせる左手で地面を探ってみるが、ざらざらした砂利の感触がし、草も生えている。元いたはずのアスファルトなどではないことがわかった。

「誰か……」

 絞り出した声はかすれていた。もっと大きな声を出そうとしたが、大きく息を吸い込もうとして、胸が激しく痛んで悲鳴を上げた。肋骨にもひびがはいっているようだ。

(ここ、どこなの……)

 痛みと不安で涙が流れる。

(せめて……明かりが欲しい)

 左手を動かして、近くにカバンがないか探るが、カバンらしき物に手が触れることはなかった。カバンの中にはスマホがあるし、キーホルダーになったライトもあったはずだ。太陽電池がついたもので、電池切れということはないはずだ。

「ライト……」

 それを思い出して呟いたその時だった。

 茉莉子を中心として光が灯り、それが球状に膨らんでいく。茉莉子があっけにとられる中、自分がいる場所が明らかになっていく。

 そこは植物が茂る洞窟の中だった。どこかに続いている道も見えた。茉莉子の背後には太い樹木の根がうねって天井を貫いている。茉莉子が横たわる地面のあたりだけ地面の色が違っている。何か成分が違うのか、そこだけ植物が生えていないが、そこを除いては地面をコケのような植物と、細い葉でスズランのような形の青い花を持つ植物が埋め尽くしていた。光の届かない洞窟の中で、どうしてこんなに植物が生えているのだろうと不思議に思う茉莉子がぼうっとした意識で辺りを見ていると、その青い花が淡い光を放つ。

(きれい……)

 道の向こうから何かの音が聞こえる。それが足音で、複数の人間の物だと気づき茉莉子は安堵した。

「誰か……助けて……」

 何人かが道の方から現れて何事かを叫んでいる。だが茉莉子は相手がどんな姿か、何を喋っているのか確認することができなかった。再び意識を失ったからだ。

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