掃除する女中たち
「声?」
ホウキで入り口を掃除していた花芽は、同じく掃除していた雨音にそう言われ頭をかしげた。
「そう、声です。いいって、いわれませんか? 花芽さん」
「さあ、深く考えた事がないよ。いつも聞いている声だからね」
「そうなのですかぁ、私はわりと好きですけどねー」
「おいおい、告白かい。私はそういうの受け付けてはないんだけどな」
「告白って……」
雨音はクスクスと笑う。
「まあ、それにしても、声の良さは結構こういうお仕事には役立つと思うんですけどねぇ」
「ああ、声のいい接客は気分がいいからな」
「花芽さんって、結構声フェチですよね」
「そんなことないぞ!」
「だってお風呂掃除の時、防水ラジオまで持ってきてまで、好きなラジオ聞いてるじゃないですかぁ」
「……雨音、そこまで見ていたのか」
すこし冷めた空気を身に纏わせながら、花芽は呟く。
今日のまかない飯にこっそりワサビでも忍ばせてやろうかと思うが、外見が年齢と一致にしなくても、外見と似たような精神性を持つことは自重した。たとえ一三、四歳にしか見えなくても、それなりにお酒は飲めるほどの大人なのだ。年下の雨音に対してだって心の余裕を持ちたい。
「だが芸能といえばいいのか、特に声で仕事がしたい人は大変らしいな」
話をさらりと変えると、雨音はそれに違和感を覚えることなく頷いた。
「そうですねー、とにかく希望者が多くて、でもパイが限られてるとか」
「成功すれば日向の花、しなければ日陰にもいられず、その芽は消えていく。芸能に関わればどこも同じだろうがな」
「厳しい世界……私は月風庵で働ければOKですけどね」
「私もそうさ、この小さな世界があればいい。ただ、そうだな、さっきの話に戻るが、こうも思うんだ」
花芽はさらりと言った。
「日陰の芽を、失敗したとは言いたくないなって」