我儘のその後は
「とんでもないことを仕出かしてくれたな」
玉座に座す王の、怒りの滲む視線を受けて王子は狼狽えた。
「しかし父上ーー」
「祝いの場を壊しただけでなく、お前ごときの権限で死刑宣告だと?審議どころか事実確認すら行わずに」
「事実です!彼女が嘘をついていると言うのですか!」
「物理的な証拠も客観的な証言も無く何が事実だ!!何よりお前がした事は私刑でしかない!」
誰もが震え上がる怒声と肘置きに振り下ろされた拳が王子の口をつぐませた。
何故だ。
ようやく目障りな女が消え、愛し合う彼女と幸せになるために報告に来ただけだというのに。
何故自分が怒られているのか。
口には出さずとも周囲には丸分かりな王子の様子に、あちらこちらから堪えきれないため息が漏れた。
「これだけでも許し難いというのに、彼女の事を大切に思っている騎士に斬らせるなど···お前には人の心が無いのか!」
「なっ!?どういう事ですか!?」
彼らが想い合っていたことは知らぬ者はいない、周知の事実である。それでいて責められることも無かったのは、彼女の方が地位が高かった事と決して二人きりになることも無く、そういう事を匂わせない完璧な貴族としての付き合いしかしていなかったからだ。
「それは裏切りではないですか!あの女は婚約者がいながらーー」
「黙れ!!その口がそれを言うのか!彼女らは身を弁えた付き合いしかしていない。何より貴族とはそういう物だ。政略というものが分かっていないのはお前の方だろう!」
彼女はどこか足りないこの息子を補佐してくれる意味でも完璧な人間だった。それを自ら棄てるとは愚かこの上ない。
「お前には失望した。王位継承権の永久剥奪と身分剥奪の上、王都から追放とする」
「な、何故ですか!!」
「そんな事も分からぬからだ、愚か者め。それと例の男爵令嬢との婚約でも婚姻でも好きにするがよい。お前の身分は平民となるがその者とであれば許してやろう」
まさか自分が王族で無くなるとは思ってもみなかったのだろう。今頃のように青ざめて言葉を失っている。
「···ま、待って、待ってください!私はあの騎士に殺せなど言っていません!勝手に騎士がした事です!」
それが無ければ無事で済むと思っているのか。浅はかな事この上ない。
「それについては証言を得ている。パーティーの前にお前が警備の騎士達全員に『無礼者がいれば殺せ』と命令しているとな。しかも、かの騎士の目の前に立ってと」
「!?」
「その後に仕出かすつもりであった事を思えば、それがかの騎士に対する脅迫であると誰もが気づくだろうな」
直接耳にした騎士達だけでなくその場に居合わせた使用人に騎士団長からも証言は上がっている。
「そんな···誤解です!私はそんなつもりは···」
「言い訳は今更聞かぬ。私の手にはお前と違い彼女に対する冷遇の証拠も、例の男爵令嬢の自作自演の証拠もある。お前がいくら喚こうと決定を覆すつもりは無い」
「自作···?」
本気で気づいていなかったのか。益々後悔を捨てさせてくれる愚かさだ。
「連れて行け」
例の男爵令嬢は、この後家に手紙を送ることにしよう。
パチパチと、燃える火だけをじっと見ていた。
葬儀屋の友人を訪ね、彼女を弔いたいと言うと、黙って扉を開けてくれた。
一言も喋らず、淡々と準備をしてくれた友人は、火が安定するのを見るとどこかへ行ってしまった。
普通よりも小さな棺桶は、準備する友人の傍らで自分で作ったものだ。
頭しか入らない小さな棺桶。ささくれが刺さらないように己のマントと一緒に入れたら、ぎゅうぎゅう詰めだった。
ここへ来る前に公爵に出会った。
頭を返すように言われたので『男一人つなぎ止められないとは情けない』娘でもかと聞けば憤怒に顔を歪めていた。
体はすぐに返却されるでしょう。それだけ言って置いてきた。
初めて会った時から憐れな女だった。過大な価値を背負わされ、耳飾り一つ自由に出来ない彼女が憐れだった。
希望を聞けば、何を言えばいいのかと途方に暮れていた。
彼女の唯一の自由になろうと思った。
彼女の守る価値を壊さぬよう細心の注意を払った。
我儘な奴だと言いながら、愛しくて仕方が無かった。
仕方が無いと言いながら、それしか出来ないと悔いた。
己にもっと力があれば。
己にもっと地位があれば。
彼女を守れたのだろうか?
ザクリ、と音がした。
いつの間にか火は消え、朝日を背に友人がシャベルで灰をかき分けていた。
出てきたのは更に小さくなったしゃれこうべ。
とても軽くなったそれを友人が優しく持ち上げた。
「墓は?」
「···俺が埋める」
一つ頷いて、それをとても丁寧な手つきで棺桶よりも更に小さな箱に入れた。普通の木箱だが、繊細な彫刻の入った綺麗な箱だった。
「彼女の来世に幸多からんことを」
決まり文句をそっと添えて手渡されたそれを、大事に受け取ってから深く頭を下げた。
歩きながら一つずつ箱に入れていった。
彼女が好きな花を。
彼女が好きな首飾りを。
彼女が好きな歌を。
彼女が好きな空を。
彼女が好きな虹を。
彼女が好きな星を。
彼女が好きな風を。
彼女が好きな林檎を。
彼女が好きな飴玉を。
彼女が好きな想い出を。
彼女が好きな男の愛を。
蓋を閉める時、少し力がいるくらいには詰めた。
彼女が寂しくないように。
一人でも寂しくないように。
誰もいない木の根元の深くに植えた。
じっと耳を澄ませば、聞こえてくるのではないかと少し期待して、落胆した。
昨日叶えたばかりの我儘が酷く懐かしく感じて、飴玉を1つ口にした。
心が溶ける音がした。
このお話はここまでとなります。お付き合い頂きありがとうございました。
ヒロインはピーチピンク·男爵令嬢·自作自演しか設定がありません。出番は必要性を感じなかったので···
王子に脅迫の意図はありませんでした。偶然、と見せかけて全て彼女の用意周到な彼に罪を着せない為の計画です。
最後の部分は比喩的表現なのでご想像にお任せします。
追記:私の文章力の不足により誤解を与えてしまっていたかもしれないと思い、補足させていただきます。(前話前々話の内容も含みます)
1、騎士があの場で首を斬ったのは不自然では?王子は死刑にするとは言ったが今すぐ斬れとは言っていない。→はじめは王も不審に思っていましたが「後に」の方で明かされた様に「王子に脅された」ということで、納得しました。王子に一介の騎士が逆らえるはずがありませんからね。(ちなみに斬った後の騎士のセリフと共に王子のせいにする為の悪役令嬢の入れ知恵です)
2、王子と王のやり取りを書いたのは、あくまで上記の理由から騎士が罰を受けることは無いという事を表したかっただけです。普通に考えていくら国に属する騎士でも、貴族令嬢を斬って無罪のはずがありませんから。
二人の想いがバレバレなのは、情を誘ってそういう都合のいい展開に持って行きやすいようにする為です。彼女らの策略です。
3、悪役令嬢の父は「一度だけの」でほんの少ししか情報がなく、すいませんでした。悪役令嬢の父は典型的な権力重視の人間です。結婚も子供も時に王子ですら自らの出世の道具としか思っていません。なので、悪役令嬢に対しては「男一人つなぎ止められないとは情けない娘」だと罵っています。「使えない駒め。ここまで育ててやったというのに恩知らずが」系の人です。頭を欲したのも自らの体裁の為に過ぎません。だから騎士は返すことを拒みました。
4、必要がなかったので書きませんでしたが、王子は別に王太子ではありません。兄弟もいます。だから王は躊躇いもなく王子を追放しました。血を残すためだけにも必要ないという事です。
以上です。私の力不足で誤解を与えてしまい申し訳ございませんでした。